2潔癖症の神城
「これを見て、どう思うかね神城さん」
自殺の瞬間を横で見ていた柿本さんは、俺にビデオの感想を求めた。俺はあまりの気持ち悪さに、鳥肌が立ち、身震いしていた。
「お風呂に半年入っていない状態で、電車に乗るだなんて気持ち悪いと思いました。不潔です」
俺が素直な感想を口にすると、柿本さんは呆れたように頬杖をついた。如何にも俺の発言に引いたような素振りをあからさまにした。
「いやいや、着目点はそこじゃないでしょうに...本当にこの家に住むんですか?彼は自殺をしたのですよ。ホームページにも記載した通り、事故物件なんですよ?」
「はい、ですが問題ないですよ。壁や床全て取り替えてくれたんですよね?内見を伺った時、とても綺麗でびっくりしました。半年間もお風呂に入っていない人間が住んでいたとは思えないです。駅からも近いですし、立地も、家賃もそこそこで理想通りです」
「はぁ…、そうですか。では審査に移ってしまっても問題ありませんか?」
「はい。ぜひともよろしくお願いします」
「では、ここに名前をフルネームでお願いします」
俺は今月から仕事関係で、この街に転勤してきたのだった。
いい物件がないかと探していたところ、俺の理想通りの物件が見つかり、すぐに内見の予約を入れた。
部屋は1LDKで、六畳の狭さだったが一人暮らしには丁度いいし、何より狭い方が俺は好ましかった。
部屋が広ければ広いほど掃除の範囲が広まって俺の手間がかかってしまう。
項目には「事故物件」と記載されていたが、俺にはどうでもよかった。なんせ幽霊なんてオカルトチックな話は全くと言っていい程、信じていないからだ。
こういう話が好きな人は世間で、スピリチュアル...いわゆるスピってると言われている人種の人達だ。ビデオの男は本当に可哀想だと心から思った。
自らを不潔にし、キモがられ、そして念願の幽霊にもなれず命を絶つなんて。
先程見せられたビデオは想像以上の汚物だった。
垢が詰まっている爪をズームで移してきた時は、気持ち悪くて吐き気がしたが、壁と床を全て新品に変えたと聞いた時は心の底から安堵した。
新しいアパートの扉の前で俺は手袋をはめて、大家から受け取った鍵を、丁寧にハンカチで拭いた。
鍵を受け取る時に大家が素手で鍵を触っていた姿が能裏にこびりついていた。
特に男の手というのは汚らしくて不潔でおぞましいと言ったらありゃしない。
大半の男達は、御手洗に行く際に、必ず股間に触れ、手洗いをしない輩が多い。
そして、小指を鼻腔に入れて荒々しく平気でほじる。挙句の果てには、採れたての大きな鼻くそをポイッと宙に投げ捨てるヤツが殆どだ。
あぁ.....その不潔さといったら尋常ではないだろう。考えるだけで鳥肌が止まらない。
ハンカチで清潔に拭き取った鍵を鍵穴に差し、右に回した。ドアノブに触れる時も、必ず別のハンカチで拭いていた。
俺はハンカチを常に四枚持ち歩いている。
一つは御手洗終わりに自分の手を拭くようで、二つ目は大便をする際に便座を拭くようだった。使い終われば不潔とみなしその場でゴミ箱に捨てていた。鞄に入れるなんてとんでもない…。勿体ないなんて思わないでくれ。
三つ目は、今鍵を拭いたハンカチだ。人が触った私物を必ずこのハンカチで拭いていた。
そして最後の四つ目は、予備用だった。もしもの時のために必ず鞄に閉まっていた。
自分でも過度な潔癖症だと分かっている。けれど今更どうこう出来る問題ではなかった。
もう慣れていることだし、治したいとは思わない。
ドアノブを綺麗にハンカチで拭き取り、手袋を装着した掌でそっとドアノブを回した。
────なんだ、綺麗じゃん。
内見を伺った時よりも、綺麗にリフォームがされていた。
とても事故物件とは思えない。新築の香りが微かにした。この匂いが俺は大好きだった。




