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第3話 今カレ、再び

 

 カレからのメッセージは週末の予定の確認だった。

 昼間向こうから電話をくれたので、今度は私からカレに電話した。


「もしもし、今電話大丈夫?」

「ああ、大丈夫」

「昼間はごめんね。時間なくて返信できなかった。週末の予定のことだよね」

「ああ、映画の時間はあれで大丈夫か?」

「うん大丈夫。映画の後食事するでしょ?」

「そのつもりだけど、なに?」

「久しぶりにウチで食べない? すき焼き」

「料理する時間あんの? 今週と来週は締切目白押しだろ」

「すき焼きは材料切るだけだから大丈夫。今週末はウチでゆっくりしたい。お腹いっぱい食べてだらだらしたい」

「分かった。映画の後すき焼きの材料買って帰ろう」

「うん、じゃあ土曜日にね」

「ああ、土曜日にな。仕事ちゃんと片付けとけよ」

「はーい」


 カレは優しい。

 作業時間が不規則になりがちな私のスケジュールを尊重してくれている。週末や長期休暇の予定も仕事が入って変更になったことは一度や二度ではない。自分勝手という自覚はちゃんとある。罪悪感ももちろんある。そして、カレがこの関係にそう長くは耐えられないということも。


     ****


「やっぱり大きなスクリーンでアクション映画を観るのは迫力があっていいな」

「それとやっぱりあの大音量! 身体の奥までズンズンと響いてくるあの音! 自分の部屋であの音を出したら近所から苦情が来て追い出されるよね」


 週末、映画館から出てスーパーへと向かう私たちは、先程観てきた映画の興奮冷めやらぬ状態で盛り上がっていた。

 一つのテーマについてカレと意見を交わすのは楽しい。異なる意見でも互いを尊重しながら話ができる相手というのは簡単に見つけられるものではない。

 自分の意見を相手に押し付けがちになる私の話もニュートラルな状態で聞いてくれ、同意でも反論でもさり気なくスッと私に投げ返してくる。不思議と彼の言葉はスルリと私の頭に入ってくる。


 私の部屋に食材を抱えて戻ってくると、すぐにすき焼きの準備を始めた。


「切るだけだからぱぱっと準備するね」

 私はキッチンで食材を切り、大皿の上にどんどんと載せていく。

 カレは手際よくカセットコンロや鉄鍋、取皿などをテーブルの上にセッティングする。


「いただきます」

 二人の声が揃う。箸が同時に動き出す。


     ****


 肉も野菜も綺麗に平らげ、食後のコーヒーを啜りながら私とカレはリビングで寛いでいた。


「美味しかったね」と私がカレの顔を覗き込むと、カレは妙に真剣な面持ちをしていた。

 何かを思い詰め、逡巡し、懸命に答えを探している顔。

 この顔には見覚えがある。前のカレも別れを決意したときにこんな顔をしていた。


 私はついにこの時が来てしまったことを悟った。

 部屋の空気が凍りつき、沈黙が続く。


「お前に俺は必要か?」

 沈黙を破ったのはカレの声。


「もちろん」

 間髪を入れず私は答えた。


「今は……だろ」


 カレのこの言葉に何と答えればいいのか私は分からなかった。

「これからもずっとだよ」と本人でさえ嘘か本当か分からない曖昧な言葉を返すことは簡単だけど、カレはきっと見抜く。覚悟が伴っていない私の言葉を見抜く。


 カレは立ち上がり、黙ったままの私の隣にそっと座った。互いの肩が時々触れるくらいの距離で。


「あなたに私は必要?」

 同じ質問をカレにしてみた。


「お前を好きだという気持ちは昔と変わってないし、俺はお前と一緒にいるときの自分が好きだ。このままお前と一緒にいられたらと思う。ただ……」

「……ただ……何?」

「俺は家族を持ちたい。将来は子供が欲しいと思っている。親となって人生を歩んでいきたい」


「……」

 私は黙ったままカレの次の言葉を待っていた。


「この思いを何度も諦めようとした。でもダメだった」

「……それは結婚して子供を持つという未来を選択したってことね」

「ああ」

「そして子供を一緒に持つ伴侶は私ではないのね」

「……」


 黙ったままのカレ。

 はっきりと「お前じゃダメだ」と言えばいいのに、優しいカレは私を傷つけない言葉を必死で探している。



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