悪役令嬢はヒロインを矯正中
「違いますことよ! 何度説明したらご理解いただけるのかしらあなたは」
「大変申しわけございません」
公爵令嬢レオノーラからいつものごとく説教され伯爵令嬢の養女である私は頭を下げた。
これはここ数カ月は続いているルーティンのようなものである。
この国、ハルンブラ王国は小さな割りに資源の豊富な力のある国として知られている。
そのため、後継者である三人の年頃の王子が誰と結婚するのかと常に話題に上がるし、近隣諸国のやんごとなき姫君や高位のご令嬢からの釣書も後を絶たないらしい。
そして私は父である伯爵が愛人に生ませた娘であり、本妻が病気で子供が産めない体になってしまったため家名存続のため引き取られた子供である。
一般的に家のため子孫繁栄のため貴族が愛人を囲うのはままあり、実母も元はメイドであった。
貴族の愛人は子供が生まれたらきちんと養育費も生活も面倒を見てくれるのが当たり前なので、母も父に感謝をしているし、義母との関係も悪くはない。
養女になると決まった際も母にはまとまったお金が出たし、
「いつでも会いたければお母様に会いに行っていいのよ」
という優しい義母とも父とも良好な関係を保てている。
まあ唯一周囲の人と違うのは、私が日本人としての前世の記憶があるぐらいだろうか。
昔遊んでいた恋愛ゲームの世界にいるなんて誰に話しても信じてもらえないだろうし、未だに自分でも疑問だけれど、事実その世界に生まれてしまっているのだから仕方がない。
そのゲームでは女性主人公をプレイヤーが操作し、数々のイケメンたちとハッピーエンドを迎えるのが目的だが、七人ぐらいいた攻略対象を二人ぐらいまで攻略した記憶しかない。
正直自分が何で死んだのか、結婚していたのか何歳で死んだのかすらも思い出せない。
ただこのゲームをしていた記憶だけが鮮明に残っているのである。
そして今私が謝っているレオノーラはいわゆる私の恋愛の邪魔をする存在であり、今後パーティーで第三王子に見初められる予定の私の婚約者として立ちふさがる予定だった。
(そうは言われましても……)
はっきり言ってしまうと、私は貴族社会というものが苦手だ。
コルセットで体を締め付けられ化粧をし、苦しい思いをしてパーティーでろくに仲良くもない人と歓談したり、親しそうに話していた人がいなくなってからその人のうわさ話を聞かされる。
尊大で権力を振りかざすだけで責任は放置の傲慢なタイプの男性も少なくない。
愛人どころかその日にパーティーで出会った相手と空き部屋で行為に勤しむ人もいる。
なんというか、貴族の生活や価値観が肌に合わないのだ。
ゲームと現実は違う。
私はただ波風のないおだやかーで平和な人生を送りたいだけなのである。
そんな人間が第三王子に見初められるとか「またまたご冗談を」なのだ。
第一、第二王子よりはマシだろうが、万が一のことがあれば王族として他国の狡猾な大臣や貴族と摩擦を起こさぬよう立ち回らねばならない。
確かに第三王子はイケメンではあるが、どうせ数十年経てば誰でも似たり寄ったりだ。
性格もよく知らない期間限定のイケメンと、自分のこれからの苦難の数十年を思うと、どう考えても対等ではないと思うわけである。
確かに十五歳の現在、私はヒロインとして申し分ない美貌の片鱗があった。
何せ母も美しかったからお手がついたのだし。
客観的に見ても数年後はさらに美しくなるだろうと自分でも思う。
見初められてもこれならなるほどなあ、と素直に受け取れる容姿なのだ。
だが他の同位の貴族なら我慢もするが、王子と結婚などまっぴらごめんだ。
何とか出来ないかと思った私が唯一、未来を変えるため干渉出来ることがあった。
それは「食べる」ことである。
「確かにお菓子は美味しいですわ。ですけれど、際限なく食べるのは体にもよろしくありませんし、これから社交界デビューを控えている状況のミア様がなさることではございませんのよ」
一つ上のレオノーラは一足先にデビュタントを済ませており、私とは共通の友人とのお茶会で知り合った。
彼女も気高く美しい顔立ちなのだが、人見知りであまり喋らないのと少々つり目のためかキツい印象を周囲から持たれている。
だが私とは舞台鑑賞という趣味から仲良くなり、今では身分を越え親しい友人だ。
そして徐々に体に丸みを帯びて行く私を心配し、何かと苦言を呈しているのである。
あまり太りすぎると自分が動くのも億劫になるので、平均より十キロぐらいの増加をキープしているが、体質なのか油断するとすぐに二キロ三キロ落ちてしまう。
意図的にデブであり続けるのもこれでなかなか大変なのである。
「私は友人ですからふくよかでも何も思いませんことよ? ですが殿方はやはり女性の見た目に重きを置くものですわ。今からでも節制しませんとデビュタントで素敵なドレスが着られないではありませんの」
悪役令嬢としてゲームでは出て来たけれど、付き合ってみればレオノーラは貴族令嬢としても普通の女性としても努力を惜しまず、友人への思いやりのある素敵な女性だった。
ぽっと出の伯爵令嬢に婚約者を取られたらそりゃあ意地悪もしたくもなろうというものだ。
まだ王子との婚約の話は出ていないらしいが、彼女の家柄から言ってもそろそろ内定するのではと思っている。
ゲームとリンクするのかまでは、実際そうなってからでないと分からないけれど。
「ミア様は本当に可愛いですし、痩せたらきっと私よりも素敵なレディーになりましてよ。まずは一緒に乗馬で外に出ることから始めましょう。ね?」
「このような体で乗ったら馬が可哀想ではありませんの」
「でしたら散歩! 散歩はよろしくてよ! 気分も晴れますし今はバラも美しい盛りですわ」
「レオノーラ様、私は花粉症だと以前あれほど申し上げたじゃございませんか」
「……そうでしたわね。失念しておりましたわ」
頑張って太っているのは自分のためでもあるが、未来のレオノーラのためでもある。
隙を見てモグモグとクッキーを頬張りながら、
「痩せたら素晴らしいレディーに!」
を連呼し何かと世話を焼こうとする善人を、
(だからあなたが無事に結婚するまでは痩せたくないんだってば)
と思いながら逃げるのも苦労が耐えないのだ。
彼女も本気で私の未来を心配してくれているので無下にも出来ない。
頻繁に訪れる彼女とお茶をしつつも、
「いかに自分だけ太ってヒロインルートから脱落し、レオノーラを美しい淑女のまま王族に嫁がせるか」
というしょうもない努力をしなければならない。
これで王子がデブ専だったら確実に詰みだが、かといってゲームのようにすくすくと美しく成長するわけにはいかない。考えたらきりがないのである。
可能性を出来るだけ下げることしか私には道がない。
(……あー、もう脂身の多い肉も、クリームたっぷりの甘いケーキも飽き飽きだわ)
私は、胸やけと日々戦いながらも、胃薬を片手に今日も頑張るのであった。