31.素晴らしい飼い主。
翌日、私はエリスさんに会うために、騎士団の休憩所を訪れていた。
「おっ、レイじゃないか! どうした、また迷子か?」 「違いますよぅ。今日はエリスさんにプレゼントを持ってきたんです」
休憩中のエリスさんは、私の姿を見つけるとパッと顔を輝かせた。 私は昨日買った高級ワインの包みを差し出した。
「これ、先日助けていただいたお礼です。 団長さんに『一番いいお店』を教えてもらって選んだんです」
「マジで!? うわー、これ高かっただろ? ありがとな!」
エリスさんは包みを開け、ラベルを見るなり「ひゅう!」と口笛を吹いた。 喜んでもらえてよかった。
私たちはベンチに並んで座り、そのままお喋りタイムに突入した。 話題はもちろん、昨日の「買い物」での出来事だ。
「……でね、エリスさん聞いてくださいよ! マチルダさんったら酷いんですよ。私と団長さんが買い物に行っただけで、『デートだ』ってからかうんです!」
私は頬を膨らませて訴えた。
「私たちが手を繋いでいたのは、単なる引率と迷子防止のためなのに。 それを『カップルに見える』だなんて……団長さんに迷惑ですよね?」
私が同意を求めると、エリスさんはニヤニヤしながらワインの瓶を撫でていた。
「いやぁ、それはマチルダさんが正しいわ。 旗から見りゃ、おしゃれして買い物して贈り物交換して……どう見てもデートだろ」
「エリスさんまで!」
「で? 団長はなんて?」
「それが……団長さんまで変なんです」
私は昨日の、あの心臓に悪かったシーンを思い出した。
「否定してくれると思ったのに、『レイが楽しかったならデートでも構わん』とか、『俺にとっては最高のデートだった』とか……。 あの綺麗な金色の目で、すっごく真剣に見つめてくるんです!」
思い出しただけで顔が熱くなる。 あの時の団長さんの色気は、本当に反則だった。
「私みたいな子供扱いされている相手に、あんな……大人の余裕みたいな冗談を言うなんて。 心臓が持ちませんよ、もう……」
私が両手で熱い頬を冷やしていると、エリスさんは「ぶっ」と吹き出し、お腹を抱えて笑い出した。
「あはははは! 最高だな団長! 『攻め』の姿勢ってやつか。あの堅物が、必死にアプローチしてんのに『大人の余裕』で片付けられてるとか、傑作すぎる!」
「え? アプローチ?」
「なんでもない、こっちの話」
エリスさんはひとしきり笑った後、スッと真面目な顔になり、私の方を向いた。
「なぁ、レイ」 「はい?」
エリスさんは、探るような、でも優しい瞳で私を見据えた。
「茶化すのは抜きにして、聞くけどさ。 ……結局、お前は団長のこと、どう思ってるんだ?」
「え……?」
直球の質問に、私は瞬きをした。
「どうって……それはもちろん、感謝していますよ? 命の恩人だし、私の保護者だし……」
「そういう『肩書き』はナシだ」
エリスさんがピシャリと言った。
「保護者とか恩人とか抜きにして。 『ジルベルト』という一人の男として、お前はどう思ってる?」
「男として……」
私は言葉に詰まった。 そんなふうに考えたことはなかった。 だって、彼は雲の上の人で、私はただの迷い込んだ異邦人で。
「……優しくて、頼りになります。 手が大きくて温かくて、握ってもらうと安心します。 怒ると怖いけど、私のことを一番に考えてくれてるって分かるから……」
言葉にすればするほど、胸の奥がキュンと切なくなる。
「一緒にいると、幸せだなって思います。 ずっとこのまま、そばにいられたらいいなって……」
「ほうほう。それはつまり?」
エリスさんが期待のこもった目で身を乗り出す。 しかし、私は首を横に振った。
「……素晴らしい『飼い主』さんだなって」
ガクッ!! エリスさんが盛大にズッコけた。
「か、飼い主……お前なぁ……」
「だってそうでしょう? ご飯をくれて、寝床をくれて、頭を撫でてくれて。 私は団長さんに拾われた、幸福なペットみたいなものですから」
そう。恋愛感情なんておこがましい。 私はこの温かい居場所にいさせてもらっているだけで十分なのだ。
私が自嘲気味に笑うと、エリスさんは呆れたように、でもどこか憐れむように溜息をついた。
「はぁ……。お前も大概、重症だな」 「え?」 「まあいい。一つだけ質問を変えよう」
エリスさんは意地悪く口角を上げた。
「もし、明日。 団長が『飼い主』をやめて、別の綺麗な女性と手を繋いで、そのネクタイピンをつけてデートしてたら……お前、どう思う?」
――ドクン。
心臓が、嫌な音を立てた。
想像してしまった。 団長さんの隣に、私ではない誰かがいる姿。 あの温かい手が、別の女性の手を包み込む光景。 私に向けてくれたあの甘い金色の瞳が、他の誰かに向けられるところ。
胸が、ギュッと締め付けられるように痛んだ。 息が苦しい。嫌だ。 そんなの、絶対に見たくない。
「……嫌、です」
私が蚊の鳴くような声で答えると、エリスさんは「だよな」と満足げに頷いた。
「ま、今はその『モヤモヤ』を大事にしとけよ。 答えは急がなくていいさ。……団長には悪いけどな」
エリスさんはポンと私の肩を叩いた。
「さあ、休憩終わり! 私は仕事に戻るから、お前も気をつけて帰れよ。 ……あの大事な『飼い主』さんが心配して迎えに来る前にな」
「あ、はい! ありがとうございました!」
私はエリスさんに手を振り、休憩所を後にした。
帰り道。 胸の中に残った、正体不明の「モヤモヤ」を手で押さえながら。 私は、昨日団長さんがくれた「最高のデートだった」という言葉を、何度も何度も反芻していた。




