とんかつ〇〇〇なんて許せないっ!
※ しいなここみ様主催『とんかつ短編料理企画』参加作品です。
『パパが出張から帰ってくる日の晩ご飯は、パパの大好物のとんかつ』
これがゆんちゃん一家のお約束です。
もちろん、ゆんちゃんもとんかつ大好き。
せっかくなので、今日はママにちょっとしたお願いをしてみることにしました。
「ママ、前にお店で食べた『梅シソとんかつ』がおいしかったんだ!
ゆんちゃん、ママの『梅シソとんかつ』を食べてみたいな」
「あ、じゃ僕は『チーズとんかつ』で」
かずや兄ちゃんも横で手を上げてます。
「うーん、作れないわけじゃないけど──」
あれっ? ママは腕組みをして、何だかむずかしい顔です。
いつもなら『あら、それもいいわね!』なんて言ってくれそうなものなのに。
もしかして怒らせちゃった?
「あ、無理ならいいの! ママ、わがまま言ってごめんなさい」
「ああ、別に怒ってるんじゃないわよ」
そうは言うものの、ママはまだ腕組みのままです。
「無理じゃないけど──何て言うか、それって『邪道』な気がするのよね」
「『じゃどう』?」
よくわからないけど、どうもいい意味ではなさそうです。
「ほら、梅シソとんかつとかにすると、一枚全部がその味になっちゃうでしょ?
それだと、とんかつ本来の味が楽しめないわよね。
味変で一切れ食べるくらいならいいんだけど、全部がそれになっちゃうってのが、ママ的には許せないのよ」
うーん、ゆんちゃんにはよくわからないけど、そこはママにとってゆずれないこだわりなようです。そういえば、ソースもあまりつけないんですよね。
「そっかー、ざんねんだけどあきらめるね」
「いーや、まだあきらめるのは早いぞ、ゆん!」
──え? かずや兄ちゃん、何そのドヤ顔?
「いつもママは4枚揚げるよな。そのうちの1枚を梅シソ、1枚をチーズにして、ぜんぶ4つずつにカットするんだ。そうしたらどうなる?」
算数はちょっぴり苦手なゆんちゃんですが、食べ物のことなら話は別です。すぐに答えにたどりつきました。
「あっ、そうか! みんな梅シソ一切れ、チーズ一切れ、ふつうのが二切れ食べられるんだ!」
「正解。これならママのこだわりからも外れないし、僕たちの希望も叶うだろ?」
「すごい、お兄ちゃん天才っ!」
「──はいはい、わかったわよ。今日はそれでやってあげるわ」
ママはあきらめたようにため息をつきました。
「うちの子たちって、変なところで頭が回るのよね。誰に似たのかしら」
パパが帰ってきて、いつもの4人の晩ご飯です。
ゆんちゃんがかずや兄ちゃんの天才的アイデアを説明するのをニコニコしながら聞いていたパパが、ふと思い出したように言いました。
「そういえば、3日前に松山でかなり珍しいとんかつを食べたぞ。ちょっとこれは、絶対に当てられないと思うな」
「ああ、どうせ間に何かを挟んだやつでしょ?」
ママが面白くなさそうに答えて、かずや兄ちゃんが考え始めます。
「松山ってことは愛媛県──伊予柑のピューレとか──?」
その様子を楽しそうに見ていたパパは、スマホを開いて写真をみんなの前につきだしました。
「じゃーん! これが松山名物『とんかつパフェ』だっ!」
からん──。
ママの手から箸が落ちました。顔がホラー映画を見た時みたいにこわばってます。
「──い、いやぁねぇ。そんな、食べ物で遊ぶようなことをするなんて」
パパが見せてくれた写真は、抹茶パフェのまわりにカットした薄めのとんかつが花びらみたいにささっている──まさに『とんかつパフェ』としか呼べないものです。
これってたぶん、ママ的にはぜったい許せないメニューだよね。
「ど、どうせあれでしょ。写真映えとか受け狙いの、ネタみたいなメニューで──」
「いや、それがな。パパもそう思ってたんだけど、食べてみたら普通に旨かったんだよ」
「えっ、本当!? どんな味だったの?」
おいしかったと聞いて、ゆんちゃんは興味しんしんです。
「ほら、甘いものを食べてる時に塩気のものを食べると、また甘さが引き立つだろ? とんかつがちょうどいいアクセントになるんだよ。
食べ方にも決まりがあってな──」
パパとゆんちゃんの会話が盛り上がってますが、ママはもう聞きたくないといったふうに渋い顔でもくもくとご飯を食べてます。
すると、かずや兄ちゃんが何だかいたずらっぽい顔で言い出しました。
「あ、これって材料さえ揃えたらウチでも作れるんじゃない?」
「お、そうだな。ママに、ちょっと薄めの肉でとんかつを作ってもらって、あとは──」
「イ ヤ で すっ!」
ママが泣きそうな声でさけびました。
「そんなの絶対作らないし、作っても絶対に食べないわよっ!」
「あれ、そんなこと言っていいのかなー?」
──あっ! かずや兄ちゃん、あのセリフをいうつもりなんだ!
ゆんちゃんたちがママによく言われるセリフ──ゆんちゃんも一度言ってみたかったんです。
それに、ママには悪いけど美味しいものには挑戦したいし。
そこでゆんちゃんとかずや兄ちゃんは、息を合わせてママにこう言いました。
『ママ、食わず嫌いはいけません!』
松山名物『とんかつパフェ』は実在します!
(『桃〇郎電鉄』で初めて知りました)
実食したことはないので、味については実食した方々のブログなどを参考にさせていただきました。