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潔癖症候群  作者: 華矢
14/14

13警察官


ビデオを見終わった後、しばらく愕然としていた。

隣の部屋───つまり、401号室のあの女のビデオは、どこか口調が自分の知っているあの女とは異なっていた。


しかし、声や顔はあの女で間違いない。最後は何かに怯えていたかのように意味深に、ビデオが終了してしまった。

気づけば、穴からは手は伸びていない。でも、穴の先に微かに明かりが見えた。電気をつけたのだろうか。


「あの、このビデオはいったい…?」


返事は依然として無い。このビデオはいつ、撮られたものなのだろう。かなり前に撮られた映像な気がした。少なくとも、最近では無さそうだった。

穴がぽっかりと、何か知らせるかのように目立っている。


「このビデオはなんなんですか?ビデオに写っている女性は貴方ですよね?」


先程まで、話していたのだから、穴の向こうにいるのは明瞭している。なのに、返事が一向に無いのは何故なのだろう。ふざけているのか、あるいは声を出せない状況に陥っているのか。


何度か声を掛けたが、返事が返ってくる気配はどこにもなかった。

いっその事、穴を覗いて彼女の状況を確かめて見るのも悪くない気がした。

いつだって彼女は俺の生活を監視していたのだから、仕返しをするくらい別に構わないだろう。しかし、問題は相手が女性というところだ。

いくら、穴を開けられたからと言って、女性の私生活を監視するようなことをしていいのだろうか。

いや、彼女はそんな事も気にせずに、覗き続けていたんだ。終いには、俺を見ながら自慰行為までしていた。


ちょっとくらい、中の様子を確認するくらい、別に構わないだろ。

自分の中で蠢いていた邪心を振り払い、瞳を初めて穴に目掛けて向けた。

それは、名前も知らない彼女が普段俺の事を監視してくるように、自分自身、仕返しという肩書きで覗いたつもりだった。

でも、穴の向こうに居るのは、彼女じゃない。

俺の知っている彼女だとは違う─────壁に横たわる髪の生えた人間らしき、死体。


随分前からそこにあったとされるほど劣化していた。


「えっ…ちょっ…し、死体。こ、これどういうことですか?」


直ぐに穴から後ずさり、暫く言葉という言葉を失っていた。

ポケットの中のスマートフォンが振動した時、少しだけ我に返った。

メッセージの送り主は勝場だった。こんな時に呑気なメッセージを送ってくるなんて内心イラッとしたが、かえってそのメッセージに安心しきっている自分がいた。


「そうだ、警察に…」


逸る気持ちを抑え、「110」と入力すると、直ぐに対応がされた。

10分以内には、来るらしい。

遺体には一切触れてはならないこと。そして、犯人が近くにまだ潜んでいる可能性があるため、部屋の鍵を全て締め、大人しく留まっている事を、捲し立てるように命令をされた。


俺は勿論、警察の言葉通りに、ジッとリビングのソファーで震える身体を抑えた。

10分も経たずに、警察が急いで駆けつけてくれたのは、幸運だったと思う。

穴の奥から、警察の取り調べている声が微かにした。少し経った頃に、やっと俺の部屋にインターフォンが鳴った。

扉の先には4名の警察官が血相をかえて、立ち尽くしていた。


「まず、いくつかお伺いしたいのですが、部屋と部屋を繋ぐ、穴は一体いつから空いていたのでしょうか?」


「それは、俺も存じ上げないんです。元々空いていたらしくて…」


「元々空いていた…ですか、なるほど」


警察官は何か白いメモ用紙にスラスラと書き綴っていた。


「貴方が引っ越してきてから、どれくらいが経ちましたか?」


「…約1ヶ月とかその辺だと思います」


「…なるほど」


暫く彼らは、ノートとペンに視線を向けていた。少し気まづさが芽生える中、両足を交互にくねらせ、明後日の方向に目を向けていた。

すると、突然声のトーンを落とした警察官が口を開いた。


「あのですね、隣の部屋、つまり401号室の女性は貴方が引っ越してくる前、1ヶ月以上前から孤独死していたと推測いたします。今日まで臭いなど、穴の向こうを覗いてみたりとか、気づいたりはしなかったんですか?」


警察官の目が、一気に俺に集中した。疑い目のなのか、それよりも手馴れているのか、俺には判断がつかなかった。

けれど、警察官は俺への呼応を急かしているような気がしてならないのは事実だった。

そして、警察官の言っていることは間違っているに違いない。なぜなら、1時間以内に俺は、隣の部屋の彼女と会話をしていたからだった。


1ヶ月以上前の遺体ならば、別の人物の可能性がある、そして殺したのはあの女で違いない。

あの女のビデオは、幽霊が殺したというカモフラージュに過ぎない。

よくよく考えても見れば、あの女は殺人をやりかねないような立ち振る舞いだった。


「気づきませんでした」


素直な感想を口にすると、警察官は何かを納得したかのような所作を取り始め、「これで2回目か」と呟いた。

2回目という言葉に違和感を覚えた俺は、警察官を前に、尋ねた。

「2回目とは?前にもあったんですか?」


「前も401号室で自殺者が居たんです。彼は確か、男性でした。あの時の部屋の臭いと言ったら、もう忘れやしませんねえ」


その言葉に、周りは怪訝そうに顔を見合せ、うなづいていた。


しかし俺は、全身が硬直していた。脳裏を過ぎるのは、不動産会社に見せられたビデオの男だった。

そんな筈はないと自分の心に投げかけるが、平常心ではいられなかった。


「前回も自殺で今回も自殺という…判断という事でしょうか?」


「まあ、詳しいことは言えないのですが、そうなりますね」


警察官は飄然とした佇まいだった。既に頭は混乱状態だ。もし、あのビデオの男が自殺した部屋は、俺の住まう402号室ではなく、あの女の住まう401号室ならば──────


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