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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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17/42

17.団長さんはおじいちゃん子

馬車に揺られること数十分。  私たちは王都の中央広場に面した、巨大な建造物の前に到着した。


 白亜の石壁に、天を衝くような尖塔。ステンドグラスには光の神の教えが描かれ、荘厳な鐘の音が街中に響き渡っている。  この国の中枢であり、信仰の総本山――大神殿だ。


「(……へえ、立派な施設)」


 馬車を降りた私は、その圧倒的な威容を見上げ、感心した。  恐怖はない。むしろ、妙にスッキリとした気分だった。


「(ここが私の終着点。処刑前の最後の儀式を行う場所……。  うん、悪くない。空気が綺麗だし。  薄暗い地下牢で終わるより、こんな綺麗な場所で『退職手続き(人生の)』ができるなら、恵まれている方だわ)」


 私は、これから訪れる「永遠の休息(死)」を思い、少しだけ心が軽くなるのを感じた。  隣に立つ団長さんが、無表情な私を心配そうに覗き込む。


「……レイ。顔色が悪いぞ。やはり緊張しているのか?」 「いえ、むしろ落ち着いています。  やっと終わるんだなって思うと、肩の荷が下りたような気分で」 「……終わる?」 「はい。もう掃除もしなくていいし、誰かに怒鳴られることもない。……楽しみです」


 私が淡々と答えると、団長さんは眉間の皺を深くし、痛ましげに私の手をギュッと握った。


「……馬鹿なことを言うな。終わらせたりしない」


 団長さんはそう呟くと、逃さないとばかりに強く私の手を引き、歩き出した。  その手は大きくて、とても温かい。  処刑場への引率者にしては優しすぎるけれど、まあ、最後の思い出作りには悪くない。


 ◇


 重厚な扉が開かれ、私たちは長いレッドカーペットの上を歩いた。  広い聖堂の最奥、祭壇の前には、一人の老人が立っていた。


 長い白髪と髭を蓄え、豪華な法衣を纏った小柄な老人。  彼こそが、この国の宗教的指導者――大神官、ベルンハルト様だ。


「よく来たな、ジルベルトよ。  お前がこうして正面から訪ねてくるとは、珍しいこともあるものだ」


 大神官様は、顔をくしゃりと歪めて柔和に笑った。  厳格な聖職者というよりは、田舎の気のいいおじいちゃんといった雰囲気だ。  この人が私の「死亡届」を受理してくれる担当者か。優しそうでよかった。


「ご無沙汰しております、大神官様」


 団長さんは、私の手を引いたまま、うやうやしく一礼した。


「兄上……陛下の命により、参じました。  今日は、どうしても貴方にご紹介したい者がおりまして」


「ほっほっほ。紹介したい者、とな?」


 大神官様の視線が、団長さんの後ろに立つ私に向けられた。  その穏やかな目が、スッと細められる。  まるで、私の魂の底まで見透かすような、鋭い眼光。


「(……査定されている。天国行きか、地獄行きか)」


 私は背筋を伸ばし、一歩前に出た。  どうせ死ぬなら、堂々としていたい。


「初めまして。レイと申します。  この度は、最後の儀式の場を与えてくださり、感謝いたします。  ……悔いなく逝けるよう、精一杯お祈りさせていただきます」


「……最後? 逝く?」


 大神官様がキョトンとした顔をした。  団長さんが慌てて口を挟む。


「あー、こいつは少々言葉の綾がありまして。  大神官様。この子は……俺が個人的に保護することになった『迷子』です」


「迷子、ねぇ……」


 大神官様は、意味ありげに髭を撫でた。  そして、私と団長さん、そして固く繋がれた私たちの手を交互に見比べると、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ふむ。ジルベルトよ。  お前、随分と顔色が良いではないか」


「……は?」


「いつも以上に魔力が安定している。憑き物が落ちたようにスッキリとした顔をしておる。  それに、その溢れ出る覇気。肌艶も良い。  ……さては、何か『いいこと』があったかの?」


 大神官様が、肘で団長さんをツンツンと突くような仕草を見せる。


「なっ……! 関係ありません!」


 団長さんが珍しく狼狽えた。


「関係ないことあるものか。  ワシはお前のオムツを変えたこともある仲じゃぞ?  その堅物のお前が、これほど大切そうに、壊れ物を扱うように女子おなごの手を握っておるのじゃ。  ……ふむふむ。ようやくお前にも『春』が来たか。長かったのぅ」


「ち、違います!! 誤解です!!  これは保護者としての責任感であり、決してやましい気持ちなど……!」


「ほっほっほ! 誰も『やましい』とは言っておらんよ。  いやあ、めでたい。お前がこれほど執着する相手を見つけるとは。  これは近々、結婚式の司会を頼まれるかもしれんのぅ」


 大神官様は楽しそうに笑い声を上げた。  団長さんは「だから違うと言っているでしょう! この狸爺!」と小声で毒づいている。


 私は、そんな二人のやり取りを冷静に聞いていた。


「(……『春』に『結婚式』?  ああ、隠語か。  『春が来た』=『常春の国(あの世)へ行く』。  『結婚式』=『神との契約(死)』ってことね)」


 なるほど、宗教家らしいロマンチックな表現だ。  死ぬことを「神様との結婚」と呼ぶなんて、素敵じゃないか。  現世での労働地獄から解放され、永久就職(死)できるのだから。


 私は深く納得し、口を開いた。


「あの、大神官様」 「ん? なんだね、レイさん」 「お気遣いありがとうございます。  ……式の手配はお任せします。  私はもう、現世には未練がありませんので。早く楽になれるなら、それが一番の幸せです」


 私の言葉に、場が静まり返った。  大神官様が目を丸くし、団長さんが「またそれを言うか……」と頭を抱える。


「……ジルベルトよ」 「はい」 「このお嬢さん、なかなか面白い勘違いをしておるようだが?  まるで、生き急いでいるというか、人生を『消化試合』だと思っているような……」 「……説明すると長くなるので省きますが、彼女の心は酷く傷ついておりまして。今は『そういうこと』にしておいてください」


 団長さんは疲れたように溜息をついた。  大神官様は、私の「早く死んで楽になりたい」という澄んだ瞳と、団長さんの必死な顔を交互に見て……。


「ぶっ、くくく……!」


 肩を震わせて吹き出した。


「なるほど、なるほど! そういうことか!  お前、まだこの子に想いどころか、生きる希望すら与えられておらんのか!  これほどの美少女を前にして、なんたる不甲斐なさ!」


「うるさいですね……今、努力中なんです!」 「よいよい、分かった。ワシも協力しよう。  ……ふふ、これは楽しい余興になりそうじゃ」


 大神官様は涙を拭いながら、私に向き直った。  その表情は、慈愛に満ちた聖職者のものに戻っている。


「レイさん」 「はい」 「安心しなさい。神は全てを見ておられる。  ……君は『楽になりたい』と言ったね」


「はい。もう疲れましたので」


「うむ。ならば、ジルベルトの屋敷で存分に休みなさい。  美味しいものを食べ、フカフカのベッドで眠り、何もせずに過ごすがよい。  それが、君に与えられた『贖罪』じゃよ」


「……贖罪?」


 意外な言葉に、私は首を傾げた。  苦しむことが罪の償いではないのか?


「そうじゃ。君は今まで頑張りすぎた。だから、これからは自分を甘やかすことが義務じゃ。  ……ま、費用の請求書は全部そこのジルベルトに回せばいいからの」


「はぁ。……ありがとうございます」


 よく分からないが、大神官様がそう言うなら、そういう教義なのだろう。  「死ぬ前に贅沢をして、未練なく成仏せよ」ということか。ありがたい。


 私が深く頭を下げると、大神官様は満足そうに頷き、そして団長さんに視線を送った。


『(ジルベルトよ。この娘、まさかとは思うが……本物の聖女じゃな?)』


 大神官様の目が、音もなくそう語りかけていた。  団長さんは一瞬ビクリとしたが、覚悟を決めたように小さく頷き返した。


『(……俺が預かります。絶対に、教会(組織)には渡しません。  こいつの力がないと、俺の体が持ちませんし……何より、こいつを再び働かせるなど、俺が許しません)』


『(ほっほ。お前の「体調管理」のため、か。まあよい。  ワシは見て見ぬ振りをしよう。……ただし、あの諦めきった瞳に光を灯すのは、お前の役目じゃぞ? )』


 大神官様はニヤリと笑い、片目を瞑ってみせた。


 こうして、私は「処刑前の手続き(懺悔)」を無事に終え、  団長さんは「最大の理解者(兼、厄介な冷やかし役)」を味方につけた。


 帰り際、大神官様が小声で「孫の顔が見れる日を楽しみにしとるぞ」と団長さんに囁き、団長さんが顔を真っ赤にして怒鳴り散らすのを、私は「(……おじいちゃん子なんだなぁ)」と微笑ましく眺めていた。

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