17.団長さんはおじいちゃん子
馬車に揺られること数十分。 私たちは王都の中央広場に面した、巨大な建造物の前に到着した。
白亜の石壁に、天を衝くような尖塔。ステンドグラスには光の神の教えが描かれ、荘厳な鐘の音が街中に響き渡っている。 この国の中枢であり、信仰の総本山――大神殿だ。
「(……へえ、立派な施設)」
馬車を降りた私は、その圧倒的な威容を見上げ、感心した。 恐怖はない。むしろ、妙にスッキリとした気分だった。
「(ここが私の終着点。処刑前の最後の儀式を行う場所……。 うん、悪くない。空気が綺麗だし。 薄暗い地下牢で終わるより、こんな綺麗な場所で『退職手続き(人生の)』ができるなら、恵まれている方だわ)」
私は、これから訪れる「永遠の休息(死)」を思い、少しだけ心が軽くなるのを感じた。 隣に立つ団長さんが、無表情な私を心配そうに覗き込む。
「……レイ。顔色が悪いぞ。やはり緊張しているのか?」 「いえ、むしろ落ち着いています。 やっと終わるんだなって思うと、肩の荷が下りたような気分で」 「……終わる?」 「はい。もう掃除もしなくていいし、誰かに怒鳴られることもない。……楽しみです」
私が淡々と答えると、団長さんは眉間の皺を深くし、痛ましげに私の手をギュッと握った。
「……馬鹿なことを言うな。終わらせたりしない」
団長さんはそう呟くと、逃さないとばかりに強く私の手を引き、歩き出した。 その手は大きくて、とても温かい。 処刑場への引率者にしては優しすぎるけれど、まあ、最後の思い出作りには悪くない。
◇
重厚な扉が開かれ、私たちは長いレッドカーペットの上を歩いた。 広い聖堂の最奥、祭壇の前には、一人の老人が立っていた。
長い白髪と髭を蓄え、豪華な法衣を纏った小柄な老人。 彼こそが、この国の宗教的指導者――大神官、ベルンハルト様だ。
「よく来たな、ジルベルトよ。 お前がこうして正面から訪ねてくるとは、珍しいこともあるものだ」
大神官様は、顔をくしゃりと歪めて柔和に笑った。 厳格な聖職者というよりは、田舎の気のいいおじいちゃんといった雰囲気だ。 この人が私の「死亡届」を受理してくれる担当者か。優しそうでよかった。
「ご無沙汰しております、大神官様」
団長さんは、私の手を引いたまま、うやうやしく一礼した。
「兄上……陛下の命により、参じました。 今日は、どうしても貴方にご紹介したい者がおりまして」
「ほっほっほ。紹介したい者、とな?」
大神官様の視線が、団長さんの後ろに立つ私に向けられた。 その穏やかな目が、スッと細められる。 まるで、私の魂の底まで見透かすような、鋭い眼光。
「(……査定されている。天国行きか、地獄行きか)」
私は背筋を伸ばし、一歩前に出た。 どうせ死ぬなら、堂々としていたい。
「初めまして。レイと申します。 この度は、最後の儀式の場を与えてくださり、感謝いたします。 ……悔いなく逝けるよう、精一杯お祈りさせていただきます」
「……最後? 逝く?」
大神官様がキョトンとした顔をした。 団長さんが慌てて口を挟む。
「あー、こいつは少々言葉の綾がありまして。 大神官様。この子は……俺が個人的に保護することになった『迷子』です」
「迷子、ねぇ……」
大神官様は、意味ありげに髭を撫でた。 そして、私と団長さん、そして固く繋がれた私たちの手を交互に見比べると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「ふむ。ジルベルトよ。 お前、随分と顔色が良いではないか」
「……は?」
「いつも以上に魔力が安定している。憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしておる。 それに、その溢れ出る覇気。肌艶も良い。 ……さては、何か『いいこと』があったかの?」
大神官様が、肘で団長さんをツンツンと突くような仕草を見せる。
「なっ……! 関係ありません!」
団長さんが珍しく狼狽えた。
「関係ないことあるものか。 ワシはお前のオムツを変えたこともある仲じゃぞ? その堅物のお前が、これほど大切そうに、壊れ物を扱うように女子の手を握っておるのじゃ。 ……ふむふむ。ようやくお前にも『春』が来たか。長かったのぅ」
「ち、違います!! 誤解です!! これは保護者としての責任感であり、決してやましい気持ちなど……!」
「ほっほっほ! 誰も『やましい』とは言っておらんよ。 いやあ、めでたい。お前がこれほど執着する相手を見つけるとは。 これは近々、結婚式の司会を頼まれるかもしれんのぅ」
大神官様は楽しそうに笑い声を上げた。 団長さんは「だから違うと言っているでしょう! この狸爺!」と小声で毒づいている。
私は、そんな二人のやり取りを冷静に聞いていた。
「(……『春』に『結婚式』? ああ、隠語か。 『春が来た』=『常春の国(あの世)へ行く』。 『結婚式』=『神との契約(死)』ってことね)」
なるほど、宗教家らしいロマンチックな表現だ。 死ぬことを「神様との結婚」と呼ぶなんて、素敵じゃないか。 現世での労働地獄から解放され、永久就職(死)できるのだから。
私は深く納得し、口を開いた。
「あの、大神官様」 「ん? なんだね、レイさん」 「お気遣いありがとうございます。 ……式の手配はお任せします。 私はもう、現世には未練がありませんので。早く楽になれるなら、それが一番の幸せです」
私の言葉に、場が静まり返った。 大神官様が目を丸くし、団長さんが「またそれを言うか……」と頭を抱える。
「……ジルベルトよ」 「はい」 「このお嬢さん、なかなか面白い勘違いをしておるようだが? まるで、生き急いでいるというか、人生を『消化試合』だと思っているような……」 「……説明すると長くなるので省きますが、彼女の心は酷く傷ついておりまして。今は『そういうこと』にしておいてください」
団長さんは疲れたように溜息をついた。 大神官様は、私の「早く死んで楽になりたい」という澄んだ瞳と、団長さんの必死な顔を交互に見て……。
「ぶっ、くくく……!」
肩を震わせて吹き出した。
「なるほど、なるほど! そういうことか! お前、まだこの子に想いどころか、生きる希望すら与えられておらんのか! これほどの美少女を前にして、なんたる不甲斐なさ!」
「うるさいですね……今、努力中なんです!」 「よいよい、分かった。ワシも協力しよう。 ……ふふ、これは楽しい余興になりそうじゃ」
大神官様は涙を拭いながら、私に向き直った。 その表情は、慈愛に満ちた聖職者のものに戻っている。
「レイさん」 「はい」 「安心しなさい。神は全てを見ておられる。 ……君は『楽になりたい』と言ったね」
「はい。もう疲れましたので」
「うむ。ならば、ジルベルトの屋敷で存分に休みなさい。 美味しいものを食べ、フカフカのベッドで眠り、何もせずに過ごすがよい。 それが、君に与えられた『贖罪』じゃよ」
「……贖罪?」
意外な言葉に、私は首を傾げた。 苦しむことが罪の償いではないのか?
「そうじゃ。君は今まで頑張りすぎた。だから、これからは自分を甘やかすことが義務じゃ。 ……ま、費用の請求書は全部そこの男に回せばいいからの」
「はぁ。……ありがとうございます」
よく分からないが、大神官様がそう言うなら、そういう教義なのだろう。 「死ぬ前に贅沢をして、未練なく成仏せよ」ということか。ありがたい。
私が深く頭を下げると、大神官様は満足そうに頷き、そして団長さんに視線を送った。
『(ジルベルトよ。この娘、まさかとは思うが……本物の聖女じゃな?)』
大神官様の目が、音もなくそう語りかけていた。 団長さんは一瞬ビクリとしたが、覚悟を決めたように小さく頷き返した。
『(……俺が預かります。絶対に、教会(組織)には渡しません。 こいつの力がないと、俺の体が持ちませんし……何より、こいつを再び働かせるなど、俺が許しません)』
『(ほっほ。お前の「体調管理」のため、か。まあよい。 ワシは見て見ぬ振りをしよう。……ただし、あの諦めきった瞳に光を灯すのは、お前の役目じゃぞ? )』
大神官様はニヤリと笑い、片目を瞑ってみせた。
こうして、私は「処刑前の手続き(懺悔)」を無事に終え、 団長さんは「最大の理解者(兼、厄介な冷やかし役)」を味方につけた。
帰り際、大神官様が小声で「孫の顔が見れる日を楽しみにしとるぞ」と団長さんに囁き、団長さんが顔を真っ赤にして怒鳴り散らすのを、私は「(……おじいちゃん子なんだなぁ)」と微笑ましく眺めていた。




