10脅迫
彼女は今日も、穴から眼球を向き出して他人の日常を監視するように覗いていた。
だが四六時中、行動を監視しているわけではなかった。
食事中など睡眠時には、覗かれていないことが最近になって判明した。大体、監視されている時はお風呂上がりか、洗濯物を畳んでいる時など、部屋の掃除をこまめにしている時だった。
気味が悪いので、いっその事穴を塞いでしまいたい気持ちはあった。しかし、先日のファミレスで彼女に軽く脅迫を受けた、たった一言が原因で穴を塞ぐことに抵抗が生まれていた。冗談なのか、本気なのか真偽は不明だった。
「穴を塞いだら殺しちゃいますよ」
そこまで俺の日常を監視することが楽しいのか、または別の理由なのかは未だ分からないけれど、犯罪の臭いがしたのは確かだった。
そして、彼女は穴を通して、会話をしてくるようになった。それは、彼女にとって電話やメールのような唯一の連絡手段だった。
「お互い臭いが分からないっておかしな現象ですよね。ところで明日はお仕事ですか?」
「はぁ…いや、暫く仕事は休むことにしました。3日間連続で臭うと言われてしまって…挙句の果てには、女性社員からも軽蔑されて…さすがに耐えられたもんじゃないな…」
最も、無視をすればいいものの、彼女に問いかけに応じている自分自身が一番狂っているのかもしれない。お湯で沸かしたお茶を啜りながら、穴に耳を傾けた。
「やっぱり私たちワキガなんですかね〜?調べたところ、ワキガは感染するものではないらしくてー、言わば、遺伝らしいですよ。神城さんはご家族にワキガの人いますか?」
「いないですね。母も父も俺と同じ潔癖症でした。それも、重度の」
「私もなんですよ」
そこで会話は中途半端に途絶えた。穴で交わす会話が2人の中で、いつの間にか日常化していた。一人暮らしの筈なのに、会話や監視されている事によって、同棲しているような、奇妙な感覚だった。
俺自身は、穴から彼女の部屋を監視することはしていない。いくら、監視されているからと言って、やり返しのように、女性の部屋を監視しようだなんて思惑にはならなかった。
だが、1つ疑問なのは、彼女の部屋からの生活音だった。毎日お風呂に入っていると言っていながら、シャワーの音すらもしない。洗い物や、洗濯機の音など、生活していく上で必要な日常の音が一切しない。彼女の名前すらも、何者なのかすら未だ分かっていない。ただ、一つだけ分かっていることは、変人だと言うことだけだった。
───
この事を、誰かに相談したいという意思が働き、勝場に再び連絡をしていた。
『LINEじゃ、めんどくさいから電話じゃ無理なん?』
「無理。電話だと穴から会話が聞かれてるんだよ」
『あな?』
「最近、俺の部屋と隣の部屋を繋ぐ小学生の拳サイズ程の穴を発見したんだよ。隣の部屋には女が住んでいて、毎日監視をしてくる。塞ごうとしたら脅迫を受けてて、今困っててどうすればいいと思う?」
『面白いやん、てかお前を監視して何になるん?』
「いやいやいやいや…なんも面白くないやろ。一番恐ろしいのが、俺を監視しながら自慰行為していたところが気味が悪い。ファミレスにも無理矢理連れてかれたし」
『なんやそれ(笑)今度、動画撮って見せて』
勝場に話してもなんの解決策にもならないと悟った俺は、そこで既読無視をした。
数分経った後に『塞いじゃえば?』などと言われたが、怖くて塞ぐことなど、出来なかった。
「塞いだりなんかして、俺が殺されたらどうするんだよ、お前責任取れるのか?」と返信をすると、塞いだくらいで殺されるなんて事ない、お前はビビりすぎ。と茶化されて終わるだけだった。
確かに、そう思う反面、彼女のあの目は本気だった。塞いではダメだと身体中が警告していた ───




