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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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29/42

29.まさかのゴミでした。

「入りたまえ」


 騎士団長室の重厚な扉をエリスさんがノックすると、中から冷徹で、少しの隙もない低い声が返ってきた。  エリスさんが扉を開ける。


「失礼します、団長。……珍しいお届けものです」 「お届けもの? 私は今、会議の直前で気が立っている。急ぎでなければ後にしてくれ」


 デスクで書類に目を通していた団長さんは、顔も上げずに手を振った。  その完璧な仕事ぶり。張り詰めた空気。  エリスさんが苦笑しながら、私の背中をポンと押した。


 私が、おずおずと一歩前へ出る。


「あの……団長さん」


 私の声が聞こえた瞬間。  団長さんのペンを走らせる音が、ピタリと止まった。


 ゆっくりと、恐る恐る顔が上げられる。  そして、そこに立っているのがラフな街娘姿の私だと認識した瞬間――。


 カラン……。


 団長さんの手から、万年筆が滑り落ちて床に転がった。  彼は目を見開き、口をパクパクとさせ、まるで幽霊でも見たかのように椅子の上で硬直した。


「……れ、レイ……?」


 その声は裏返っていた。  普段の冷静沈着な彼からは想像もつかないほど、動揺している。


「な、なぜ……なぜお前がここにいる!?  屋敷にいるはずだろう!? しかも、なんだその格好は!?」


「あ、あの、これ……!」


 私は、彼の動揺を鎮めようと、抱えていた書類をバッと差し出した。


「団長さん、朝、書斎にこれを忘れていったでしょう?  『至急』って書いてあったから、会議に間に合わないと思って、急いで届けに来たんです!」


 私は「役に立てたはず」と、少しだけ誇らしげに胸を張った。  しかし。  団長さんはその書類を見て、キョトンとし――次の瞬間、頭を抱えて呻いた。


「……レイ。まさか、それを届けるためだけに来たのか?」 「は、はい。だってこれ、大事な会議の資料じゃ……」


「違う」


 団長さんは、疲労困憊といった様子で告げた。


「 それは……書き損じだ。 古いデータだから、あとで処分しようと机の端に避けておいただけだ」


「…………え?」


 私の思考が停止した。  か、書き損じ? ゴミ?  じゃあ、私は……ゴミを届けるために、一人で屋敷を飛び出して、変な騎士の人たちに絡まれて、怖い思いをしたの?


「う、嘘……」


 私が血の気を失ってフラつくと、団長さんがガタッ!! と椅子を蹴倒して立ち上がり、私に詰め寄った。


「そんなことより、レイ!  お前、まさか一人で来たのか? 護衛もつけずに?  本部の裏口を通ったのか? あそこは新人の男どもがたむろしている場所だぞ!?」


「は、はい……急がないとって思って……」


 ダンッ!!


 団長さんが壁を拳で叩いた。  その音と、彼の悲痛な叫びに、私は竦み上がった。


「馬鹿者ッ!!!」


「ひっ!?」


「不要な紙屑一枚のために、お前は命を危険に晒したのか!?  もしお前に何かあったら……俺はどうすればよかったんだ!!」


 団長さんが私の両肩を掴む。その力は強く、そして激しく震えていた。  あまりの剣幕に、私は最初こそ縮こまったが、次第にムクムクと反発心が湧いてきた。


 たしかに、ゴミだったのはショックだ。勝手に出てきたのも悪かった。  でも、そこまで怒鳴らなくてもいいじゃないか。


「……大げさです」 「あ?」 「だって、屋敷のすぐ裏ですよ? 走れば5分もかからない場所です。  それに、ここは騎士団の本部じゃないですか。治安が悪いスラム街に行ったわけじゃあるまいし……」


 私は唇を尖らせ、プイッと視線を逸らした。


「私だって大人です。一人で外出くらいできます。  団長さんは心配性すぎます。そんなに子供扱いしないでください」


 私が不貞腐れてそう言うと、団長さんは信じられないものを見るような目で私を見た。


「大げさ、だと……?  お前、自分の無防備さを分かっていないのか!?  ここには血気盛んな男が何百人もいるんだぞ! お前のような……その、可愛らしい女が一人で歩いていれば、どうなるかくらい!」


「大丈夫でしたもん!」


 私は団長さんの言葉を遮って言い返した。


「たしかに、ちょっと変な騎士たちには絡まれましたけど……」


「絡まれただとッ!? 無事じゃなかったじゃないか!!」


 団長さんの顔色が青を通り越して白くなる。  私は慌てて、隣にいるエリスさんを指差した。


「でも! エリスさんがすぐに助けてくれましたから!  颯爽と現れて、バシッと私を庇ってくれて……震える私の背中をさすってくれて、手も引いてくれて……!  本当に王子様みたいにかっこよくて、私、ドキドキしちゃいました!」


 私は団長さんへの当てつけも込めて、エリスさんの活躍を熱っぽく語った。  ほら、ちゃんと助けてくれる人もいるんです、と言いたかったのだ。


 ――しかし。  それが火に油を注ぐことになるとは、気づかなかった。


 部屋の温度が、急速に絶対零度まで低下した。


「……エリス」


 団長さんが、ハイライトの消えた瞳でエリスさんを見ていた。  その背後には、ゆらりとどす黒い嫉妬のオーラが立ち昇っている。


「は、はい?」 「貴様……俺のレイに抱きついたり、手を繋いだり、あまつさえ『王子様』などと呼ばれていい気になっているそうだな?」


「いや、人助けですけど!? 完全に善意ですけど!?」


「それに、レイが馬鹿どもに絡まれているのを即座に防げなかったのは、貴様の教育不足ではないか?  どう落とし前をつけるつもりだ?」


「そ、それは……ぐうの音も出ませんが……!」


 団長さんは、机の上に積み上がった(書き損じではない本物の)書類の山を指差した。


「罰として、今日の俺の残務処理を全て手伝え。徹夜だ。  それと、レイの手を握ったその手は、あとで聖水で消毒しておくように」


「はぁぁぁっ!? 理不尽すぎませんか団長!?」 「うるさい。これは命令だ。  ……それ以上、レイにかっこいいところを見せるな」


 最後の一言は、完全に私情だった。  団長さんはフンと鼻を鳴らし、私に向き直ると、甘い声で言った。


「レイ。帰りは俺が送る。  ……ゴミを届けるためとはいえ、俺のために走ってくれたその気持ちだけは、受け取っておく」


「むぅ……団長さんのバカ」


 私がまだ少し不満げに言うと、団長さんは困ったように笑い、私の頭を優しく、しかし少し乱暴に撫でた。


「バカで結構。  ……だが、二度とするな。次やったら、俺の心臓が持たん」


 その切実な響きに、私はそれ以上文句を言えなくなってしまった。


 その背後で、理不尽な残業を押し付けられたエリスさんが、天を仰いで絶叫しているのが聞こえた気がした。


 (……どんだけ嫉妬深いんだよ、このおっさんッ!!!!)


 こうして、私は団長さんの完璧さと、それ故の私の空回りを痛感しつつも、新たな友人エリスさん(とばっちり被害者)との絆を深めたのだった。

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