30これは.デート?
それから数日後の週末。 私は、団長さんと一緒に王都のショッピング街に来ていた。
「わぁ……すごい賑わい!」
石畳の大通りには、色とりどりの店が並び、たくさんの人々が行き交っている。 私は懐の中にある、ずっしりと重い革袋を服の上からそっと押さえた。
「(ふふ、今日はお財布も温かいし、お買い物日和だなぁ)」
実はこのお金、国から支給された『聖女手当』なのだ。 私が日々、無自覚に放出している浄化の力が、王都の瘴気対策に多大な貢献をしているとして、正式な報酬が出ることになった。 神殿での勉強のおかげで、この国の貨幣価値もバッチリ学んだ。今の私はもう、ただ守られるだけの迷子じゃない。自分の稼ぎで買い物ができる、自立した大人の女性なのだ(多分)。
「はぐれるなよ、レイ」
隣を歩く団長さんが、自然な動作で私の手を取った。 彼の手は大きくて温かい。
「はい! 今日はエリスさんへのお礼だけじゃなくて、私のポケットマネーで色々買いますからね!」 「……あまり無駄遣いするなよ。詐欺にも気をつけろ」 「もう、心配性なんだから」
私たちは手を繋ぎながら、活気ある街へと繰り出した。
◇
まずはエリスさんへのお礼だ。 団長さんの案内で、この国一番の銘酒を扱う店へ行き、高級ワインを購入した。もちろん私の手当でのお支払いだ。
店を出たところで、私は団長さんに切り出した。
「あの、団長さん。 ここからは少し、別行動をお願いしたいんですけど」
「なに? 別行動だと?」 団長さんの眉がピクリと動いた。
「ダメだ。お前を一人にするなど言語道断だ。また変な虫がついたらどうする」 「で、でも! ここからは『秘密の買い物』なんです!」 「秘密?」 「はい。屋敷の皆さんへ、日頃の感謝を込めてサプライズでプレゼントを買いたくて……中身を見られたくないんです」
本当は、その「皆さん」の中に団長さんも含まれているから、絶対に見られたくないのだ。
「お願いです、団長さん。この通りのベンチで待っていてください。 お店はこの目の前の雑貨屋さんですから! 絶対に遠くには行きませんから!」
私が必死に拝み倒すと、団長さんは渋々といった様子で頷いた。
「……分かった。この店の前だけだぞ。俺はここから一歩も動かずに、鷹の目でお前を見張っているからな」
私は急いでお店に飛び込んだ。
◇
店内には素敵な小物がたくさん並んでいた。 私は教わった金銭感覚を頼りに、真剣に品定めをした。 侍女さんたちにはハンカチ、執事さんにはペンケース、ワンちゃんには高級干し肉とブラシ。
「よし。あとは……団長さん」
私は男性用の装飾品コーナーへ向かった。 ふと、一つのネクタイピンに目が留まった。 銀細工のシンプルなデザインで、中央に小さな黄水晶が埋め込まれている。 その透き通った黄金色は、団長さんの瞳の色にそっくりだった。
「(……これだ)」
いつもの冷徹な眼差し。でも私を見る時だけは、蜂蜜みたいに甘く溶ける、綺麗な金色の瞳。 私は迷わずそれを手に取り、レジへ向かった。 店員さんに中身が見えないようラッピングしてもらい、店を出る。
すると、団長さんが腕組みをして、仁王像のように店の入り口を凝視していた。私が出てきた瞬間、その険しい表情がふっと緩む。
「……遅い」 「ごめんなさい。でも、いいものが買えました!」
私が袋を掲げると、団長さんは「そうか」と短く言い、また私の手を取った。
「では、帰るぞ」
帰り道。夕暮れの街を、二人で手を繋いで歩く。 私の片手には大切な人たちへのプレゼント。もう片方の手には、団長さんの温もり。
……あれ? なんだろう、この感じ。 男女が二人で街を歩いて、買い物をして、夕日の中を帰る。これって、まるで……。
「(デート……みたい?)」
ふと浮かんだ言葉に、私は慌てて首を振った。
「(い、いやいや! 何考えてるの私! 団長さんはあくまで保護者として、私の『初めてのおつかい』を見守ってくれただけだよ! 小娘と騎士団長じゃ、釣り合うわけないし!)」
私が一人で赤面してブンブン首を振っていると、団長さんが不思議そうに金色の目を細めて覗き込んできた。
「どうした、レイ? 顔が赤いぞ。歩き疲れたか?」 「な、なんでもないです! ちょっと夕日が眩しいだけで!」
私は誤魔化すように先を急いだ。 でも、繋いだ手はずっと離さなかった。
◇
屋敷に戻り、サロンでお茶をいただいた後。 私は買ってきたプレゼントをみんなに配った。みんなすごく喜んでくれた。
そして、最後に。
「あの、団長さん。これ……」
私は隠していた小さな包みを差し出した。
「え? 俺に?」 「はい。いつも助けてくださって、ありがとうございます。 これは、私のお金で買いました。……よかったら、使ってください」
団長さんは驚いた顔で包みを開け、中から出てきた銀と黄色のネクタイピンを見て、息を呑んだ。
「……俺の瞳の色か」 「はい。その、綺麗な金色が、団長さんに似合うと思って……」
団長さんは、それを愛おしそうに指でなぞると、ゆっくりと私を見た。 その金色の瞳は、宝石よりもずっと熱っぽく、優しく輝いていた。
「ありがとう、レイ。 ……一生、大切にする。毎日身につけよう」
「そ、そこまでしなくても! たまにでいいですよ!」
重すぎる感謝に私が慌てていると、ワゴンを片付けていたメイド長のマチルダさんが、やれやれといった様子で口を開いた。
「……坊ちゃま。顔が緩みっぱなしですよ」 「……ふん。悪かったな」
団長さんは悪びれもせず、ネクタイピンを眺めている。
「街でも、レイ様と手を繋いで歩き回っていたそうですね。 先ほど、目撃した街の者が噂していましたよ。『美男美女のカップルがいた』と」
「なっ……!?」 私がギョッとして顔を上げる。
「そ、それは人混みではぐれないように、保護者としての引率であって……!」 「へぇ。保護者ねぇ。 世間一般では、着飾った男女が手を繋いで買い物をして、贈り物をし合う行為を何と言うかご存知ですか?」
「…………」 「『デート』と言います」
マチルダさんの直球すぎるツッコミに、私は「ひゃあ!」と変な声を上げた。
「デ、デートだなんて! 違いますよマチルダさん! これは社会科見学みたいなもので……決してやましい気持ちとか、恋人ごっことかじゃなくて!」
私は顔を真っ赤にして必死に手を振った。 団長さんに迷惑がかかっちゃう!
「ねえ、団長さん! 違いますよね!?」
私は助けを求めて団長さんを見た。 きっと彼も「バカなことを言うな」と否定してくれるはず――。
しかし。
「……まあ、そうだな」
団長さんは、紅茶を優雅に一口飲むと、さらりと言った。
「レイが楽しかったのなら、デートでも構わんよ」
「えっ……?」
私は思考が停止した。 え? 今、なんて? 構わない?
「俺は楽しかったぞ。レイと二人で歩けて、こんな素敵な贈り物まで貰えてな。 これをデートと呼ぶなら、俺にとっては最高のデートだった」
団長さんは、ネクタイピンを愛おしそうに握りしめながら、私を見てニッコリと――いや、大人の男の色気たっぷりに微笑んだ。 その金色の瞳に、私が映り込んでいる。
「な、ななな……ッ!?」
ボンッ! と私の頭から湯気が出た。 顔が熱い。心臓がうるさい。 団長さん、なに平然と言ってるの!?
「あ、あらあら。これはこれは」
マチルダさんが口元を手で隠し、楽しそうに目を細めた。
「坊ちゃまも、ようやく『攻め』の姿勢に入られましたか。 レイ様、真っ赤で可愛らしいこと」
「ち、違いますぅぅぅ!」
私は両手で顔を覆い、その場にうずくまった。 否定する私と、余裕の笑みでそれを眺める団長さん。 お互いに「デートみたい」と感じていたことに変わりはないけれど、その意味の重さに気づいているのは、まだ団長さんだけのようだった。




