1.パイプ椅子を並べて寝るよりよほど快適
「やっと街についたな!」
「は~! 久しぶりのお風呂ですね~!」
「ハヤシさん、野営ばっかだったけど大丈夫だった?」
「はい」
俺が問いかけると、ハヤシさんが頷いた。
ハヤシさん、時々気配というか存在感がなくなるので、こうして意識して話しかけないと存在を忘れてしまいそうだった。
「会社のパイプ椅子を並べて寝るよりよほど快適でした」
「カイシャ?」
「ええと、ギルドみたいなものでしょうか」
「ふぅん。異世界にもギルドあるんだなぁ」
話をしながら、通行証を見せて街に入る。
そこは確かに街の中心街で、人通りも多いとは思うのだが……これは尋常ではない。
「やけに賑わってるな」
「何だ、アンタら旅の人か?」
近くを通った街の人が声を掛けてくれた。
「ああ、今日はここで宿を取ろうと思って」
「あちゃー。そりゃ運が悪いな。今週は収穫祭が開催されるから、宿屋はどこも埋まっちまってるよ」
「ええ!?」
魔法使いのレオンと僧侶のシャーリーが声を上げた。
二人は風呂に入りたがっていたから、また野営となるとさぞ残念だろう。
「皆さんご安心を。宿は取ってありますから」
「え?」
「出張の手配で慣れているんです。さ、こちらに」
ハヤシさんに導かれるままに進むと、中心街から一本はずれたところにある宿屋に着いた。
あまりにもあっけなくチェックインできてしまって、拍子抜けする。しかもちゃんと男女別に2部屋確保されていた。
「ハヤシさん、この街に知り合いでもいるの?」
「いえ。王都を出る時に、祭のことを知ったものですから。先に予約を取っておいただけです」
ハヤシさんが当然のことのように言う。
きょとんとしている俺たちを前に、ハヤシさんは困ったように頬を掻く。
「QU◯カード付プランがあるとよかったんですが」
「くおかーど?」
「きちんと王様から経費はいただいていますので」
よく分からないが、俺たちはハヤシさんのおかげで宿にありつけたわけである。
宿屋で食事を取って、久しぶりのふかふかのベッドに沈みながらハヤシさんに感謝をしていると、ハヤシさんがやや声を潜めて話しかけてきた。
「幹事をやることも多かったので……一応、この後のお店も手配してありますが」
「店?」
「お酒と、あと……」
ハヤシさんが俺たちにごにょごにょと耳打ちをする。なるほど、シャーリーと別部屋なのはその配慮かと膝を打った。
俺たちはきれいなおねいさんたちとお酒を飲みながら、酒池肉林のどんちゃん騒ぎで夜通し遊びまわった。
ありがとうハヤシさん!
◇ ◇ ◇
翌日。二日酔いの頭を抱えた俺たちに、ハヤシさんはのんびり回れる祭の観光プランを提示してくれた。
たまには息抜きも必要でしょうとのことだった。
昨日置いて行った負い目があるからか、シャーリーの買い物が長くても誰も文句を言わなかった。
シャーリーも存分に買い物ができて機嫌がいい。俺たちも二日酔いでぐったりきた体を休めることができる。どちらにとっても得なプランだ。
「ハヤシさんが仲間でマジで良かった」
買い物をしながら街の人と話すハヤシさんを眺めながら、ぽつりとこぼす。
俺の言葉に、ロックもレオンもうんうんと深く頷く。
ちょうど買い物を終えて戻ってきたシャーリーが、不思議そうに首を傾げた。
「確かにハヤシさん、いい人ですけど……そんなにですか?」
「シャーリーは旅に出るのはこれが初めてだっけ」
俺の言葉に、シャーリーが頷く。
初めてならば分からないのも無理はない。
「この快適さが普通だと思ったら大間違いだ。師匠との修行の旅、マジで地獄だったぞ」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。オレも他のパーティーにいたことがあるから分かる」
「僕の先生との旅も似たようなものだ」
俺の言葉に、ロックとレオンがうんうんと頷いた。
「街についたは良いが泊まるところがなくて馬小屋に泊まったり」
「馬小屋に!?」
「入った飯屋が汚くて不味くてしかもボられたり」
「その上当たって腹壊したり」
「よそ者ってだけで村にも入れてもらえなかったり」
「泊まった宿屋が大部屋の雑魚寝しかなくて、しかも布団にノミが」
「も、もういいです!!」
俺たちの話をシャーリーが遮った。
顔を真っ青にしている。
「魔物退治やら修行やらで体力も精神力も使うのに、疲れてやっとこさ休めるって時にこれはかなり来る」
ロックの言葉に、シャーリーがぶんぶんと頷く。
分かってもらえたようで何よりだ。
「でも冒険者って戦うとか魔法とかは得意でも、その辺の手配が得意とは限らないだろ?」
「やるにしたってそういうのもまた神経使うしなぁ」
「つまり、ハヤシさんのような人材は非常に貴重だということだ」
「わ、私、ハヤシさんにお礼を言ってきます!!」
「私がどうかしましたか?」
いつの間にやら、ハヤシさんがすぐ近くまで戻ってきていた。やっぱり時々存在感がなくなる気がする。