24.誤解の解消
腕の中のレイが、子供のように泣きじゃくっている。 俺は彼女の背中をさすりながら、ようやく落ち着いてきた心臓の鼓動を感じていた。
「……落ち着いたか?」
俺が問いかけると、レイは俺の胸に顔を埋めたまま、小さく頷いた。
「……団長さん」 「なんだ」 「私……生きたい、です」
レイが、消え入りそうな声で言った。
「処刑されるのは怖い。死ぬのは嫌です。 たとえ許されなくても、最後の一秒まで……貴方のそばで、美味しいものを食べて、笑っていたいと思ってしまいました」
その言葉を聞いた瞬間、俺の胸に熱いものが込み上げた。 生きたい。 彼女がついに、明確に「生」を望んでくれた。
俺は彼女の頭を撫で、噛み締めるように答えた。
「ああ。それでいい。 そう思ってくれるのを、俺はずっと待っていたんだ」
これでいい。 彼女が生きたいと望むなら、俺はその全てをかけて守るだけだ。
「でも……」
レイは俺の服をギュッと握りしめたまま、震える声で続けた。
「私の処刑、いつなんでしょうか? 『生きたい』って願ってしまったから……その日が来るのが、怖くて仕方ないんです」
――ああ。ついに、その質問が来たか。
俺はバツが悪そうに視線を逸らした。 驚きはしない。彼女がそう思い込んでいることは、最初から知っていたからだ。
「……レイ。怒らずに聞いてくれ」 「は、はい?」
俺は大きく息を吸い込み、覚悟を決めて告げた。
「処刑などない。 最初から、そんな予定は一ミリも存在しない」
「……え?」
レイが鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。 俺は頬を掻きながら、気まずさに耐えて言葉を継いだ。
「兄上……陛下からの命令は『聖女の保護』だ。処刑ではない。 大神官様に会いに行ったのも、教会に目をつけられないように『俺が預かる』と仁義を切るためだ」
「えっ、あ……でも、それならどうして今まで……?」
レイの問いに、俺は更に視線を泳がせた。 ここが一番、言い出しにくいところだ。
「それは……その……お前の勘違いに、乗っかっていた方が都合が良かったからだ」
「都合……?」
「ああ。ここに来た当初、お前は遠慮ばかりして、俺が出した食事にも手を付けようとしなかっただろう? だが、『最後の晩餐だ』と勘違いしてからは、出されたものを残さず食べるようになった」
「あ……」
「服もそうだ。『死装束』だと思えば、どんな高価なドレスも着てくれた。 だから……俺はあえて否定しなかった。 お前を太らせて、健康にするには、その勘違いを利用した方が手っ取り早いと思ったんだ」
そう。俺は知っていて黙っていたのだ。 彼女が「明日死ぬかもしれない」と怯えながらタルトを食べている時も、「これが最後」とドレスを着ている時も。 「まあ、食ってくれるならいいか」と、訂正するのを先延ばしにしていた。
……まさか、ここまで深刻に悩ませることになるとは思わずに。
「すまん。俺が悪かった」 俺は深く頭を下げた。 「お前が怯えているのを知りながら、俺の『管理義務』を優先させてしまった。 ……騙すような真似をして、すまなかった」
沈黙が落ちる。 怒られるだろうか。泣かれるだろうか。 俺が身構えていると、レイの手が、そっと俺の頬に触れた。
「……団長さん」 「……なんだ」 「じゃあ、全部……私が元気になるための、嘘だったんですか?」
「嘘というか……まあ、方便だ」
「ふふっ」
レイが吹き出した。 見上げると、彼女は涙を拭いながら、呆れたように、でも愛おしそうに笑っていた。
「ひどいです。私、本当に死ぬ覚悟をしてたんですよ?」 「……分かっている。本当にすまん」 「でも……そのおかげで、今の私があるんですね」
レイは自分の腕や、ふっくらとした頬に触れた。
「『最後の晩餐』だと思って必死に食べたから、元気になれた。 団長さんの不器用な優しさに、まんまと乗せられていたわけですね」
「……結果オーライと言ってくれると助かる」 「はい。結果オーライです」
レイは俺の胸に頭を預け、安堵の息を吐いた。
「よかった……。生きてていいんだ……」 「ああ。ずっと、ここにいていい。俺が許す」
誤解は解けた。 俺の小狡い「作戦」も、彼女の優しさに免じて許されたようだ。
俺は彼女を横抱きにし、ベッドへと運んだ。 レイを抱き上げているという事実に、心臓が跳ねる。 軽すぎる。やはり、勘違いを利用してでも、もっと食わせるべきだったか。
「今日はもう寝ろ。泣きすぎて目が腫れているぞ」
布団をかけてやると、レイが俺の袖を掴んだ。 その瞳が、不安げに揺れている。
「あの、団長さん」 「なんだ」 「寝るまで手をつないでくれますか?」
レイが嬉しそうに微笑み、目を閉じた。 その無防備な寝顔を見つめながら、俺は深く息を吐いた。
勘違いに乗じて餌付けをしていた負い目はある。 だが、そのおかげで彼女はこうして生きている。 これからは「処刑」という嘘ではなく、本物の「愛」で彼女を満たしていこう。 繋いだ手の熱さを感じながら、俺はそう心に誓った。




