25.次への一歩。
翌朝。 私は、小鳥のさえずりと共に目を覚ました。
カーテンの隙間から差し込む朝日は、昨日までと変わらないはずなのに、今の私にはまるで別世界のように輝いて見えた。
「……生きている」
私は自分の両手を見つめ、ギュッと握りしめた。 今日が最後の日じゃない。明日も、明後日も、この屋敷にいられる。 処刑台への階段だと思っていたこの日々は、実は新しい人生への助走期間だったのだ。
「よし!」
私はベッドから飛び起き、大きく伸びをした。 「死ぬ覚悟」なんて重たい荷物はもう捨てた。 これからは「生きるための準備」をしなくちゃ。
◇
食堂に行くと、団長さんが既にコーヒーを飲んで待っていた。 私と目が合うと、彼は少しバツが悪そうに、でも優しく微笑んだ。
「おはよう、レイ。……よく眠れたか?」 「はい! おかげさまで、とってもスッキリしました!」
私が元気よく答えると、団長さんはホッとしたように肩の力を抜いた。
「そうか。それは何よりだ。 ……さあ、座れ。今日も朝食は多めに用意させたぞ」
テーブルには、相変わらず彩り豊かな料理が並んでいる。 昨日までは「最後の晩餐」だと思ってありがたく(そして悲しく)食べていたけれど、今日は違う。 これは、これからの私を作るエネルギーだ。
食事の手を動かしながら、私は昨日からの疑問を団長さんにぶつけてみることにした。
「あの、団長さん。 昨日は『処刑はない』って言ってくださいましたけど……私、まだ少し信じられないんです」
「……まだ疑っているのか?」
「いえ、団長さんのことは信じています! でも、私……てっきり『失敗作』だから殺されるんだと思っていたので」
私の言葉に、団長さんがカップを置く手が止まった。
「失敗作? ……どういう意味だ?」
「だって、異世界召喚って普通、もっと若くてキラキラした子が選ばれるものじゃないですか。 私みたいに、何の能もないのが来ちゃったから……。 『あ、こいつハズレだ。魔力の無駄だから処分しよう』ってことなんだろうなって」
元の世界での私は、何をやってもパッとしなかった。 だから、こっちの世界でも「手違いで呼ばれた不要品」扱いなのだと、勝手に納得していたのだ。
私が自嘲気味に笑うと、団長さんはバンッ! とテーブルを叩いて立ち上がった。
「誰がハズレだ! ふざけるな!」 「ひゃっ!?」
団長さんは怒っていた。 でもそれは、私に向けられた怒りではなく、私が自分を卑下したことへの怒りのようだった。
「レイ。お前は自分の価値を何も分かっていない。 お前は失敗作どころか、本物の『聖女』だ」
「……え? 私が?」
「そうだ。お前が来てから一ヶ月。この王都の空気がどう変わったか、気づかないか?」
団長さんは窓の外を指差した。
「ここ数年、王都は常に薄暗い澱み(瘴気)に覆われていた。 人々の心は荒み、魔獣の活動も活発化していた。 だが、お前がこの屋敷に来てからどうだ。 空は晴れ渡り、魔獣の出現率は激減した。騎士団員たちの体調不良も、驚くほど改善している」
団長さんは真剣な眼差しで私を見つめた。
「お前はただそこにいるだけで、呼吸をするだけで、周囲の瘴気を浄化しているんだ。 何の能もない? 笑わせるな。 お前は、国一つを救うほどの力を持っている」
「……そ、そうなんですか?」
私はポカンと口を開けた。 ただ食べて、寝て、ワンちゃんと遊んでいただけなのに?
「ああ。特に……この国の騎士たちの中には、魔獣の呪いを受けて苦しんでいる者も多い。 だが、お前の浄化の力は、そういった根深い呪いすらも鎮めているようだ」
団長さんの力強い言葉が、私の心に深く染み渡っていく。
失敗作じゃなかった。 私がここにいることには、ちゃんと意味があったんだ。 団長さんが元気なのも、私のおかげだと思ってもいいのかな。
「……よかった。私、ここにいて役に立ってるんですね」
私が涙ぐむと、団長さんは優しく微笑んだ。
「役に立つどころの話ではない。 だから、もう二度と自分を『ハズレ』などと言うな。 お前は、俺が世界で一番大切にしたい……たった一人の聖女なのだから」
その熱っぽい視線に、私はカァッと顔が熱くなった。 こ、これは「国の救世主として大切」という意味だよね? でも、なんだか心臓の音がうるさい。
「あ、あの! 団長さん!」 「なんだ?」 「私、もっと知りたいです! この国のこととか、私の力のこととか……。 ただ守られているだけじゃなくて、ちゃんと自分の力を理解して、もっと皆さんの役に立ちたいです!」
私は前のめりに訴えた。 生きると決めたからには、ただの「お客様」ではいたくない。
「……そうか。いい心がけだ」
団長さんは満足そうに頷いた。
団長さんは皿に残ったパンを指差した。
「まずはそれを完食しろ。 聖女だろうが何だろうが、今の最優先事項は『健康的な体作り』だ。 もう少しふっくらしていてもいいはずだ」
「うぅ……もう十分お肉ついたと思いますけど……」 「駄目だ。まだ軽い。昨夜抱き上げた時、折れるかと思った」
サラリと言われて、私は再び赤面して俯いた。 昨夜のお姫様抱っこ、まだ感触が残っているのに、蒸し返さないでほしい。
でも、テーブルの上の料理は、昨日までとは違って見えた。 これは「最後の晩餐」じゃない。 私が生きていくための、大切な糧だ。
「……はい! いただきます!」
私は大きく口を開けて、パンを頬張った。 向かいの席で、団長さんがコーヒーカップ越しに、とても愛おしそうな目で私を見ているのには気づかないフリをして。




