1.目覚めるとそこは森でした。
目が覚めると、そこは森の中でした。
見上げれば、鬱蒼とした木々の隙間から、見たこともない色の空が覗いている。空気は重く、肌にまとわりつくような不快な気配が漂っていた。
「……はあ」
私は重たい体を起こすと、一つだけため息をついた。状況はおおよそ把握している。直前の記憶にあるのは、叔父からの金よこせメールをゴミ箱に入れながら、スーパーのセールで買った菓子パン食べようとしとき、突然、眩しい光に包まれて、足元に広がった眩い幾何学模様の光と、「聖女召喚の儀、成功です!」という神官らしき男の歓声。
けれど、次の瞬間に放り出されたのは、王宮のふかふかな絨毯の上ではなく、この泥だらけの森。
どうやら召喚の座標がずれたか、あるいは私が期待された「聖女」の器ではなかったから弾かれたのか。理由は分からないけど・・・
「面倒なことに……」
けれど、私の心に浮かんだのは、ただその一言だった。 普通の人間ならここで「助けて!」「元の世界に帰して!」と叫んだり、理不尽な状況にパニックになったりするのかな。 でも、生きるために森を彷徨うのも、魔物に怯えるのも億劫だと感じてしまう私。 どうせ元の世界に未練なんてない。ここで魔物に食べられて終わりなら、それはそれで構いません。ただ、痛いのだけは嫌だから、できれば一撃で意識を刈り取ってくれる大型の獣がいい!
そんなことをぼんやり考えて、いたその時。
「動くな!!」
鋭い怒声と共に、金属が擦れる音が周囲に響き渡った。 ガサガサと草をかき分け、銀色の鎧に身を包んだ集団が飛び出してくる。騎士だ。十人以上はいるだろうか。彼らは私を取り囲むと、一斉に剣の切っ先を突きつけた。
「貴様、何者だ! この『魔の森』に結界もなしに入り込むとは!」 「先ほどの『召喚魔法』の反応はこの辺りだったはずだ! スパイか!? 」
騎士たちが殺気立っていた。額には脂汗が滲んでいる。 先ほど私がここへ飛ばされてきた時の魔力反応を感知して飛んできたのだろう。 私は大人しく両手を挙げた。抵抗する気力もない。
「いえ、怪しい者では……あー、やっぱり怪しい者で構いません」 「あぁ!? どっちだ!」 「どっちでもいいです。とりあえず、斬るなら首を一息にお願いします。痛いのは苦手なので」 「は……?」
騎士たちが困惑に顔を見合わせる。 その時、囲みの外から、空気がビリビリと震えるほどの重厚な足音が近づいてきた。
「――どけ」
低く、地を這うような声。 それだけで、騎士たちが弾かれたように道を開ける。 現れたのは、一人の男だった。
大きい。それが第一印象だった。 長身で、鍛え上げられた体躯は鎧の上からでも分かる。銀色に輝く髪に、射抜くような金色の瞳。 何より、彼が纏う空気が異質だった。立っているだけで周囲の木々がざわめき、空間が歪むような圧倒的な「力」の奔流。 彼が睨むだけで、歴戦の騎士たちですら直立不動で震えている。
この国の騎士団長であり、王弟殿下。そして「人類最強」と謳われる男、ジルベルトだ。
彼は私の前に立つと、見下ろすように冷徹な視線を向けた。 普通の人間なら、その眼光だけで失神するほどの威圧感。 だが、私にとっては「あ、大きい人が来たな」程度の認識だった。
「女。名を言え」 「……レイです」 「目的は」 「特にありません。気づいたらここに落ちていました」 「嘘をつくな」
ドッ、と彼から放たれる魔力が膨れ上がった。 物理的な風圧となって私の髪を揺らす。騎士たちが「ひっ」と悲鳴を上げて後ずさる。 けれど私は、風で乱れた前髪を指で直しながら、ぼんやりと彼を見返した。
「嘘ではありません。……それで、処刑ですか? その剣で?」 私は彼の腰にある装飾過多な剣に視線を落とした。切れ味は良さそうだ。 「あなたがやってくれるなら、手際が良さそうですね。よろしくお願いします」 「…………は?」
完璧な鉄仮面を被っていた男の表情が、わずかに崩れた。 彼は眉をひそめ、私をまじまじと観察する。
「貴様……怖くないのか?」 「何がですか?」 「俺がだ。俺の魔力に当てられて、正気を保っている人間など……」 「ああ、すごい筋肉ですね。強そうです」 「そうじゃない」
男が苛立ち交じりに片手で顔を覆った。 周囲の騎士たちが「お、おい、あの女……団長の威圧を真正面から受けて、瞬き一つしてねえぞ……」「何者だ……化け物か……?」とざわつき始める。
私は少し首を傾げた。 殺してくれないなら、話は終わりだ。 急にお腹が空いてきた。死ぬにしても、空腹のまま死ぬのは少し不快だ。
「あの、処刑しないなら、何か食べる物をいただけませんか?」 「……何?」 「お掃除でも洗濯でもしますので。一食分くらいの働きはします。どうせ死ぬなら、満腹で死にたいので」
男はしばらくの間、珍獣を見るような目で私を見下ろしていた。 やがて、彼はふっと鼻を鳴らし、背を向けた。
「……連れて行け」 「えっ、団長!? 捕縛ですか、処刑ですか!?」 「『雑用係』だ。こいつを拠点に連れて帰る」 「はあぁ!!? 正気ですか!?」 「俺の前でも顔色一つ変えん。少なくとも、すぐ泣く軟弱な新入りよりは使えるだろう」
男は一度だけ振り返り、金色の瞳で私を睨んだ。 それは警告のようでもあり、探るようでもあった。
「逃げようなどと思うなよ」 「はい。走ると疲れるので、逃げません」 「…………そうか」
男は今度こそ、何か言い返せない奇妙な顔をして、足早に歩き去っていった。 周囲の騎士たちが「団長を毒気が抜かれた顔にさせたぞ……」「あの女、只者じゃねえ……」と戦慄いている。
私は彼らの背中を追いながら、とりあえず安堵した。 よかった。今日の寝床とご飯は確保できたらしい。 聖女召喚? 異世界? まあ、ご飯が食べられるなら何でもいいか。 いつ死ぬかは分からないけれど、とりあえず今は、歩くとしよう。
設定とかふんわりしてます。(__)




