Ⅱ 念話術を使いこなしている者たち
彼らは私を発見してから、私のもとに来るまでのあいだ、念話術を使って会話をしていた。どうやら突っ立ったままの微動だにしない男を不審に思っていたようだ。
念話術も魔力を利用したものである。発した魔力をからめあうことで、秘密裏に互いの脳内に声を響かせることができるのだ。
もっとも魔力は目には見えない。だからそれを感覚的におこなう。難しくはない。相手を意識し、無言の声掛けをする感じだ。
しかし、魔力をつなげることによって、知られたくない本音までも拾われてしまうことがある。魔力の強い者からはなかば強制的にプライベートな思考を探られたりすることさえある。それゆえに魔力操作に自信のない者、未熟な者は、とにかくいっさいを遮断する。魔力で安易に他者とつながることを拒む。
また、念話術によって、一方的に話しかけることができても、相手側も意図的につなげていないとそれは周囲に漏れてしまう。つまり外部に漏れないよう魔力をつなげて会話をするのには、それなりの信頼関係が必要となってくる。
私は探知の魔法で彼らの魔力によってとらえられたとき、気づかれぬよう彼らの魔力をからめとっていた。だから私には彼らの念話は丸聞こえだった。むろんこの世界でそんなことができるのは私くらいだから彼らもまったくの無警戒だった。
(なんだ、あれは。ほんとうに生き物なのか)
ガンゾーイがつぶやくようにいう。大男のガンゾーイの身長はゆうに2メートルはあり、元はリーダー格の勇ましい騎士団長であった。その顔や体格に似合わず繊細で、自制のきく心優しき人格者でもあった。
(カカシではあるまい)
隣を歩く魔導師のソニンが応える。彼も同じく背の高い男だ。ガタイはいいが、ただし肉付きの乏しい骨太の体躯だ。サイドシールドのある丸ぶちサングラスをかけ、日の光を極力避けていた。
念話中は、念話をしていることを悟られないよう、素知らぬ顔をしているのがつねである。はたから見ると三人はただ歩いているようにしか見えない。
(生きています。人間です。魔力はとらえきれないですが、悪意や悪感情といったものは感じ取れません)
二人の後方をうつむきかげんに歩く少女ミリフィアが、自身の仕掛けた探知の魔法から、知り得た情報を伝える。
(高度な魔力の使い手ならば、悪意を隠すことくらいたやすい)
宮廷魔導師であり、ミリフィアの魔法の師でもあったソニンが、諭すように言い放つ。
(相手の魔力を完全にとらえることができないのであれば、そういった判断は誤った先入観となっていずれ命取りとなる)
(はい)
焦ったミリフィアは即座に返事をした。
ミリフィアは末娘の王女であった。だがそれは半年ほど前までの話だ。敵国(魔族が治める国)に攻められて王国が滅びてしまってからは、その身分には何の保障もない。ましてやまだ14歳の子どもだった。気丈にふるまってはいたが、いつ裏切るともしれない二人の従者に内心おびえていた。
「ガンゾーイだ」
「ソニン」
「ミリフィア……」
私を目の前にして察したのか、ガンゾーイが唐突に名乗り、二人があとにつづいた。名乗ることは一つの信頼の証となる。
「私は──、アトマ。旅人だ」
互いに名乗り合ったがその名前自体にはあまり意味がない。ただの通り名にすぎない。だから私はいっそのこと「悪魔」とでも言っておこうかと一瞬気まぐれを起こした。なぜなら地上に堕ちた神は、ややもすると、悪魔でしかないのだから。
この世界には、真実の名前「真名」という概念がある。彼ら三人にもおのおの真名があった。しかし「真名を知られることは恐怖だ」というのがある。悪い魔法使いが真名を使って、自分のあずかり知らぬところで呪いをかける、という子ども向けの物語があるからだ。おとぎ話にすぎないのだがそこには道理があった。
魔力は魔導具によって測定することができる。魔力には、それを構成する因子に個人特有の形状があり、それがまた一生涯、唯一無二のものであるため、誕生とともに識別番号が割り振られているようなものである。そこに真名を加えて登録すると、たとえば魔力の痕跡から、それを誰が使用したのかがわかってしまう。
魔力と真名の登録は犯罪抑止につながる。ゆえに貴族社会ではそれが義務付けられていた。幼い時分にその王国の第三者機関である教会に登録される。
この世界のおもな宗教は一神教であった。もちろん私とは関係がない。宗教は人々の信仰心によって勝手につくられていくものなのだから。
私はガンゾーイの最初の質問に答えた。
「──この近くに村はある。だけど、よそ者をひどく警戒しているし、あなた方の生活の拠点には、ならないだろう。あなた方は、戦士、だろう?」
「たしかに我々は戦士だ。村や町の一つくらい守ることはできるぞ」
ガンゾーイは胸を張ったが、大型の武器のたぐいは携えていない。
「収納魔法かな?」
私がそっけなく言うと、
「貴殿もそうではないか?」
ソニンが口をはさみ、つづける。
「──まるで村人のようだ。しかし、いつでも武器は取り出せると?」
「武器は持ってない。できれば戦いたくないし。ただ、そうやって警戒し敵意を向けられると、……どうしようか」
私はソニンの物言いを不快に思い、その後、彼の体から漏れ出す魔力から悪意を感じとったこともあって、がぜん彼を痛めつけたくなった。
見苦しく弁明すれば、このとき私が冷静さを欠いたのは、私自身この地への初めての降臨にやはり少なからず気分が高揚していたからかもしれない。