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両想い

第六章

作者: ひより

高校二年の八月。熱中症になるんじゃないかと思うぐらい暑い中陸上部の午前練習を終えた俺は、部室で制服に着替えて数人とだべっていた。

「そうだ!明後日の花火大会、みんなで行かね?」

大知だいちが急に言い出した。先輩たちが驚くぐらい俺たちの代は何かとみんなで遊びに行っていた。いろいろ提案したり誰かの提案に真っ先に乗っかるのは大知で、彼のおかげで十七人みんなで仲良くできてると俺は思ってる。

雅史まさしが「いいんじゃない」と言った。「全然あり」「ちょうどいけるし」と乗っかる声が次々に上がる。「ごめんその日はちょっと...」と言う奴もいたけど大知がすかさず「そっか!じゃあまた今度な!」と明るく受け入れ、黙ってた奴にも「お前も彼女いるから無理だろ?」と声をかけて断りやすい空気を作る。一年ちょっとの付き合いになるけど、大知のこういうところだけは素直に尊敬していた。

陽平ようへいは行くだろ?彼女いないし」

「一言余計だ」

「え!明智あけち先輩って彼女いないんすか?」と食いついた後輩の方を見た大知が「そうそう、しかも今まで一回も付き合ったことないらしいんだよ」なんてペラペラと話す。驚きの声を上げて「イケメンなのに」「モテそうなのに」と口々に言う後輩たちを満足気に見ている大知に近付き「これぞまさに、嘘みたいなほんとの話」と締め括ったところで頭を鷲掴みにした。

「人の話してないで自分の話しろっての」

「いててててて!わ、悪かったって!」

「ったく」と手を離す。立ったついでに「そろそろ帰るわ」と言って鞄を拾い上げた。「おう、お疲れー」「お疲れさまです」と掛けられる声に「お疲れ」と言って出口に向かう。痛そうに頭をさすっていた大知が「あっなぁ!」と呼びかけてきた。半歩下がって振り返る。

「結局、行くってことでいいんだよな?」

「ああ」

「オッケー、時間とかあとで連絡入れるわ。お疲れー」

軽い調子の声に片手を上げて応えるとドアを開けて外に出た。自転車置き場に向かって歩き始めると後ろから「明智せんぱーい」と呼ばれて振り返る。女子部員の高木が小走りでこっちに来ていた。入部当初から男女問わず可愛いと絶賛されているが、俺の印象としては、文化部にいそうな見た目なのに運動部っぽい話し方をする変わった子だ。

「お疲れさまですっ」

「お疲れ。随分ゆっくりだな?」

「あ、えっと、ちょっと忘れものして…」

思ったことを言っただけだったが、高木は何故かバツの悪そうな顔をした。

「先輩こそ、ゆっくりですね」

「ん、ああ、何人かと話してて」

「へえ!何の話してたんすか?」

これだ。この話し方と見た目のギャップにどうしても違和感を感じてしまう。悪い意味じゃなくて、ただただ慣れない。

「よく話してるあれだよ。漫画とかアニメやってる...」

「あーあれ!ほんと好きですよねー。先輩もよく見たりするんすか?」

「いや、俺はそんなに。前に漫画は読んでた...いや読まされてたけど」

「読まされてた、ですか?」

「そう、中学ん時に単行本を集めてる奴がいてさ。面白いから読め、この回最高だから読めって感じで」

「おおーそれは確かに、読まされてるって感じっすね」

「そうそう。まあ面白かったからいいんだけど」

「あ、じゃあいいっすね!面白くなかったら最悪ですけど」

にっこり可愛らしく笑う高木に「ほんとにな」と苦笑いで賛同する。校門が近付いてきていた。自転車置き場は通り過ぎて奥に進む必要がある。たしか高木は電車だったような気がするけど覚えてない。

「じゃあ俺、自転車取りに行くから」

そう言って反応を伺うと「はいっお疲れさまです!」と言われた。記憶が正しかったことに安堵しながら、軽く頭を下げる高木に「お疲れ」と返す。自転車置き場まで行ってサドルに跨ると校門に向けて漕ぎ出した。一人歩く高木に「お疲れ」と声を掛けて追い抜いてから、さて今日はどのルートで帰ろうかと考える。腕時計を見ると午後二時前。

完全にミスったな、と思った。これから暑くなるのにチャリ漕いでたら倒れる。夕方ぐらいまでクーラーの効いた場所で時間を潰すか。そう決めてショッピングモールにハンドルを切った。新作の小説が出る時によく行く場所だ。今日は面白そうな本がないか探索することにしよう。快適な空間を求めてペダルを漕ぐ足に力を込めた。



花火大会当日。今日の練習は休みだ。朝早くに起きていつものランニングコースを走り、シャワーを浴びて朝食を摂ると机に向かった。夏休みの課題に受験勉強とやることは山積みだ。何時まで何をするか、家を出るまでの時間の使い方を決めてから取り掛かる。途中で昼飯を食べたり座りっぱなしの体を伸ばしたりしながらも予定通り過ごした。立ち上がって思い切り伸びをする。さて、と頭を切り替えて適当に服を引っ張り出し、財布など必要なものを鞄に放り込む。待ち合わせの四時には少し早いけど家を出て駅を目指した。この日を何気に楽しみにしていた。みんなで遊びに行くのも、花火もそうだ。有名な花火大会だから期待もあった。最寄り駅を降りて待ち合わせの祭り会場に向かう。電車と駅は人が多かったけど進むにつれてまばらになってきた。誰かいないかそれとなく探していると両肩を叩かれて跳ね上がる。振り向くとニコニコ顔の雅史が「よっ」と言った。

「びっくりしたー」

「相変わらず洒落た格好してんな」

「適当だよ。暑いしミスった」

そうこうしてるうちに屋台が見えてきた。その手前にある五人ぐらいの輪に近づく。こちらに気付いて手を振るみんなに軽く振り返しながらボソッと「なんで輪になってんだ?」とぼやく俺に「さあな」と苦笑いする雅史。「おーっす」という大知の一際大きい声と共に輪に加わると「珍しい組み合わせだな」という言葉で出迎えられた。

「そこでばったりな。てかそれ何飲んでんの?」

「これ?タピオカミルクティー」

「またミルクティーかよっ」

笑って言う俺と一緒に笑った雅史が「なんか強そう」とコメントした。「強そう!?」「たしかに」「いやいや」と様々な反応が返ってくる。そんな他愛ない話をしているうちに全員集まり「とりあえず場所取りに行くぞー」という大知に従って十一人がぞろぞろと動き出した。屋台に挟まれた道の左側を美味そうな香りに誘惑されながら歩いていると少し拓けた場所に出た。すでにビニールシートを広げてる家族連れもいた。歩いてきた道から外れてみんなまとまって見れそうな場所を探す。少し離れた場所まで歩くとだいぶスペースが空いていた。先頭を歩いていた大知が止まる。

「この辺でいっか!半々に別れて、場所取りと屋台行くのと交代な」

そう言うや否や「屋台行きたい奴は俺に集まれーい」と勝手に屋台の方に歩き出した。男女問わず数人がわらわらと大知の方に進む。行くべきか留まるべきか躊躇する奴に「いいからいいから」と言って送り出した。遠ざかる人を見るとだいたい半分ぐらいな気がする。

「五人か。ちょうど半分だな」

雅史がそう言うとみんなして数え出した。「ほんとだ」「超適当だったのに」なんて言って笑い合う。その後もわいわいとなんてことない話をしていた。

「あ!帰ってきた」

誰かの声にぱっと屋台の方を見上げた。屋台のすぐ隣をぞろぞろと歩く集団を見つけ「あれか…?」と言った。知ってそうな人影に見えるけど六人には見えない。なんか十人ぐらいいる気がする。後ろでみんなも「なんか多くない?」「うん、多い気がする」と言っている。隣から「あれ、もしかして高木さん?」「え!…うわっマジだ」と囁き合う声がした。言われて見ると、鎖骨が見えそうなぐらい首元の開いたTシャツにショートパンツとヒールの靴を合わせた高木っぽい子がいた。危ないな、と思った。

先頭にいた大知の「お待たせー」という声に続いて「お疲れさまです」という挨拶がまばらに聞こえた。一番近くにいた俺が代表するみたいに聞く。

「えっと…なんで?」

「いやー、入口の方でたまたま会ってさ!どうせなら多い方がいいじゃん?」

「まあ、俺たちはいいけど」

なあ?と振り向くと、みんな首を縦に振っていた。それを確認して視線を戻し、近くにいた高木に聞く。

「迷惑じゃないか?先輩だからって大知なんかに気遣うことないぞ」

「おい、なんかってなんだよ!?」

大知の反応にドッと笑いが起こる。控えめに笑っていた高木が答えた。

「大丈夫です!大勢の方が賑やかで楽しいですし」

「ならいいけど。ほんとに遠慮とかしなくていいから」

「あの、ほんとに大丈夫なんで!ありがとうございます」

ほんとに大丈夫か?と不安を拭い切れないでいると後ろから「おいおい何かっこつけてんだよー」とヤジが飛んできた。何でそうなる?と思ったけど振り返って「ちょっと先輩ぶってみたかったんだよ」と茶化してみせた。雅史が「よっ明智先輩」と言ってきたので「お前それバカにしてるだろっ」と言って軽く助走付きのタックルをお見舞いする。

そんな俺たちを相手にせず「じゃあ行くかー」と誰かが言った。大知が「いってらっしゃい!高木さんたちも楽しんできて!俺ら場所取っとくから」と言った。後輩たち五人がぺこりと頭を下げて口々にお礼を言った。「進め進めー」という声に押され、後輩たちを先頭に屋台の方へ歩き出した。左右に屋台が伸びる道まできて「どっちに行きますか?」と言う高木に誰かが「どっちでも好きな方でいいよ」と答えると、少し迷った後、入り口と反対方向に進んでいった。十人の大行列の後方に移動して、ちらっと腕時計を見る。五時半ぐらいだった。

屋台の道を歩き出してからは、みんな自由だった。わいわいと話しながら各々好きなものを買っていく。腹が減っていた俺は唐揚げを選んだ。大中小とあったので大を買う。ちょうど揚げたてらしく、受け取った紙コップは少し熱かった。中からさらに熱そうな唐揚げを刺して口に運ぶ。

「うまっ」

独り言のつもりが近くで聞かれていたらしく「あ、いいなー、一個ちょうだい」と言われた。「えー」としっかり渋って「一個だけな」と釘を刺してから渡す。「熱っ!うまっ!」と言って返してくれた唐揚げを受け取りながら「祭りの屋台にしては美味いよな」と同意する。後ろから「俺も俺も」と言われ肩越しに振り向くと、フランクフルトと焼鳥を一本ずつ持った雅史だった。

「お前両手に食いもん持ってんじゃん!」

「そう、だから唐揚げは買えなかったんだよ」

前を歩いていた奴も雅史を見て「え、やばっ」「焼鳥っておっさんかよ」と笑った。ちなみに、と思って「どうやって食うんだよ?」と聞いてみると雅史は大きく口を開けた。

「食べさせろってか!?」

まじかよ、と思わず笑ってしまう。みんなも爆笑しながら「いっちゃえ明智ー」と悪ノリする。念のため「まじで?」と雅史に聞くと「おう、こい」と言って再び口を開ける。仕方なく唐揚げを一つ選んで雅史の口に運ぶが上手く入らない。食べにくそうにする雅史にみんなが爆笑した。「早く食えよ」と苦笑いで唐揚げを押し込む。なんとか口に入れると今度は熱さに悶え出した雅史にまた爆笑が起こる。「お腹痛いっ」「もうやめてー」という女子の悲鳴が聞こえた。ようやく落ち着いた雅史が「美味い!」とコメントすると、みんなして大きく息を吐いた。「腹いてー」「やばすぎ」という声が上がる。よく見ると後輩たちも笑っていたみたいで、楽しんでるなと安心した反面、自分が笑われたみたいで面白くなかった。

途中、屋台が途切れたところで「そろそろ折り返すか」と雅史が言った。先を歩くみんなを「おーい」と呼び止めた雅史たちが反転して左側を歩き出す。俺は戻ってくるみんなを待って「そろそろ折り返すって」と伝えた。全員戻ってきたことを確認して最後尾を歩き出す。右側を仲良さそうに歩いてる四人組をダブルデートかなと眺めていると左から「明智先輩」と呼ばれた。見ると高木が並んで歩いていた。

「先輩は何食べたんすか?」

「唐揚げ」

「あ、さっき食べさせてたやつっすね」

笑いを堪えながら言う高木。あれな、と顔をしかめる。

「一応言っとくけど、あれは雅史がそうしろって言うから仕方なくやっただけだからな」

「はい、でも、面白かったですよ」

俺は面白くなかったけど、と心の中で溜め息を吐いた。とにかく話題を変えたい。

「高木は何か買った?」

「私ですか?私はまだ何も買ってなくて」

「あれ、そうなの?」

「はい、えっと、りんご飴かたい焼きかベビーカステラで悩んでます」

「全部甘いじゃん」

「今は甘いものの気分なんすよ。先輩は甘いもの苦手ですか?」

「んー、苦手って程でもないけど、得意でもない」

「やっぱり男の人ってそうっすよね」

「そうでもないよ、毎日のようにミルクティー飲んでる奴だっているし」

「えーほんとですか?」と笑う高木。どうやらすぐ近くにいることは知らないらしい。俺みたいにミルクティーを見るたびに特定の人物を思い浮かべるようになってしまうのも可哀想なので、ここは黙っておこう。

「あ、じゃあ、ホワイトチョコ、ミルク、ビター、ブラックの中ならどれが好きですか?」

「んーその中だったら...ビターかな」

「ビターですか」

「まあビターだからっていっぱい食える訳でもないし、ホワイトぐらい激甘なのが食べたい時もあるけど」

そう言うと高木は「うーんそうか」と唸った。あまりにも真剣なその様子は、まるで好きな人の好みをリサーチしてるみたいだ。いやいや自意識過剰だぞ、と自分を戒めていると「よしっ」という声が聞こえた。

「決めました!ベビーカステラにしますっ」

「ん、じゃあ店探さないとな」

そう言って顔を上げると屋台の終わりが見えた。いつの間にかスタート地点まで戻ってきていたらしい。時計を見ると花火までまだ五十分ぐらいあり、人は増えてきたが戻るにはまだ早い。前を歩くみんなもそう思ったのか、入り口の方に進んでいくので付いていく。

「先輩はドラマとか見ます?」

「ドラマ?いや、テレビはあんま見なくて」

「そうですか...すみません」

気まずそうな高木を見て申し訳なくなる。意味もなく後ろ首に手を伸ばし、なんとか話題を繋げようと試みる。

「えっと、本はよく読むから、原作読んでるやつはあるかも。そうだな...大富豪の父親を持つ刑事のミステリーものとか、刑事と泥棒の恋愛ものとか」

「あ!それ今ドラマやってるやつかも!」

あらすじや登場人物の話を聞いて「そうそう」と相槌を打つと、高木は嬉しそうに「やっぱり!」と笑った。何とか繋がったと安堵した俺も釣られて笑う。「ドラマも面白いんすよー」と語り出す高木から視線を外し、ベビーカステラの文字を探そうと右側に目を向けた時だった。向かい側を歩く人の中に見知った横顔を見つけた。息を呑む。隣には前見かけた時も一緒だった男がいた。すれ違って見えなくなるまで、つい目で追ってしまう。

「先輩?」

左から呼ばれてはっとした。高木を見ると不思議そうな顔をしていた。

「あ...悪い。ちょっと、知り合いっぽいのがいて」

間違ってはいない。これで平静を装ったつもりだったが、高木は「何があったんですか?」と追求してきた。鋭いな、と思った。あるいは俺が下手なだけかもしれない。何か話をすり替えるネタはないかと辺りを見回しながら口を開く。

「いや、ほんと、何でもなくて…。あ、ほら、あったぞ」

ベビーカステラと書かれた屋台を見つけてそう言ったものの高木は何も言わなかった。沈黙に耐え切れず「やっとだな」と言うと高木も「やっとですね、私買ってきます」と言ってみんなを追い抜いて行った。一人になってようやく肩の力が抜け、盛大に息を吐く。

まさか彼氏と来てるとは思わなかった。ここまで動揺するとも思ってなかった。前は一年以上前だから、二人もそれぐらい付き合ってることに...。あーだめだ、考えるな。せめて見方を変えよう。一週間とかすぐ別れるような奴じゃなくて良かった。そう、俺のイメージ通りで良かった、うん。

完全に自分の世界に入り込んでいると、左の耳元でガサッという音がした。驚いて顔を向ける。目の前に紙袋が立っていた。なんだ?と思っていると離れていく紙袋の向こうに、いつもの笑顔の高木がいた。

「よければ、おひとつどうぞ」

「あ、えっと、じゃあ。ありがと」

紙袋を覗き込むとベビーカステラが詰まっていた。恐る恐る手を入れて一つ摘み出す。温かいそれを口に入れると優しい味がした。「うん、美味い」と言うと高木は照れくさそうに笑った。

そうこうしているうちに入り口まで戻って来た。再び折り返す。場所取りしている場所まで、高木を含む数人でわいわいと話しながら歩いた。「ただいまー」「おかえりー」という家みたいなやり取りをしながら合流。わちゃわちゃしながらそれっぽく整列していく集団を端っこで見守ってから一番後ろの右端にしれっと加わった。左にいる高木とその奥にいる後輩たちが「楽しみだねー」と話している。時計を見るとまだ二十分ぐらいあった。行くか。そう決めると、ちょうど高木が「いよいよですね先輩!」と話しかけてきたので「ちょっと何か買ってくる」と言ってその場から逃げるように離れた。「えっ?先輩!?」という声をスルーして急いで屋台へ向かう。申し訳ないけど誰かに付いてこられると困る。屋台裏の道を足早に通り過ぎて、屋台に挟まれた道に入る手前で立ち止まり後方を確認。よし、誰も来てない。改めて前を向くと、屋台の通りからこちら側へ溢れるように人が歩いていた。もうすぐ花火が始まるんだから仕方ない。どっちに行くか悩み、許された時間を考えて入口の方に進むことにした。「すみません」と言いながら人の波を掻き分けて進む。視線を左右くまなく走らせる。なんとか通り抜けて入口へ向かう途中もキョロキョロしながら人目を縫うように進んだ。が、目当ての人を見つけることはできなかった。あっという間に入口までたどり着いてしまう。立ち止まってる人、屋台の方に入っていく人、駅に向かう人。あちこちに視線を飛ばしても結果は変わらない。

普通に考えたら、さっき奥の方に向かってたんだから、こっちにいるわけねーじゃん。だいたい会ってどうすんだよ。

盛大に息を吐いた。「何やってんだか」とぼやく。重い足取りで来た道を戻り始めた。それでも気付けば探していた。その度に自嘲した。

拓けた場所まで戻ってきた。時計を見るとあと五分。タイムリミットだ。ため息が漏れる。屋台裏への道に目を向けて、今すぐその角から飛び出してきてくれないか、なんてあるわけないことを一瞬考えた。みんなのところへ戻ろうと歩き始めて、すぐに立ち止まった。反して、心臓は忙しなく動き出した。屋台の裏手、端の方に、日向葵ひなたあおいが立っていた。黄色いTシャツに膝下まである白いスカートとスニーカーを合わせて小さなショルダーバッグを提げていた。ふいにこちらを見た。目が合う。胸が高鳴った。平常心平常心…と呪文のように唱えながら近づき「...よう」と控えめに片手を上げた。とりあえず日向の右側に並ぶ。顔は見れなかった。

日向が隣にいる。

肩を並べて立ってる。

顔が熱くなるのがわかった。「あっつい」とシャツを動かして誤魔化す。

「暑いね。夏だね」

「ああ、夏だな」

他愛のない話。陸上部でもよくするのに、こんなに嬉しくはならない。何が違うのか。そんなのわかりきってる。もっと話したい。できれば、これからも。

「「あの」」

日向の声と被ってしまった。二人して顔を見合わせる。いたたまれなくなって下に目を逸らした。

「ごめん」

何やってんだ俺。日向には彼氏がいる。いまさらすぎるんだよ。

日向は「ううん、こっちこそごめん」と言ったきり話そうとしない。こっちから聞くべきか?と考えていると、ドーンという大きな音とワーッという歓声が聞こえた。空を見上げると花火が上がっていた。とうとう始まったらしい。戻らないとな、と考える一方で体は動かない。いや、動かす気がまるでなかった。日向と一緒に花火なんて夢みたいだ。こんな奇跡もう二度と起きない。日向が何も言わないのをいいことに花火を満喫することにした。

花火ってこんなに綺麗だったっけ。有名なだけあるということか、それとも…。

一段と高く登っていく光が見えた。一拍置いて大きな花が咲いた。ドーンッと一際大きな音が鳴る。その瞬間、一言だけ囁いた。日向は何も言わない。たぶん聞こえてないんだろう。横目で見ると消えゆく花火を見つめていた。綺麗だな、なんてキザな考えをかき消したくて低い場所で上がる花火に見入った。

「そろそろ戻るね」

日向が言った。きてしまったか、と思った。ゆっくり日向に向き直る。どこか寂しげに見えた。込み上げるものがあったけど引き止めるわけにもいかない。なんとか言葉を発する。

「ああ...うん。それじゃ」

「うん...じゃあね」

お互い別れを口にしたものの、見つめ合ったまま動かなかった。このままここにいてほしい。そんな邪な考えばかり渦巻く。どれくらいそうしてたか。とうとう日向が動き出した。視界からいなくなる。すれ違い、遠ざかる。振り向いてしまわないよう前に歩き出した。そのまま一度も振り返ることなくみんなの元へと戻る。俺がいた場所、高木の横がぽっかり空いていたのでそこに入った。

「あっ!もー遅いっすよ先輩!」

「ちょっと人が多くて。まあまだ始まったばっかだし」

「始まってる時点でアウトですぅ!もー」

牛みたいにもーもー言う高木に苦笑いして改めて花火を見た。今は低い場所で上がっててよく見えない。みんなも花火を見るより話してるみたいだ。

「先輩、結局何も買わなかったんですか?」

「ん?」

何が?と言いかけて慌てて口を閉ざす。そういえば、そう言ってここを離れたんだった。何て誤魔化そうか。とりあえず「あーうん」と言った瞬間、再びドーンと音がした。高木が「おっ!きたきた」と言って音がした方を見る。助かった、と思った。

空を見上げるとさっきみたいに花火が上がっていた。左から「きれー」という声がした。そういえば日向は静かに見てたな。空を見上げる日向の横顔が目に浮かぶ。最初の笑った顔。別れ際の寂しげな顔。どっちも今まさに上がり続ける花火より、ずっと…。

一際大きな花が咲き、花びらが垂れ下がっていく。俺の大好きな花火だ。いつもは綺麗に見えるそれが儚く見えた。



翌日の部活は朝からだった。みんな昨日の花火の話はしなかった。俺も次の大会に向けて練習に打ち込んだ。部活が終わると誰よりも早く帰宅して勉強に取り組んだ。今日はアドレナリンが出てるのか、何かに熱中したい気分だった。机に向かったときはまだ明るかった部屋も、気付けば薄暗くなっていた。今何時だろう。癖で左手首を見てから、最近勉強中は腕時計を外すようにしていることを思い出す。鞄を手繰り寄せてスマートフォンを取り出した。午後七時前。一時間程前にメッセージを受信した通知が着ていた。開くと、中学以来の親友から「今夜走りに行かないか」という誘いだった。特に断る理由もない。快諾して「九時にいつもの場所で」と送った。八時まで勉強し晩飯を食べてから、白の半袖と黒の長ズボンのスポーツウェアに着替えて待ち合わせ場所まで歩いた。この時間だとようやく涼しく感じられる。今日は星も見える。何か世界が綺麗に見える気がする理由が、バカバカしいぐらい単純なものだということはわかっていた。

待ち合わせ場所が見えてきた。街灯の下でアキレス腱を伸ばしてる人がいる。健汰けんただ。向こうも俺に気付いて片手を挙げた。右手を挙げて応える。まだ少し遠いけど周りに誰もいないので話しかけた。

「悪ぃ!待たせた!」

「全然!今来たところ!」

「デートかよ!」

健汰は俺の言葉にピンとこなかったらしい。沈黙の中歩み寄りあと数歩のところで健汰が、ああ、といった感じで頷くと笑いながら「今のは陽平が悪い」と言った。それには答えずジョギングぐらいの速さで走り出す。健汰の横を通るときに並んで走り出した。

「どうよ?夏休みは」と聞いてくる健汰。

「どうって言われても。部活と勉強で忙しいぐらい」

「まー夏休みは課題大量にあるよな」

「そうそう。その上、受験勉強とか時間足りねーっての」

「えっ!?もう受験勉強してんの!?」

少し食い気味で驚く健汰。まあ進学校じゃないとそうなるよな。

「勝負は始まってるとかって言われなかった?」

「んー言われたけど、実感ないというか。まあ、どっちみち俺はスポーツ推薦狙いだから勉強は捨てるけど」

「知らねーぞ、あとになって焦っても」

「んな先生みたいなこと言うなよ。高二が一番青春って言うだろ?」

「聞いたことねーよそんなの」

「青春しよーぜ?何かないの?そういうの」

「お前はどうなんだよ」

「俺?俺は順調」

「そういえば彼女持ちだったなリア充め」

一般的な嫌味に対し健汰は「お前だって、毎日充実してないわけじゃないだろ」と苦笑い。

「逆に付き合ってるからって充実してるとも限らないし」

「ん?何かあったなら聞くけど」

今日はそれで呼び出されたのかと思っての発言だったが、健汰は悩むように沈黙し、やがて「いや、いい」と言った。

「また今度、相談乗ってくれ。来月、彼女の誕生日でさ」

「へえ、何すんの?」

「まだ全然決まってないから相談したいんだよ。とりあえず自分なりに考えてみるけど」

「まあ、話は聞くよ。何のアドバイスもできないかもだけど」

「彼女いねーもんなー、何でできねーの?」

「それはこっちが聞きたい」

余裕の表情で話す親友が妬ましい。こっちも何か言ってやりたくなった。

「なあ、俺絶対お前より顔も頭もいいと思うんだけど」

「うるせーな!否定しねーけど」

「なのに何でお前にできて、俺にできないんだろな?」

健汰が「うーん」と唸った。二人して黙り込む。いや、そんな真剣に考えなくても…と言おうとしたとき、健汰が言った。

「消極的すぎるとか。もっとガンガンいけば?」

「んなメンタル強くねーよ」

「脈ありってわかってたらいけるだろ?お前後輩に懐かれてるらしいじゃん」

「後輩?男の趣味はないけど」

「ちげーよ、女子だよ。一年の女子部員。それもとびきり可愛い子」

何の話だかさっぱりわからない。懐いてる?一年の女子?とびきり可愛い?確証はないけど思い浮かんだのが一人。

「可愛いって言われてる後輩といえば、高木だけどな」

「それだ。そのタカギさん?って子と、こないだの花火大会でいい感じだったって聞いたぞ」

聞いたって誰に?なんて、わざわざ聞くまでもない。俺とこいつの共通の知り合いは一人しかいない。

「大知か」

いつぞやの大会で、大知と歩いてるときに健汰が俺に声をかけてきて、その時に二人は知り合った。その後も何回か大会で話したことがあるらしい。たしか連絡先も交換したと大知が言ってた。

「どこまでもお喋りなやつだな」と溜息混じりにぼやく。健汰は苦笑いしてから「あいつなりに心配してるんだよ」と言った。

「んで、具体的に何したんだよ?」

「人聞き悪い言い方すんな。普通に話してただけだ」

「えー何かあるだろ?話が盛り上がったとか、やたら一緒だったとか」

「まあ…」

たしかに、ドラマの話は合ったし、屋台を周るときも花火を見るときも一緒にはいたけど。

「ほらー、何かあんじゃん。それってつまり脈ありってことだろ?いっちまえよ」

「あのな…それだけで脈ありとは言えねーし、そもそもいくとかいかないとかじゃないんだよ」

「じゃあ何だよ」

「…あれだよ。こう、好きかどうかが先なんだよ」

「好みじゃないってか」

「まあ平たく言えば、そうだな」

俺の言葉に健汰は盛大な溜息を吐いて「お前なあ」とぼやいた。さらに問い詰めてくる。

「じゃあ聞くけど。今の学校でちょっとでも気になってる子は?」

「いない」

「即答かよ…。んじゃあ、ちょっとでも可愛いなって思ったことは?」

「可愛い…一般的にそうだろうなって感じなら」

また盛大な溜息が聞こえた。

「じゃあどういうのがいいんだよ」

「そりゃあ…」

と、そこで口を閉ざす。これ以上話すべきかを迷った。黙り込む俺に、中学一年から付き合いのある健汰はぽつりと言った。

「日向」

「っ!」

足がもつれた。あからさまに動揺してしまった自分が情けない。健汰も苦笑いしてる。

「相変わらずわかりやすいな」

「…うるせー」

「具体的にどういうところがいいんだよ?」

「な、なんだよ急に」

「お前の好きなタイプを見つけるんだよ。そしたら新しい恋も見つかりやすいだろ」

「そういうことか。けど、具体的にどこってのはないぞ」

「いやいや、あるだろ一個ぐらい」

「だからないってば」

「じゃあ何で好きになったんだよ?」

「知らねーよ、気付いたら好きになってたんだよ。今も気持ちは変わってない」

「……え?」

健汰の反応に、しまったと思ったがもう遅い。よほど驚いたのか「いや、えっ?おま…マジで?」と言葉にならない言葉ばかり発してる。こうなれば開き直るしかない。

「悪ぃかよ」

「いや、だって、何年片想いしてんだよ?ってか、そもそも連絡先も知らねーだろ?」

「……」

「そんな、もう会うことない奴のことーー」

「会ったんだよ」

健汰の言葉を遮った。「へ?」と間抜けな声が返ってくる。

「会ったんだよ、こないだの花火大会のときに」

「…そういうことか」

「ん?」

何かを納得したような健汰の口ぶりに違和感を覚えたが「いや、なんでもない」と言われた。そう言われたらわざわざ聞くのも野暮だ。「会って何かあったんだろ?吐けよほら」と煽る健汰を無視して考えてみる。花火大会で俺が日向に会ったという事実。それでわかることってなると、俺の様子がおかしい原因を探ってた可能性が高い。思えば健汰は俺たちが花火大会に行ったことを知っていた。大知に聞いて…いや、大知から連絡があったんだろう。つまり、大知は俺が昨日様子がおかしいことを知ってて、健汰に探りを入れてほしいと頼んだんじゃないか。ただ、昨日は大知とほとんど話してない。日向を見かけたときも別行動だったはず…。

そうか、高木か。俺が一番取り乱したことを知ってるのは高木しかいない。高木と大知は最初からグルだったんだ。そう考えれば色々と辻褄が合う。大知が後輩たちを連れてきたのも、あらかじめ待ち合わせしてたんだろう。大知は人を巻き込むのが上手いけど引きずり込むようなことはしない。それに、健汰がしきりに脈ありだって言うのも確信があるからこそだろう。一緒に花火大会に行きたいから協力してほしい、なんて言われたら誰だってそうだと思う。

…なんとまあ自意識過剰な推察だろう。

「おい陽平」

「ん?」

「だから、久しぶりに再会して何かあったんだろ?って」

「んー…ないけどあった」

「どっちだよ」

「一緒に花火見た」

「おお!?それで?」

「いや、それだけ」

「は?それだけ?連絡先は?」

「聞いてない」

「告白は?」

「してないっつーか、できなかった」

「どうゆうことだよ」

ちょっと言葉に詰まった。胸が苦しくなって言葉がスムーズに出てこない。掠れそうな声で言った。

「彼氏と来てた」

「はあ!?ちょっと待てどうゆうことだ!」

「どうって…」

「お前、人の彼女奪い取ったのか!?」

「違う違う!」

健汰の壮大な誤解を慌てて否定する。

「最初見かけたときは男と一緒だったんだよ。二人で来てるみたいだった」

「ほう、それで?」

「それでその後、俺が一人で歩いてるときに向こうも一人でいるところを見かけて、声かけたら花火始まったから一緒に見た」

「ふーん。なんで一人だったんだ?」

「知らね」

「なんで聞いてねーんだよ、普通聞くだろ」

「そんな時間ないぐらいすぐ花火始まったんだよ。うるさくて話すに話せない状況」

「じゃあなんで一緒に花火見てたんだよ?」

「どういうことだよ」

「普通さ、彼氏と来てたら彼氏と見るだろ?始まったから早く戻らないとってなるもんじゃん?」

「それは…俺も思ってた」

「だよな?おかしいよな?」

二人して首を傾げた。黙々と走る。考えたところでわかるわけでもないのに。

「まあ、それは置いといて、陽平はこれからどうすんの?」

「どうするって?」

「新しい恋に進むのか、叶わない片想い続けるのか」

「叶わないって言うな」

「事実だろ」

何も言い返せない。

「未練がましい男は嫌われるぞ。女は星の数ほどいるって言うだろ」

これにはムッとした。日向と他のやつを一緒にされてる気がした。

「太陽は一つしかないだろ」

そう言うと健汰は押し黙った。どうやら何も言い返せないらしい。特別な存在がいるからわかるんだろう。「そうだな」と言う健汰の言葉を最後に、この話は終わった。



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