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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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19/42

19.レイとの日々

それから、一ヶ月が過ぎた。


 俺の生活は劇的に変化し、今や完全にレイ中心で回っていた。


 かつては仕事中毒の騎士団長として恐れられ、夜は魔力酔いの頭痛に悩まされながら眠るだけの、味気ない毎日。  だが、この一ヶ月はどうだ。



 朝。  俺は目覚まし時計が鳴るよりも早く、爽快な気分で目を覚ます。  以前のような鉛のような体の重さはない。隣の部屋から微かに聞こえるレイの寝息が、どんな回復魔法よりも俺の活力を満たしてくれるからだ。


 身支度を整え、食堂へ向かう。  そこには、すっかりこの屋敷の生活に馴染んだ(と俺は思っている)レイが、ちょこんと座って待っている。


「おはようございます、団長さん」 「ああ、おはよう。……また少し顔色が良くなったな」


 俺は満足げに頷いた。  一ヶ月前、骨と皮ばかりだった彼女の体には、適度な肉がつき始めていた。頬は桜色に染まり、艶やかな黒髪は天使の輪を浮かべている。  俺の「肥育計画」は極めて順調だ。


「はい。昨夜も『ワンちゃん』が来てくれたので、よく眠れました」


 レイが嬉しそうに微笑む。  彼女の中で、俺(人間)への敬意と、俺(狼)への親愛は、この一ヶ月で完全に定着していた。  毎晩の「夜警(という名の添い寝)」は、もはや彼女にとっても俺にとっても欠かせないルーティンとなっている。


「さあ、食うぞ。今日は果物を多めに用意させた」 「はい。(……ビタミン補給。随分と時間をかけて肉質を調整してるわね。熟成肉エイジングビーフにするつもりかしら)」


 まだ物騒な心の声が聞こえた気がしたが、一ヶ月も経てば俺も慣れたものだ。  俺は無視して、パンにたっぷりとバターを塗ってやった。


 ◇


 昼。騎士団本部。  俺は執務室で書類の山と格闘していた。


 以前なら数日かかっていた業務量が、今の俺なら半日で終わる。  魔力が安定しているおかげで思考はクリアだし、何より「早く帰りたい」というモチベーションが違う。


「団長、少しよろしいですか?」


 副団長のダリウスが入ってきた。  彼は俺の机の上に積まれた「完了済み」の書類タワーを見て、呆れたように口笛を吹いた。


「相変わらず絶好調ですね。  一ヶ月前までは『屋敷に帰っても頭痛がするだけだ』と言って、深夜まで残業していた人が嘘のようだ」 「体調が良いだけだ」 「ふーん。体調、ねぇ……」


 ダリウスはニヤニヤしながら、俺のデスクの端に置かれた紙袋を指差した。  それは、昼休みに俺が自ら行列に並んで買ってきた、王都で人気の洋菓子店の新作タルトだ。


「で、その可愛らしい包みは?  この一ヶ月、毎日何かしら甘いものを買って帰っていますよね?」 「……部下への差し入れだ」 「へぇ! 今日こそ私にですか!?」 「違う。屋敷の……その、使用人たちへの慰労だ」


 俺が苦しい言い訳をすると、ダリウスは「はいはい、ご馳走様です」と肩をすくめた。


「『愛しの迷子ちゃん』への手土産でしょう?  全く、過保護なパパ……いや、飼い主様だこと。  彼女、随分と可愛くなったそうじゃないですか。噂になってますよ」 「うるさい。仕事に戻れ」


 俺はダリウスを追い払うと、時計を見た。  あと一時間。それで帰れる。  俺はタルトの箱を大事にしまい込み、残りの書類を瞬殺すべく気合を入れ直した。


 ◇


 夕方。  屋敷に帰ると、玄関ホールでレイが出迎えてくれた。  以前は「掃除用具」を持ってウロウロしていたが、マチルダたちの教育(監視)のおかげで、今は大人しく待っていることができるようになった。


 俺はマントを脱ぎながら、レイに近づく。  そして、日課となった「手土産」を、ぶっきらぼうに差し出した。


「……これ」 「え? 今日もお土産ですか?」 「帰りに……偶然、手に入った。食え」


 「偶然」なわけがない。この店は予約必須だ。  レイは箱を受け取ると、中身を見てパァッと表情を輝かせた。


「わぁ……宝石みたい! これ、すごく有名なとこのタルトですよね?  昨日はマカロンで、一昨日はプリンで……こんなに贅沢していいんでしょうか」 「構わん。お前の仕事は食うことだと言っただろう」 「ありがとうございます。  ……(こんなに高級品続き。いよいよ出荷の時期が近づいてきたのかな。一ヶ月も生かしてもらえただけ奇跡だけど)」


 レイは相変わらず悲壮な覚悟を決めているが、それでもタルトの誘惑には勝てず、嬉しそうに箱を抱きしめた。  その笑顔が見られたなら、一ヶ月並び続けた甲斐もあったというものだ。


 ◇


 そして、夜。  ここからが俺の「本番」だ。


 俺は自室で「銀狼」の姿に変身する。  一ヶ月前は変身するだけで軋むような痛みがあったが、今はもう、呼吸をするようにスムーズだ。  レイの近くにいることが、俺の魔力にとって最高のメンテナンスになっている証拠だ。


 俺はベランダから隣の部屋のテラスへ飛び移り、窓をカリカリと爪で叩く。


「あ、ワンちゃん!」


 すぐに窓が開き、レイが飛びついてくる。  風呂上がりの甘い香りと、柔らかな体温。  この一ヶ月で、彼女は俺(狼)に対して完全に心を許していた。


「よしよし、いい子ね。今日も来てくれたんだ」


 レイが俺の首に腕を回し、顔を埋める。  俺はその温もりを全身で感じながら、今日一番の安らぎに浸った。  魔力の澱みが浄化され、力が満ちていく。まさに「充電」だ。


「あのね、ワンちゃん。聞いて」


 レイが俺の背中を撫でながら、ぽつりと呟いた。


「今日で、ここに来て一ヶ月が経ったの」


『(ああ、そうだな)』


「最初はすぐに殺されると思ってたけど……団長さん、まだ私を生かしてくれてる。  毎日美味しいご飯をくれて、お菓子までくれて……」


 レイの手が止まる。


「……私ね、最近ちょっと怖いの」 『?』 「このまま、死ぬのが少し怖くなっちゃった。  ……もし許されるなら、もっと生きたい。  団長さんが買ってきてくれるお菓子を、もっと一緒に食べたいなって……そう思っちゃうの」


 その一言に、俺の心臓が大きく跳ねた。


 死ぬのが怖い。  もっと生きたい。  一緒に食べたい。


 それは、一ヶ月前の「諦めきった彼女」からは想像もできない、明確な「生」への執着であり、俺個人への「想い」だった。


(……そうか。ようやく、お前も未来を望んでくれるようになったか)


 俺は嬉しさのあまり、尻尾をバタンバタンと床に打ち付けてしまった。


「え? どうしたのワンちゃん、急に興奮して」 『ウォフ!(なんでもない)』


 俺は慌てて平静を装い、彼女の膝に顎を乗せた。


 この一ヶ月、大切に育ててきた甲斐があった。  彼女の心に、「生きたい」という灯がともったのだ。


 絶対に死なせない。  処刑も、教会の干渉も、全て俺が叩き潰す。  そしていつか誤解が解けた時、今度は人間の姿で、堂々と彼女とタルトを囲んでやる。


 俺はレイの温もりを全身で感じながら、  「明日はもっと美味い店を探しておこう」と、騎士団長にあるまじき決意を固めていた。


 ――こうして、俺の「レイ中心の生活」は、一ヶ月を経て、より強固で、かけがえのないものになっていたのだった。

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