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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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23/42

23.ここには、もういられません。

その夜、私は自室の窓を開け、冷たい夜風に吹かれていた。  部屋は暗く、静まり返っている。


 ――また、今日も団長さんは帰ってこなかった。


 数日前、私が「21歳だ」と告げてから、団長さんの態度は一変した。  花束を押し付けるように渡して走り去り、それ以来、顔を合わせてくれない。  朝は私が起きる前に出かけ、夜は私が寝た後に帰ってくる。


 そして何より悲しいのは……毎晩来てくれていた「ワンちゃん」さえも、来なくなってしまったことだ。


「……嫌われちゃったのかな」


 思い当たる節はいくらでもある。  14歳くらいの子供だと思っていたのに、実は21歳だった。  「詐欺だ」と思われたかもしれない。あるいは、いい歳をして無邪気に甘えていたことを、気持ち悪いと思われたのだろうか。


 ズキリ、と胸が痛む。  ここ一ヶ月、団長さんとワンちゃんのおかげで、私は生まれて初めて「幸せ」を知った。  美味しいご飯、温かいお風呂、フカフカのベッド。  そして何より、私に向けてくれる優しい眼差しと、温かい手のぬくもり。


 『もっと生きたい』  『この人と一緒にいたい』


 そう願ってしまった。  でも、それが間違いだったのだ。


「……行かなくちゃ」


 私はテラスの手すりに手をかけた。  ここから飛び降りて、屋敷を抜け出し、またあの暗い森へ戻ろう。


 死ぬのは怖い。  でも、ここにいる方がもっと怖い。


「ここにいたら……私、死ぬのが惜しくなっちゃう」


 私は本来、処刑されるべき身だ。  それなのに、団長さんのそばにいると「生きたい」と願ってしまう。  嫌われているのに、避けられているのに、それでも彼を求めてしまう自分が惨めで、申し訳なくて。  このままでは、いざ処刑の時が来た時、往生際悪く泣き叫んで、団長さんを困らせてしまうだろう。


「だから、行かなきゃ。  誰もいない場所で、もう一度、一人で死ぬ覚悟を決め直さないと」


 私は涙を拭い、テラスから身を乗り出した。  その時。


 ドサッ!!


 背後で大きな音がした。  驚いて振り返ると、部屋のドアが勢いよく開かれ、肩で息をする団長さんが立っていた。


「……レイッ!!」


 彼は私の姿――テラスの手すりに足をかけ、今にも飛び降りようとしている姿――を見て、顔面蒼白になり、悲鳴のような声を上げた。


「早まるなァァァァァッ!!」


 次の瞬間、突風のような速さで駆け寄ってきた彼に、私は強い力で後ろから抱きすくめられ、部屋の中へと引きずり戻された。


「だ、団長さん……?」 「馬鹿野郎! 何をしている! 死ぬ気か!?」


 耳元で怒鳴られ、私はビクリと体を震わせた。  団長さんの腕は震えていて、私を逃がさないとばかりに強く、痛いほどに抱きしめている。


「……離してください。私、行かないといけないんです」 「行く? どこへだ! またあの森へ戻る気か!?」 「はい。……ここにいたら、駄目なんです」


 私は団長さんの腕の中で、静かに告げた。


「貴方のそばにいると、優しくされると……私、死ぬのが怖くなってしまう。  『生きたい』なんて、分不相応な夢を見てしまう」


「レイ……」


「でも、貴方はもう私のこと、嫌いになったでしょう?  大人の女なんて可愛くないし、騙された気分でしょう?  だから、もういいんです。  私はここを出て、一人で静かに……死ぬ覚悟を取り戻しに行きます」


 そう。  甘い夢はもう終わり。  死刑囚らしく、孤独と絶望の中で最期を待つのがお似合いなのだ。


 私がそう言い聞かせようとした、その時。


「――ふざけるなッ!!」


 団長さんが叫んだ。  体が反転させられ、私は彼の瞳を真正面から見ることになった。  その瞳は真っ赤に充血していて、怒りと、それ以上の焦燥に揺れていた。


「死ぬ覚悟? そんなもの、俺が何度でも叩き潰してやる!  揺らげ! いっそ迷って、生に執着しろ!」


「え……?」


「俺がお前を嫌いになっただと? 誰がそんなことを言った!  俺が避けたのは、嫌いになったからじゃない!  ……大切すぎて、どう触れていいか分からなくなったからだ!」


「大切すぎて……?」


「ああそうだ!  お前が大人だと知って、俺は……お前を一人の女として見てしまった。  理性が効かなくなるのが怖くて、みっともなく逃げ回っていただけだ!  お前が悪いことなんて、何一つない!」


 団長さんは荒い息を吐きながら、私の肩を掴む手に力を込めた。


「頼むから、死ぬための覚悟なんてしないでくれ。  俺の前から消えないでくれ。  ……お前がいなくなったら、俺は生きていけないんだ」


 団長さんは私の額に自分の額を押し付け、祈るように、縋るように呟いた。  その熱と、真剣な声音に、私の凍りついていた心が溶け出し、ポロポロと涙が溢れ出した。


「うぅ……団長ざぁん……っ」 「泣くな。いや、泣かせたのは俺だな。すまん……」


 団長さんは私を再び抱きしめ、背中を優しく撫でてくれた。  その手つきは、あの「ワンちゃん」と同じくらい温かくて、安心できるものだった。


 ああ、揺らいでもいいんだ。  生きたいと願っても、許されるんだ。


 私は団長さんの服をギュッと握りしめ、  「死ぬ覚悟」の代わりに、「彼と共に生きたい」という願いを込めて、声の限り泣きじゃくった。

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