9.せめてお話だけでも
気が付いたら総合ポイントが1万ポイントを超えていました!
応援ありがとうございます…!
その日に書けた分をUPしているので更新時間がまちまちで恐れ入りますが、寝るまでは今日理論で何卒よろしくお願いいたします。
(2024.2.21追加)
エルフの子どもが現代語を話していたので修正しました。2月21日午前8時現在修正済みです。
エルフのおじさんに向かって、ハヤシさんが柔和な物腰で話し始めた。
「お忙しいところ、突然お約束もなく押しかけまして恐れ入ります。実はドラゴンの鱗を加工して下さる方を探しておりまして……」
「人間の依頼を請け負う者は我が里にはいない」
「そこをなんとか、せめてお話だけでも」
「帰れ」
「ではせめて、こちらを」
ハヤシさんが鞄の中から紙袋を取り出した。
そしてその紙袋から取り出した木箱を、見事なお辞儀をしながらエルフに差し出す。
「……これは?」
「王都で人気のお菓子だそうで。もしよろしければ」
「我々は人間族の食物など」
「ああ、エルフの方はヴィーガンだとお聞きしましたので」
ヴィーガン?
ちらりとロックを振り返るが、首を横に振られた。
続いてレオンを見ると、小声で「菜食主義者のことだ」と耳打ちされた。そういえばそんな噂を聞いたかもしれない。
「動物性の材料を使っていないお菓子です。保存料等も不使用だそうでそれほど日持ちしませんので、我々が持ち帰っても無駄になってしまいますから」
ハヤシさん、いったいどこでそんなお菓子を、と思ったら、王様に頼んで王都からわざわざ取り寄せたらしい。
シャーリーが宿に届いたお菓子を受け取るところを目撃していた。
はっと思い出す。防具が出来るのを待つ間に、何だかハヤシさんが買ってきたお菓子を食べた気がする。
フルーツジャムがたくさん挟まったビスケットで、とてもおいしかった。
もしかしてこれを見越して、あらかじめ取り寄せていたのか。
「……依頼は受けぬぞ」
「かまいません」
冷たく言い放つエルフに、ハヤシさんはいつものニコニコの愛想笑いで頷いた。
言い方はぶっきらぼうだが、エルフの声は先ほどよりも少しだけ、柔らかくなった気がする。
「どうぞ、お納めください。こうしてお時間を取っていただいたお礼です」
「…………」
ハヤシさんの意図を測りかねているのか、エルフのおじさんが黙った。
俺たちにも、ハヤシさんの意図が分からない。
せっかく取り寄せたお菓子だ。交渉の材料にしてなんとか加工を請け負ってもらうのかと思ったが、どうもそうではないらしい。
ハヤシさんは相変わらず、人のよさそうな笑顔を浮かべている。
エルフのおじさんとハヤシさんが無言で向き合い、俺たちが固唾を呑んで見守っていると――その沈黙を、子どもの声が破った。
「タンメヤー!!」
きゃっきゃとはしゃぎながら、エルフの子どもたちがエルフのおじさんのところに駆け寄ってきた。
子どもたちは部外者の俺たちが珍しいのか、興味津々でこちらを覗き込んでいる。そのうちの一人が、ハヤシさんの差し出している木箱に目を付けた。
「ウレーヌーヤイビーガー??」
「こら。ヤミレ」
エルフのおじさんが追い払おうとするが、子どもたちはわらわら近寄ってきて離れない。
ハヤシさんがボディーランゲージを交えて、ゆっくりと子どもたちに伝える。
食べ物ですよというのが伝わってきた。
「お菓子ですよ」
「クヮーシグヮ!? サルー!!」
食べ物だということが伝わったのか、子どもがハヤシさんの手から木箱を奪い取って、そのまま集落の中へと引っ込んでいく。
「あっ、イッターヨ!!」
エルフのおじさんが止めても、まったく聞きやしなかった。
子どもたちは楽しげに笑ってふざけ合いながら、あっという間に見えなくなった。
「…………」
「…………」
エルフのおじさんも俺たちも、子どもたちが去って行った方向をじっと見つめることしかできない。
その場にまた、沈黙が満ちる。
気まずくなってきたところで、族長が口を開いた。
「…………入れ」
「え?」
「エルフは一方的な施しは受けない」
おじさんが踵を返して、すたすたと集落の中へと入っていく。
門番たちは門の両脇に控えていて、俺たちを追い返そうとはしなかった。
ぽかんとしながらおじさんの背中を見ていると、おじさんがちらりとこちらを振り向いて、顎をしゃくる。
ついてこい、ってことか?
パーティーの皆の顔を見回し互いに頷き合ってから、エルフの集落に足を踏み入れた。