5不穏な臭い
異変が起きたのは、通勤電車で揺られている最中だった。
車内で揺られながら、つり革には掴まず、仁王立ちをする形でバランスを上手く保っていた。
左右に揺れるが、人に触れないため、足裏に力を沢山込めて、最低限にその場に留まる。
都会だから、電車が混んでいる───それは仕方の無いことだ。しかし隣の人、いや、斜め前だろうか。
何日も風呂を入っていない不快感の覚える臭いがする。洗濯物の生乾き臭にも近い。
願わくば、臭いの発する人間から逃れたいという一心ではあるが、満員電車に押され、他の車両への移動は不可能であった。
吐き気が襲ってくるような、不潔臭を抑えるように鼻を二本指で塞いだ。
傍から見れば、変出者だがそんなことは気にせず、目を瞑った。
しかし、鼻を塞いでもその不快な臭いは消えることはなく、むしろ先程よりも酷く激臭がした。
周りの人間は、何も臭っていないのか、気にせずスマートフォンに夢中になっている。強いて言うならば、数人が不自然な動きをする俺に視線を向けていた。
確かに俺は周りの人より鼻が敏感だが、この臭いは異常だろう。何故、誰も気づかないのだろうか。
電車が次の駅に止まったタイミングで、なにかに安心したかのように嘔吐した。
周りの乗客が、一斉に俺へと集中する。
「…大丈夫ですか?」
一人の女性が声を掛けてくれたが、嘔吐した汚物を目にすると、咄嗟に逃げてしまった。
女性のロングスカートには嘔吐の飛沫が少し飛び散ってしまい、なんとも申し訳ない気持ちが込み上げてくる。自分がもし、他人の汚物が衣服に飛び散ったらその場で命を絶つかもしれないな、なんてぼんやりと思う。
俺は目を瞑り、見なかったことにしようと試みたが、反射神経で自らの汚物を直視してしまった。
汚物に紛れている複数の「毛の塊」に全身が震え上がった。
目を凝らすと、陰毛のようにチリチリとしていて、先端にはフケが見えてしまった。
何故、こんなものが俺の体内に──── ?
身に覚えのない異物に、感覚が麻痺させられる。
そんな中、一人の男性が立ち上がった。
「大丈夫っすかね…駅員おれ、呼んできますね」
その男性の見下すような視線は、普段俺が「人間」に向けている憐れな目と同化していた。
まだ喉の奥に毛が絡まっている感覚は消えず、自らの汚物をもう一度見ると、また嘔吐した。




