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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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18/44

18.結婚式はいつですか?

大神殿からの帰り道。  馬車の中には、奇妙な沈黙が流れていた。


 団長さんは腕組みをして、窓の外を睨みつけながらブツブツと何か(主に大神官様への悪態)を呟いている。  私はといえば、大神官様の言葉を反芻し、これからのスケジュールについて思考を巡らせていた。


「(『結婚式』か……。神様との契約、つまり魂の昇天儀式)」


 あの大神官様が「司会をする」と言っていたのだ。きっと、国を挙げての盛大なセレモニーになるのだろう。  ただの異世界人である私ごときに、そこまでしてくれるとは。この国は、罪人の最期に対して異様に手厚いらしい。


「あの、団長さん」 「……ん? なんだ」


 団長さんが不機嫌そうな顔をこちらに向けた。  私は、事務的な確認事項として尋ねた。


「その……『お式』の日取りは、もう決まっているのでしょうか?」 「ぶっ!!」


 団長さんが盛大に咳き込んだ。  顔を真っ赤にして、信じられないものを見るような目で私を凝視する。


「お、お前……大神官様の冗談を真に受けているのか?」 「冗談? ……いえ、あの方は真剣でした。『近々』とおっしゃっていましたし」 「……ッ」


 団長さんが額を手で覆った。  ああ、なるほど。まだ公表できないトップシークレットなのかもしれない。公開処刑のスケジュール調整は大変だろうし。


「すみません、急かしてしまって。心の準備をしておきたかっただけなんです」 「……レイ。忘れてくれ」 「え?」 「式などない。……少なくとも、お前が考えているような形では、絶対にやらせん」


 団長さんは強い口調で言った。  その瞳には、「俺が阻止してみせる」という決意のようなものが宿っていた。


「(……ああ、そうか。  団長さんは優しいから、私が大勢の前で晒し者にされるのを反対してくれているんだ)」


 公開処刑(結婚式)を阻止し、もっと穏やかな形での執行(密葬)を望んでくれているのかもしれない。  本当に、どこまでお人好しな処刑人なのだろう。


「分かりました。団長さんにお任せします」 「ああ。俺に任せておけばいい」


 団長さんは深く頷いた。  こうして、「公開処刑の日程確認」と「結婚式の否定」という、致命的なすれ違い会話は、奇跡的に成立してしまった。


 ◇


 屋敷に到着すると、団長さんはすぐにマチルダさんを呼びつけた。


「マチルダ。レイの部屋を変えるぞ」 「はい? 今の客間でも十分豪華ですが……」 「遠い(・・)」


 団長さんは短く言い捨てた。


「俺の寝室の隣にある、あの空き部屋を使わせろ」


「はぁ!? 旦那様の寝室の隣、ですか!?」


 マチルダさんが素っ頓狂な声を上げた。  それもそのはず、主人の寝室の隣といえば、普通は奥方か、あるいはよほど親密な関係の人間が使う部屋だ。


「ですが旦那様、あそこは防犯上の結界も厳重ですし、何より旦那様のプライベートスペースの真横ですよ? 年頃の娘さんを……」 「だからこそだ。  俺の目の届く範囲に置いておきたい。……何かあった時、すぐに駆けつけられるようにな」


 団長さんの言葉に、マチルダさんは一瞬呆気に取られたが、すぐに生温かい笑みを浮かべて「承知いたしました」と下がっていった。


 一方、私の解釈はこうだ。


「(……なるほど。脱走防止のための監視強化ね)」


 客間は一階にあって逃げやすい。  けれど、団長さんの寝室の隣なら、最強の騎士が24時間体制で監視できる。  しかも結界付き。これならネズミ一匹逃げ出せないだろう。


「レイ。不服か?」


 団長さんが私の顔色を窺うように聞いてきた。


「いえ、合理的だと思います。  私のような危険因子は、厳重に管理すべきですから」 「……またその言い方か。まあいい、部屋を見に行くぞ」


 ◇


 案内された部屋は、以前の客間よりもさらに広かった。  窓からは美しい庭園が一望でき、家具は猫脚のアンティークで統一されている。  そして何より――。


「(……壁一枚向こうに、あの団長さんがいる)」


 寝室の壁には、隣室(団長さんの部屋)へと続く内扉までついていた。  これでは、私が少しでも不審な動きをすれば、即座に制圧されてしまうだろう。


「気に入ったか?」 「はい。……完璧な牢獄ですね」 「牢獄言うな。……まあ、安心しろ。鍵はこちらからはかけない。お前の自由だ」


 団長さんはそう言うと、内扉を指差した。


「夜、何かあったら……いや、何もなくても、寂しかったらいつでもこの扉を叩け。  俺は必ず起きる」


「はい。ありがとうございます」


 監視体制の強化にしては、妙に過保護な言葉だ。  まあ、処刑の日までは「お客様」として扱うという方針なのだろう。


 ◇


 その日の夜。  私は新しい部屋のベッドに潜り込んだ。  隣の部屋からは、団長さんの気配がする。  壁一枚隔てた場所に彼がいると思うと、緊張するような、でも不思議と安心するような、奇妙な感覚だった。


 コンコン。


 テラスの窓が小さく叩かれた。  私が顔を上げると、カーテンの隙間から、銀色の毛並みがチラリと見えた。


「あ……」


 私は急いで窓を開けた。  そこには、昨日の大きなワンちゃんが、お行儀よくお座りをして待っていた。


「来てくれたんだ!」


『ウォフ(仕方ないな)』


 狼は尻尾を振り……かけ、慌てて止めた。クールなふりをしたいらしい。  でも、その金色の瞳は優しく私を見つめている。


「いらっしゃい。……ここは二階じゃないけど、よく来れたね」 「(まあ、隣の部屋から飛び移ってきただけだからな)」


 ジルベルトは心の中でそう呟きつつ、部屋の中へと入ってきた。  やはり、この部屋はいい。  レイの近くにいるだけで、変身による魔力の負荷がスゥッと消えていく。  頭痛も、倦怠感もない。ただ、心地よい万能感だけがある。


「ねえ、聞いて。今日ね、お部屋が変わったの」


 私は狼の首に抱きつき、今日あったことを報告し始めた。


「団長さんの部屋の隣になったの。  これで24時間、監視付き。逃げ出さないようにってことだよね」


『……(違う、俺が近くで寝たいだけだ)』


「あとね、昼間に神殿に行ったんだけど……『結婚式』の話が出たの」


『!?』


 狼の耳がピクリと立った。


「大神官様がね、『近々、結婚式の司会をするかも』って。  ……やっぱり、処刑の日は近いみたい」


『(……そっちの意味で受け取ってたのか!?)』


 ジルベルトは愕然とした。  昼間、大神官が言った「結婚式」の冗談。それをレイは「処刑=神との結婚」という独自の解釈で、死刑宣告として受け取っていたのだ。


「怖いけど……でも、貴方がいてくれるなら大丈夫」


 レイは私の毛並みに顔を埋め、震える声で呟いた。


「最期の時まで、仲良くしてね。ワンちゃん」


 ――あー、もう。  ジルベルトは、愛おしさと不憫さと、そして自分の言葉足らずさに頭を抱えたくなった。    これはいかん。  このままでは、本当に彼女が「死ぬ気」で準備を進めてしまう。  言葉の通じないこの姿では誤解を解くこともできない。


 狼は、決意を込めてレイの頬を舐めた。  そして心の中で誓った。


 明日はもっとわかりやすく、全力で甘やかそう。  「処刑? 何それ美味しいの?」と思わせるくらい、徹底的に幸せにしてやる。  これはもう、根競べだ。


 こうして、  「死を受け入れた少女」と  「誤解を解きたい騎士(兼、狼)」の、  奇妙な同居生活の二日目の夜が更けていった。

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