18.結婚式はいつですか?
大神殿からの帰り道。 馬車の中には、奇妙な沈黙が流れていた。
団長さんは腕組みをして、窓の外を睨みつけながらブツブツと何か(主に大神官様への悪態)を呟いている。 私はといえば、大神官様の言葉を反芻し、これからのスケジュールについて思考を巡らせていた。
「(『結婚式』か……。神様との契約、つまり魂の昇天儀式)」
あの大神官様が「司会をする」と言っていたのだ。きっと、国を挙げての盛大なセレモニーになるのだろう。 ただの異世界人である私ごときに、そこまでしてくれるとは。この国は、罪人の最期に対して異様に手厚いらしい。
「あの、団長さん」 「……ん? なんだ」
団長さんが不機嫌そうな顔をこちらに向けた。 私は、事務的な確認事項として尋ねた。
「その……『お式』の日取りは、もう決まっているのでしょうか?」 「ぶっ!!」
団長さんが盛大に咳き込んだ。 顔を真っ赤にして、信じられないものを見るような目で私を凝視する。
「お、お前……大神官様の冗談を真に受けているのか?」 「冗談? ……いえ、あの方は真剣でした。『近々』とおっしゃっていましたし」 「……ッ」
団長さんが額を手で覆った。 ああ、なるほど。まだ公表できないトップシークレットなのかもしれない。公開処刑のスケジュール調整は大変だろうし。
「すみません、急かしてしまって。心の準備をしておきたかっただけなんです」 「……レイ。忘れてくれ」 「え?」 「式などない。……少なくとも、お前が考えているような形では、絶対にやらせん」
団長さんは強い口調で言った。 その瞳には、「俺が阻止してみせる」という決意のようなものが宿っていた。
「(……ああ、そうか。 団長さんは優しいから、私が大勢の前で晒し者にされるのを反対してくれているんだ)」
公開処刑(結婚式)を阻止し、もっと穏やかな形での執行(密葬)を望んでくれているのかもしれない。 本当に、どこまでお人好しな処刑人なのだろう。
「分かりました。団長さんにお任せします」 「ああ。俺に任せておけばいい」
団長さんは深く頷いた。 こうして、「公開処刑の日程確認」と「結婚式の否定」という、致命的なすれ違い会話は、奇跡的に成立してしまった。
◇
屋敷に到着すると、団長さんはすぐにマチルダさんを呼びつけた。
「マチルダ。レイの部屋を変えるぞ」 「はい? 今の客間でも十分豪華ですが……」 「遠い(・・)」
団長さんは短く言い捨てた。
「俺の寝室の隣にある、あの空き部屋を使わせろ」
「はぁ!? 旦那様の寝室の隣、ですか!?」
マチルダさんが素っ頓狂な声を上げた。 それもそのはず、主人の寝室の隣といえば、普通は奥方か、あるいはよほど親密な関係の人間が使う部屋だ。
「ですが旦那様、あそこは防犯上の結界も厳重ですし、何より旦那様のプライベートスペースの真横ですよ? 年頃の娘さんを……」 「だからこそだ。 俺の目の届く範囲に置いておきたい。……何かあった時、すぐに駆けつけられるようにな」
団長さんの言葉に、マチルダさんは一瞬呆気に取られたが、すぐに生温かい笑みを浮かべて「承知いたしました」と下がっていった。
一方、私の解釈はこうだ。
「(……なるほど。脱走防止のための監視強化ね)」
客間は一階にあって逃げやすい。 けれど、団長さんの寝室の隣なら、最強の騎士が24時間体制で監視できる。 しかも結界付き。これならネズミ一匹逃げ出せないだろう。
「レイ。不服か?」
団長さんが私の顔色を窺うように聞いてきた。
「いえ、合理的だと思います。 私のような危険因子は、厳重に管理すべきですから」 「……またその言い方か。まあいい、部屋を見に行くぞ」
◇
案内された部屋は、以前の客間よりもさらに広かった。 窓からは美しい庭園が一望でき、家具は猫脚のアンティークで統一されている。 そして何より――。
「(……壁一枚向こうに、あの団長さんがいる)」
寝室の壁には、隣室(団長さんの部屋)へと続く内扉までついていた。 これでは、私が少しでも不審な動きをすれば、即座に制圧されてしまうだろう。
「気に入ったか?」 「はい。……完璧な牢獄ですね」 「牢獄言うな。……まあ、安心しろ。鍵はこちらからはかけない。お前の自由だ」
団長さんはそう言うと、内扉を指差した。
「夜、何かあったら……いや、何もなくても、寂しかったらいつでもこの扉を叩け。 俺は必ず起きる」
「はい。ありがとうございます」
監視体制の強化にしては、妙に過保護な言葉だ。 まあ、処刑の日までは「お客様」として扱うという方針なのだろう。
◇
その日の夜。 私は新しい部屋のベッドに潜り込んだ。 隣の部屋からは、団長さんの気配がする。 壁一枚隔てた場所に彼がいると思うと、緊張するような、でも不思議と安心するような、奇妙な感覚だった。
コンコン。
テラスの窓が小さく叩かれた。 私が顔を上げると、カーテンの隙間から、銀色の毛並みがチラリと見えた。
「あ……」
私は急いで窓を開けた。 そこには、昨日の大きな狼が、お行儀よくお座りをして待っていた。
「来てくれたんだ!」
『ウォフ(仕方ないな)』
狼は尻尾を振り……かけ、慌てて止めた。クールなふりをしたいらしい。 でも、その金色の瞳は優しく私を見つめている。
「いらっしゃい。……ここは二階じゃないけど、よく来れたね」 「(まあ、隣の部屋から飛び移ってきただけだからな)」
狼は心の中でそう呟きつつ、部屋の中へと入ってきた。 やはり、この部屋はいい。 レイの近くにいるだけで、変身による魔力の負荷がスゥッと消えていく。 頭痛も、倦怠感もない。ただ、心地よい万能感だけがある。
「ねえ、聞いて。今日ね、お部屋が変わったの」
私は狼の首に抱きつき、今日あったことを報告し始めた。
「団長さんの部屋の隣になったの。 これで24時間、監視付き。逃げ出さないようにってことだよね」
『……(違う、俺が近くで寝たいだけだ)』
「あとね、昼間に神殿に行ったんだけど……『結婚式』の話が出たの」
『!?』
狼の耳がピクリと立った。
「大神官様がね、『近々、結婚式の司会をするかも』って。 ……やっぱり、処刑の日は近いみたい」
『(……そっちの意味で受け取ってたのか!?)』
狼は愕然とした。 昼間、大神官が言った「結婚式」の冗談。それをレイは「処刑=神との結婚」という独自の解釈で、死刑宣告として受け取っていたのだ。
「怖いけど……でも、貴方がいてくれるなら大丈夫」
レイは私の毛並みに顔を埋め、震える声で呟いた。
「最期の時まで、仲良くしてね。ワンちゃん」
――あー、もう。 狼は、愛おしさと不憫さと、そして自分の言葉足らずさに頭を抱えたくなった。 これはいかん。 このままでは、本当に彼女が「死ぬ気」で準備を進めてしまう。 言葉の通じないこの姿では誤解を解くこともできない。
狼は、決意を込めてレイの頬を舐めた。 そして心の中で誓った。
明日はもっとわかりやすく、全力で甘やかそう。 「処刑? 何それ美味しいの?」と思わせるくらい、徹底的に幸せにしてやる。 これはもう、根競べだ。
こうして、 「死を受け入れた少女」と 「誤解を解きたい騎士(兼、狼)」の、 奇妙な同居生活の二日目の夜が更けていった。




