10.汚名の回避
「待て!! 違う!! 誤解だ兄上!!」
俺の叫びも虚しく、わらわらと集まってきた近衛兵たちが槍を構える。 腕の中のレイは、「わあ、すごい人数。やっぱり公開処刑って一大イベントなんですね」と他人事のように感心している。
(……このままでは、本当に捕まる)
俺が捕まれば、レイはそのまま保護され、教会の管理下に置かれるだろう。 あの虚無な瞳のまま、「聖女様、浄化をお願いします」と崇められ、利用され、心が死んでいく未来が確定する。
――そんなことは、させん。
「……退け」
俺は、体内の魔力を爆発させた。
ドォォォンッ!! 物理的な衝撃波に近い重圧が、テラス全域を襲う。 近衛兵たちが「うっ!?」と体勢を崩し、後退る。 俺はレイをしっかりと抱き抱えたまま、殺気立った瞳で周囲を――そして兄上を睨みつけた。
「私の話を聞け、アルフォンス!!」
俺が兄を呼び捨てにしたことで、場の空気が凍りついた。 兄上もまた、俺の本気を悟ったのか、目を見開いて動きを止める。
「……私を捕縛するのは勝手だが、その前に時間をよこせ。 ここでこいつ(レイ)を取り上げれば、私は騎士団長を辞任し、全力で国と敵対することになるぞ」
それは明確な脅しだった。 国最強の戦力が敵に回る。その意味を理解できない兄ではない。
「……分かった。兵を引かせろ」
兄上は手を挙げた。
「場所を変えよう。……私の執務室へ来い。そこで詳しく話を聞く」
◇
数分後。 国王の私室には、重苦しい沈黙が流れていた。
ふかふかのソファには、王太子エドワードから貰った高級クッキーを「サクサク」と小動物のように食べているレイ。 そして、それを少し離れた場所で睨み合う、俺と兄上。
「……さて、ジルベルトよ」
兄上が深いため息をつき、頭を抱えた。
「説明しろ。なぜ聖女が見つからなかったと嘘をついた? そしてなぜ、彼女は自分を『処刑される罪人』だと思い込んでいるのだ? ……お前、まさか本当に彼女に対して『邪な気持ち』を抱いて……」
「馬鹿なことを言うな」
俺は兄上の言葉を被せ気味に否定した。心外だ。
「誰がこんな『子供』に欲情するものか。 私の行動は、騎士として、いや人間としての『義憤』と『保護義務』によるものだ」
「……保護義務、だと?」
「兄上、あいつを見れば分かるでしょう」
俺はソファでクッキーを頬張るレイを指差した。
「痩せ細った体。生気のない瞳。そして、自分を家畜か何かだと思っているような言動。 あいつは言いました。『前の家では、掃除をしないとご飯がもらえなかった』と。……あいつは、心も体もボロボロに壊された、ただの哀れな子供なんだ」
俺は拳を握りしめ、熱く語った。
「そんな幼児を、今すぐ『聖女』として公表し、教会の連中に引き渡してみろ。 『奇跡の象徴』として祭り上げられ、また『王城』という檻の中で、死ぬまで働かされるだけだ。 そんな非人道的な行いを、騎士である私が看過できるわけがないだろう!」
俺の真っ直ぐすぎる主張に、兄上はポカンと口を開けた。
「……つまり、お前は純粋に『可哀想だから助けたい』と?」 「当たり前だ。それ以外の何がある」 「いや、しかし……報告によれば聖女の年齢は二十歳前後だぞ? 子供というのは無理があるのでは……」 「二十歳?そんなわけあるか! 誰がどう見ても十歳そこそこの発育不良児だろうが! 守られるべき弱者だ!」
俺は断言した。 兄上はこめかみを指で押さえ、何かを堪えるような顔をした。
「(……駄目だこいつ。無自覚だ。 『可哀想な子供を拾った』と思い込んでいるが、その必死さと執着心は、どう見ても……)」
兄上はチラリとレイを見た。 そして、再び俺を見て、呆れたように、しかしどこか生温かい目でため息をついた。
「……はぁ。分かった、もういい」
兄上は降参するように手を挙げた。
「お前の『高潔な騎士精神』はよく分かった。 聖女の発見は、しばらくの間『未公表』とする。公式には、捜索は難航中ということにしておこう」
「恩に着ます」
「ただし! 条件がある」
兄上は俺を指差した。
「彼女の身柄は、お前の屋敷で預かれ。 そして、お前の責任において、彼女の心身を健康に戻せ。 彼女が心から笑い、自らの意志で『この国を助けてやってもいい』と言えるようになるまで、全力でケアしろ」
「望むところです」
俺は即答した。
「俺が責任を持って、あいつに『普通の子供』としての幸せを教えてやる。 美味いものを食わせ、よく寝かせ、肉をつけて……二度と死にたいなどと思わないようにしてやるさ」
俺が胸を張って答えると、兄上は「不器用な男だ……」とボソリと呟いた。
「しかし、あの『処刑』という勘違いはどうするつもりだ? あれを解かない限り、彼女はずっと怯えたままだぞ」
「……あー、それは……」
俺は視線を逸らした。 今更「実は処刑じゃないんだ、君を保護したいだけなんだ」と言ったところで、今の彼女が信じるだろうか? むしろ「なるほど、油断させてから殺す作戦ですね」と斜め上の解釈をする未来しか見えない。
「……その方が、あいつは大人しく飯を食うんです」 「……お前、まさかこのまま『処刑前の最後の晩餐(肥育)』という名目で餌付けし続ける気か?」 「背に腹は代えられん。まずは太らせることが先決だ」
兄上は天を仰いだ。
「……まあいい。せいぜい、あとで真実がバレた時に嫌われないようにな」 「嫌われる? なぜ私が? 私はただの保護者だぞ。嫌われるも好かれるもないだろう」
俺が不思議そうに首を傾げると、兄上は「帰れ。もう顔も見たくない」と手を振った。
こうして、俺は「聖女誘拐犯」の汚名は(ギリギリで)回避した。
俺たちがそんなやり取りをしているとは知らず、レイは最後の一枚のクッキーを大事そうに眺めながら、 「(これが人生最後のクッキーか……。味わって食べよう)」 と、今日も今日とて盛大な勘違いを継続中であった。




