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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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26/42

26.教会再び

数日後、私は団長さんにエスコートされ、再び大神殿の門をくぐった。


 前回ここに来た時は、これが「処刑前の儀式」の場だと思い込んでいた。  美しいステンドグラスも、荘厳なパイプオルガンの音色も、すべてが自分の終わりを告げるレクイエムのように聞こえていたのだ。


 けれど、今日は違う。


「(……綺麗)」


 高い天井から降り注ぐ光。空気中に漂う清らかな香り。  ここは、私がこれから自分の力を学ぶための「学び舎」なのだ。


「緊張しているか、レイ」


 隣を歩く団長さんが、私の顔を覗き込んでくる。  その手は、しっかりと私の手を握ってくれている。  (「人混みではぐれると危ないから」という名目だけど、廊下に人は誰もいない。これはきっと、私の緊張をほぐすための、団長さんなりの気遣いだろう)


「少しだけ。でも、楽しみです」 「そうか。……まあ、あの古狸(大神官)の長話に飽きたらすぐに言え。連れ帰ってやる」


 団長さんが不満げに口を尖らせた時、奥の扉が開き、あの好々爺とした笑顔が現れた。


「ほっほっほ。これはこれは、ようこそ『生還した迷子』のお嬢さん」


 大神官ベルンハルト様は、楽しそうに目を細めて私たちを迎えた。


 ◇


 案内されたのは、神殿の奥にある静かな祈りの間だった。  大神官様は私たちに席を勧めると、開口一番、ニヤリと笑った。


「して、誤解は解けたのかな?  ジルベルト君の不器用な『説得』は成功したと見えるが」


「っ……! 余計なことは言わなくていい!」


 団長さんが顔を真っ赤にして制止する。  私は苦笑しながら、深く頭を下げた。


「大神官様。先日は……その、盛大な勘違いをして申し訳ありませんでした」


「よいよい。ワシも少し悪ノリが過ぎたからの。  しかし、死ぬ覚悟を決めていたお嬢さんが、こうして生きるために学びに来るとは。……良い顔になった」


 大神官様は満足そうに頷くと、表情を引き締め、真面目なトーンに切り替えた。


「さて。レイさん。  君がこれから学ぶべきは、この国の『病』と、君という『薬』の使い方じゃ」


「国の、病……ですか?」


「うむ。この国はな、地下深くに古い『澱み』を抱えておる。  それが地表に滲み出したものが『瘴気』となり、人々の心を蝕み、魔獣を生み出すのじゃ」


 大神官様が手元の水晶に手をかざすと、そこに王都周辺の地図が浮かび上がった。  ところどころに、黒い靄のようなものが渦巻いている。


「これに対抗できるのは、異界から来た『聖女』の魔力だけ。  聖女の魔力は、この瘴気を中和し、無害なものへと還すことができる」


「それが、浄化……」


「そうじゃ。  君がただここにいるだけで、周囲の瘴気は薄まっている。  だが、意識してその力を扱えるようになれば、もっと広範囲を、より効率的に救うことができるじゃろう」


 私はゴクリと唾を飲み込んだ。  責任重大だ。  でも、団長さんは私を「大切だ」と言ってくれた。  それはきっと、私がこの国にとって、そして彼にとって必要な「聖女」だからだ。  その期待に応えたい。


「やってみます。……教えてください」


 ◇


 実技指導が始まった。  といっても、難しい呪文を覚えるわけではないらしい。


「聖女の力は『祈り』と『感謝』に連動する。  レイさん。君が今、心から満たされていると感じることを思い浮かべなさい。  そして、その温かさを外へお裾分けするようなイメージじゃ」


「満たされていること……」


 私は目を閉じた。  真っ先に浮かんだのは、もちろん今の生活だ。


 ふかふかのベッド。美味しいご飯。  毎晩会いに来てくれる、愛らしいワンちゃんの温もり。  そして――。


 『お前がいなきゃ、俺は生きていけないんだ』  『ずっとそばにいるんだからな』


 必死な顔で私を引き止め、大切だと言ってくれた団長さんの姿。  恋愛感情ではないかもしれないけれど、彼が私を必要としてくれているという事実が、何より嬉しかった。


「(……ありがとう)」


 胸の奥がじんわりと熱くなる。  この温かさが、私の中に溢れていく。  それを、そっと外へ――。


 カッ……!!


 その瞬間。  視界が真っ白に染まった。


「――っ!?」


 目を開けると、部屋中が黄金色の光で満たされていた。  それはただの光ではない。  ステンドグラスは宝石のように輝きを増し、部屋の隅に置かれていた枯れかけの観葉植物が、みるみるうちに緑を取り戻し、花を咲かせていく。  空気中の塵さえもが、キラキラとした光の粒子に変わっていくようだった。


「こ、これは……」


 大神官様が目を見開き、絶句している。  団長さんに至っては、あまりの眩しさに腕で顔を覆っていた。


「おい、レイ! 出しすぎだ!」 「あ、あれっ!? すみません、止まりません!」


 止めようと思っても、溢れ出る幸福感が光となって止まらない。  大神官様が慌てて杖を振った。


「す、素晴らしい! いや、素晴らしすぎる!  これほどの出力は、歴代の聖女でも記録にないぞ!」


「ええっ!?」


「これは単なる『浄化』ではない……『祝福』そのものものじゃ!」


 団長さんが光の中心にいる私に駆け寄り、肩を抱いた。


「レイ! 落ち着け! もう十分だ!」 「は、はい……ふぅぅ……」


 団長さんに触れられて、ようやく光が収束していく。  部屋に残ったのは、むせ返るような花の香りと、清浄すぎて逆に酔いそうなほどの綺麗な空気だった。


 ◇


「……ふぅ。驚いたわい」


 大神官様がハンカチで額の汗を拭った。


「レイさん。君の才能は計り知れん。  これなら、王都全域の浄化も夢ではないかもしれんの」


「本当ですか!?」


「うむ。ただし……」


 大神官様はチラリと団長さんを見た。


「この力、あまり公にしない方がいいかもしれん。  これほどの聖女と知れれば、国中……いや、他国からも『欲しい』という手が伸びてくるじゃろう」


 その言葉に、団長さんの空気が一変した。  温度が下がるような、冷たい威圧感。


「……言われなくとも、分かっている」


 団長さんは私を背中に隠すように立ち、大神官様を睨みつけた。


「レイは渡さん。教会にも、王家にも、他国にもだ。  こいつの力は、こいつが平和に暮らすために使わせる。  政治の道具になどさせない」


 その背中は広くて、頼もしくて。    (ああ、やっぱりこの人は責任感が強いんだな)


 私はそう解釈した。  彼が私を守るのは、私が「希少な聖女」であり、彼が一度保護した対象だから。  その徹底した保護者ぶりに、私は改めて信頼を寄せた。


「ほっほ。まあ、当代最強の騎士団長が番犬についているなら安心じゃろう。  ……レイさん。今日はここまでとしようか。  焦らずとも、使い方は追々覚えていけばいい」


「はい。ありがとうございました、大神官様」


 私が礼を言うと、大神官様は帰り際に小声でジルベルトさんに耳打ちした。


「(……おい、ジルベルト。お前、まだ気持ちを伝えておらんのか?)」 「(……うるさい。今はこれでいいんだ)」


 団長さんがボソボソと何か返しているのが聞こえたけれど、内容は分からなかった。


「レイ、帰るぞ」 「あ、はい!」


 差し出された大きな手を、私は迷わず握り返した。  この手がただの「保護者」の手であっても、私にとってはかけがえのない命綱だ。


 こうして、私の「聖女修行」の第一歩は、神殿中をピカピカに磨き上げるというド派手な成果と共に幕を開けたのだった。

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