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死にたがり聖女は最強騎士団長(狼)に拾われる   作者: うる


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14/42

14.わんこ再び。

その日の夜。  私は、あてがわれた客室のベッドの上で、天井を見上げていた。


 最高級の羽毛布団。沈み込むような柔らかいマットレス。そして、ほのかに香るアロマ。  団長さんが「とにかく寝ろ」と言って用意してくれた環境は、完璧すぎて……逆に眠れなかった。


 貧乏性が染み付いている私は、ふかふかのベッドよりも、煎餅布団やソファの方が落ち着くのだ。  それに、昼間の出来事が頭を巡って離れない。


 美味しい食事。優しいメイドさん。  そして、怖いくらい過保護な団長さん。


「(……なんであんなに優しくするんだろう)」


 処刑前の慈悲にしては、重すぎる。  肉を切り分けてくれた時の真剣な目や、私の頭を撫でた時の大きくて温かい手。  あれが全部「演技」だとしたら、彼はとんでもない役者だ。


「……空気を吸おう」


 私はベッドを抜け出し、部屋に備え付けられたテラスへと出た。  夜風が少し冷たいけれど、頬の火照りを冷ますにはちょうどいい。


 テラスの手すりに寄りかかり、広大な庭を見下ろす。  月明かりに照らされた庭園は静まり返り、木の葉が風に揺れる音だけが聞こえる。


 ――ガサッ。


 不意に、茂みが揺れる音がした。  野良猫だろうか?  私が目を凝らすと、影の中からヌゥッと「それ」が現れた。


「……あ」


 私は声を漏らした。  銀色の毛並みが、月光を浴びてキラキラと輝いている。  大人一人を軽々と乗せられそうな巨体。鋭い牙と、知性を宿した金色の瞳。


 森で出会った、あの大きなワンちゃん(狼)だ。


「ここにもいたんだ」


 普通なら悲鳴を上げて逃げ出す場面だろう。  けれど、私はなぜか恐怖を感じなかった。むしろ、知っている顔(?)に会えた安堵感すら覚えた。


 狼は、私に気づくと、音もなくテラスの下まで歩み寄ってきた。  そして、二階にいる私を見上げ、静かに「ウォフ」と喉を鳴らした。


「こんばんは。お散歩?」


 私が話しかけると、狼はコクリと頷いた……ように見えた。  やっぱり賢い。  私は手すりに身を乗り出し、誰にも言えなかった本音を、この動物相手になら言える気がして、ポツリポツリと語りかけた。


「あのね、今日、すごいご馳走を食べたの」


 狼が耳をピクリと動かし、お座りをして私を見つめる。聞いてくれているようだ。


「お肉もお野菜も、全部美味しかった。  ……連れてきてくれた団長さんがね、すごく変な人なの」


『……』


「顔は怖いし、すぐ怒鳴るし、乱暴なんだけど……  お肉を小さく切ってくれたり、お風呂上がりにタオルをかけてくれたり。  


 思い出すと、胸の奥がキュッとなる。


「……処刑されるって分かってるのに。  あんなに優しくされたら、死ぬのが少し怖くなっちゃうじゃない」


 私は自嘲気味に笑った。  誰にも期待せず、何も望まず、ただ静かに終わろうと思っていたのに。  あんな温かい手を向けられたら、未練が残ってしまう。


「いじわるだよね、団長さんは」


 私がそう呟くと。


 ダンッ!!


 狼が突然、地面を強く蹴り、テラスの手すりを飛び越えて着地した。  二階なのに。信じられない跳躍力だ。


「わっ!?」


 驚く私の目の前に、巨大なモフモフの顔が迫る。  狼は私に噛み付くのではなく、その大きな頭を、私の腹部にグイグイと押し付けてきた。


「……え? なに? 慰めてくれてるの?」


『クゥーン……』


 狼は甘えるような声を出し、さらに体を擦り寄せてくる。  まるで「そんな悲しいことを言うな」「俺は意地悪じゃないぞ」と訴えているかのような必死さだ。


「ふふ、あったかい……」


 私は狼の首元の豊かな毛並みに指を埋めた。  昼間、団長さんに抱き上げられた時と同じ匂いがする。  森の朝露のような、清涼で安心する香り。


「ありがとう、ワンちゃん。  貴方は優しいね。……団長さんと同じくらい」


 私がそう言うと、狼の動きがピタリと止まった。  そして、バツが悪そうに視線を逸らし、大きな尻尾をパタンパタンと床に打ち付けた。


 まさか、目の前のこの狼が、私が「変な人」呼ばわりした騎士団長本人であり、  夜の巡回(という名のレイの安否確認)中に愚痴を聞かれてへこんだり、褒められて照れたりしているとは露知らず。


 私は久しぶりに、冷たい夜風の中で温かい気持ちになりながら、その柔らかい毛並みを撫で続けた。

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