2.ダンジョン探索って残業なんだ
街を回っていると、収穫祭の時期にだけ近くのダンジョンに現れるというドラゴンの噂が耳に入ってきた。
そのドラゴンが持つ「竜の鱗」を使って武器や防具を作ると、魔王の魔法ですら打ち返す強靭なものになるという。
これはぜひとも手に入れなくては。
街の人からダンジョンの場所を聞いて、俺たちは一旦宿屋に戻ってきた。
皆が揃ったところで、俺は言う。
「ハヤシさん。聞いてくれ」
「何でしょう」
「ハヤシさんはとてもよくやってくれている」
「いえいえそんなそんな」
「だから俺たちがダンジョン行ってる間、宿屋で待っててくれない!?」
俺の言葉に、他のメンバーたちも頷いた。
だって危ないから。ハヤシさんは見るからに防御力が低そうだから。
俺たちはハヤシさんを失いたくないんだ。
しかしハヤシさんは滅相もない!という様子で首を横に振る。
「そんな、上司が残業しているのに私だけ帰るわけにはいきませんよ」
「ダンジョン探索って残業なんだ」
俺たちは食い下がった。
予想外のサポートの良さに俺たちの中でのハヤシさんの評価はうなぎのぼりだった。
戦闘以外のことでサポートが受けられることがこんなに心理的負担を軽減するなんて思っていなかったのだ。
もうハヤシさんなしの冒険には戻れない。
だからこそ俺たちはハヤシさんを失いたくない。快適な旅路を約束してくれるハヤシさんを。
だがハヤシさんも譲らなかった。
王様に一緒に行くと言った手前ついていかないわけにはいかないと、そう言うことだった。
ハヤシさんの頑固さに、結局俺たちが折れた。もちろん危なくなったらすぐに帰るという条件で、だが。
ハヤシさん、割と一撃で死にそうだけど本当に連れて行って大丈夫だろうか。
一応、すぐに教会に担ぎ込めば蘇生できることも多いが……絶対ってわけでもないしなぁ。
不安だ。
◇ ◇ ◇
「……あれ。さっきの階段どこだっけ?」
ダンジョンに入って、割と早々に迷った。
地元の人の情報から、3階層くらいまでは余裕だろうと高をくくったのがあだになった。
曲がり角の向こうを覗き込んで首を捻る俺に、レオンが呆れた様子でため息をついた。
「おい、何故マッピングしなかったんだ」
「だってこんなに入り組んでるなんて思わなかったんだもんよ」
「え?」
俺たちが言い合いを始めたところで、ハヤシさんが進行方向と逆の道を指さした。
「こっち、ですよね?」
「え?」
きょとんとするハヤシさん。対する俺たちも目を瞬いてしまう。
「もしかしてハヤシさん、マッピングしててくれたのか!?」
「いえ、マッピングというか……昔の梅田よりもよほど簡単な作りなので」
「ハヤシさんの世界にもダンジョンあんの?」
「いえ、駅です」
「駅がダンジョンなのか?」
「作ったやつは何考えてんだ」
「さぁ……?」
ハヤシさんが首を傾げた。
まぁダンジョンを作るような人間の気持ちなど分かるはずもないか。
◇ ◇ ◇
ハヤシさんの案内もあって、そこから先はすいすいと進み、最深部近くに位置する祠のある小部屋に辿り着いた。
だがその小部屋に入った瞬間、びりびりと全身の毛が逆立つような感覚に襲われる。
肌で感じるほどの、プレッシャー。とてつもなく大きな力の何かが、ここに、いる。
ドオオオオン!!
轟音と、咆哮。
地面が大きく揺れて、地割れから巨大な何かが這い出してきたことを知る。
もうもうと上がる土煙の隙間から垣間見えるそれは――確かに竜の、形をしていた。
「何用だ、人の子よ」
地鳴りのような、だが辛うじて言語として認識できるような、低く唸る声がする。
目の前の地竜が発しているようだ。人語を操るドラゴンもいると聞いていたが……魔物というのは知能が高いほど、強大な力を持っている。
ただ相対しているだけで、それを感じていた。
すごいプレッシャーだ。立っていることすらままならない。これが、竜種の力…!
「お世話になっております、わたくし営業の林と申します」
「ハヤシさん!!!???」
俺が膝を折ったところで、颯爽と隣を駆け抜けていく者がいた。
ていうかハヤシさんだった。
低く腰を折りながら、メイシとかいう例のカードをドラゴンに向かって差し出している。
「ちょ、ハヤシさん! 大丈夫なわけ!?」
「何がでしょう?」
「このプレッシャーだよ!」
「すみません……元上司がパワハラ気質だったせいか、プレッシャーを感じる器官が麻痺していて」
「ハヤシさんの身体どうなっちゃってんの!?」
竜種の威嚇を超えるプレッシャーってどんなだよ。
元上司、ドラゴンなの?
「ハヤシさんそのギルド絶対辞めた方がいいって」
「俺たちんとこ来いよ」
俺たちの勧誘に愛想笑いを返してから、ハヤシさんが手に持っていた紙袋をドラゴンに差し出した。
「これは」
「お酒がお好きだと伺いましたので、お持ちしました」
珍しくいつもの手提げかばん以外に何か持っていると思ったら、酒だったのか。
そういえば街の子どもが、ドラゴンは酒好きで話好きとか、そんな絵本を見せてくれたような。
ハヤシさんが差し出した酒を、ドラゴンは機嫌よく飲み干していく。
あっという間に瓶が空になって、ハヤシさんが「ささどうぞどうぞグイッと」とか言いながら次の瓶を差し出す。その繰り返しだ。
ドラゴンは酔えば酔うほど饒舌になっていった。
やれ最近の冒険者は、だの、やれ最近の若いドラゴンは、だの、我の若い頃はもっと云々かんぬん。
ハヤシさんはニコニコして相槌を打ちながら、ドラゴンの長話に付き合っていた。
「いやあ、ドラゴンさんの下で働ける部下は幸せですね」
「ふむ、分かるか人間」
「ええ。それに比べてうちの王様は……」
ハヤシさんが困ったように肩を落とした。ドラゴンが身体を起こして、その顔を覗き込む。
その距離でドラゴンを前にしてどうして平然としているんだ、ハヤシさん。
ハヤシさんの元上司どんなんだったんだよ。
本当に人間なのか? モンスターじゃないのか?
「竜の牙を持って来いだなどと」
「牙? それは無茶なことを言いつけたものだ。牙は鱗と違って滅多に生え変わらんからな」
「ええ……それでわたくしたちも困っておりまして。なんの成果もなく帰ったらクビにされてしまうかもしれませんし」
「打ち首に!?」
ドラゴンが大いなる勘違いしていた。
今どき王様だってそうそう簡単に人を打ち首には出来ない。
「せめて何か、ドラゴンさんに会った証を持ち帰れば、あるいは……」
「そうか。牙はやれんが……ちょうど抜け落ちる鱗がある。これを持って帰るといい」
憐れむような視線をハヤシさんに向けながら、ドラゴンが尻尾を差し出してきた。
ぽろり、と剥がれた鱗が数枚、ハヤシさんの前に落ちる。
え?
これ、鱗?
探してたやつ?
マジか、こんなに簡単に?
「いえ、いただけません、そんな」
「よい。酒の礼だ。どうせ我には不要なものだしな」
遠慮するハヤシさんの手に鱗を押し付けて、ドラゴンは満足そうに目を細めた。
「また来るがよい、人の子よ」
そう言い残して、ドラゴンは壁を尻尾でごりごり削りながらその場に丸まると、ごうごうと寝息を立て始めた。
酔っぱらって眠くなったらしい。
話好きのドラゴンというのは、どうやら本当だったようだ。