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8 横田と桃子5


 奈乃巴が背後を振り返ったのは特になにかを感じたからではなかった。虫の知らせ、あるいは忍者の第六感。


「なっ!?」


 振り返った奈乃巴が見たのは知らない女と飛んでくる苦無だった。うなりはあとからついてくる。

 苦無を弾き飛ばすか小手で受けようと、奈乃巴は身体の前に腕を出した。遅かった。苦無は腕の間をすり抜け、忍者スーツとマスクの間、奈乃巴の喉に深々と突き刺さった。


「ぐっ!」


 ほぼ同時に桃子が突進してきて膝が奈乃巴のみぞおちを捉えた。奈乃巴は吹っ飛び地面を転がった。うつぶせに止まってぴくりとも動かない。


「普段の癖で体当たりしようとしちゃった」


 グラマラスな美女はぺろりと舌を出した。


「なっ! その声は、あの太ったくノ一か!?」


 天山がやっと言葉を発した。


「ぽっちゃりって言って」


 半裸のくノ一は妖艶ににやりと笑った。格闘の構えをとると、大きな乳房がゆさりと揺れた。




 桃子は強かった。大きな時も素早かったが、肉の重りを脱ぎ捨てた今の桃子はそれ以上だ。素早い足さばきで天山の鉄指てっしを避け、ローキックを天山の太ももに叩き込んだ。


「ぐうっ!」


 天山の攻撃はかすりもせず、桃子の攻撃は確実に天山にダメージを与えていく。忍者スーツがなかったらとうに天山は倒れているだろう。しかも天山は調子にのってヘルメットをつけていなかったので、頭にもらったら終わりだ。


「あーあ、また太らなきゃ」


 桃子はそんなことをつぶやいている。余裕の表れだった。




 横田は動けないでいた。全身にまとわりついた蝶が離れないのだ。


――くそっ! どうなっている!?


 桃子が敵の女忍者を倒したと思ったが、なぜ蝶が離れない。

 しかし横田には為す術がない。

 横田は微動だにしなかった。




「ほいっ」


 桃子の上段回し蹴りは空を切った。すかさず逆脚の後ろ蹴りが放たれる。


「ぐあっ!」


 上段回し蹴りを躱すのに精一杯だった天山の腹にきれいに決まって天山は後ろに転がった。


「よーし」


 追撃を仕掛けようと足を踏み出した桃子の目の前をなにかが横切った。桃子は足を止める。

 いつの間にか、大量の蝶が辺りを飛び回っている。


「蝶が……あっ! まさか!」


 桃子は倒れたままの敵のくノ一の姿を見つけると地を蹴った。


「させるかっ!」


 天山が横合いから跳んできて腕を振るった。


「うっ」


 桃子は鉄指を避けて地面を転がった。圧倒していたとはいえ、天山の牙吼拳を喰らえばただでは済まない。一発逆転も充分あり得るのだ。

 天山が追撃してくる。立ち上がろうとした桃子の脚は重かった。


「えっ」


 鱗粉の毒は皮膚からも入ってくる。露出の多い今の桃子は知らず大量の毒を取り入れてしまっていたのだ。今のスーツでは解毒もできない。解毒薬の効果も大量の毒で切れかけているのだった。


「おらあっ!」


 天山の鉄指を桃子はかろうじて躱した。身体が思うように動かない。この窮地を切り抜けるには、天山の頭を狙うしかない!

 桃子は中段への蹴りを放った。当たる前に腰を回して軌道を変えた。振り下ろされる、天山の頭を狙った桃子のつま先。ブラジリアンキックだ。わかっていても躱せないといわれる蹴りが天山の頭を襲う。


「うっ」


 呻いたのは桃子だった。

 当たると思った直前に天山が身を引いたのだ。


「胴体を狙うわけはないもんな」


 天山には、桃子に毒が回ってきていることがわかっていたのだ。


「くっ」


 桃子は天山に向かって構えをとったが、身体はずしりと重い。視界がぐらついた。


「死ね」


 桃子ののろいパンチを躱そうともせず、天山は腕を振るった。


 どん


 重い音がして、桃子の胸部が半分えぐり取られた。血が飛び散り、地面が、ざあっと音を立てた。こぽりと桃子の口から血がこぼれる。


「鈴……」


 つぶやきとともに、桃子の身体は崩れるように地面に倒れた。


「手間かけさせやがって」


 天山は刀の血振るいをするように腕を振った。飛び散ったのは桃子の血だ。


「くそっ!」


 横田が術を解いたが、鱗粉は身体中にまとわりついていた。


「うっ」


 天山に駆け寄ろうとした横田の足はすぐに止まった。よろよろと膝をつく。

 すぐそばに天山が立った。


「お前はもう終わってたよ。相性が悪かったな」


 蝶の毒のことだろう。横田の身体は毒で動かない。


 どん


 天山は横田の左肩から胸にかけてをえぐり取った。腕はどこかに転がっていった。

 どさりと横田が倒れる。


「奈乃巴! やったぞ! お前のおかげだ!」


 その時、辺りを飛び回っていた蝶が一斉に羽ばたきをやめた。ひらひらと力なく地面に落ちていく。飛んでいる蝶は一匹もいなくなった。


「蝶が……? まさか……奈乃巴!」


 天山は倒れたくノ一のもとに駆け寄った。小柄なくノ一のそばで膝をつく。

 うつぶせに倒れた奈乃巴の顔の半分は地面に隠れて見えなかった。マスクは壊れたのか、なくなっていた。小さく開いた口の下には血溜まりがある。見開いた眼はすでに光をなくし、もうなにも見てはいなかった。つい先ほど、命の灯火が消えたのだ。


「……よくがんばったな、奈乃巴。ふたりを倒せたのはお前のおかげだ。よくやってくれたぞ……」


 天山は奈乃巴を優しく抱き起こすと、開いたままの瞼を指で閉じた。そのまま横抱きに抱え上げる。


「さあ、仲間の元へ帰ろう」


 優しく奈乃巴にささやきかけると、天山は地を蹴って森を走った。その姿はすぐに見えなくなった。

 一陣の風が吹き、倒れた桃子の髪がなびく。地に落ちた蝶がひらひらと地面を転がっていった。




「遅かったか!」


 トラと鈴が桃子らの変わり果てた姿を見つけたのは、天山が姿を消してほどなくしてからだった。


「桃ちゃん……」


 鈴とトラはふたりの首筋に指を当てた。ひと目で事切れていることはわかるが、信じられなかったのだろう。桃子と横田の死をあらためて確認しただけだ。

 鈴は素早く立ち上がると森の奥に駆け出した。


「待てっ!」


 トラが追いつき、鈴の腕を掴んだ。


「離して! 桃ちゃんのかたきを討たなきゃ!」

「馬鹿っ!」


 トラが鈴の頬を平手で張ったが、忍者ヘルメットとマスクがあるので痛くも痒くもない。しかし、顔を張られたことで鈴にやや正気が戻った。


「ご、ごめん」


 鈴は複雑な印を組んだ。ぷしゅ。怖い薬が注入される。


「オッケー、済んだことはしようがないね。他の敵を探そー」


 鈴は足取りも軽やかに森を進んだ。


「マジ怖いんだけど」


 トラのつぶやきはみんなに聞こえていた。



  ◇◇◇◇


「桃ちゃんの頭がパカッと開いて、中からちっちゃい桃ちゃんが出てきたりしないのか!?」

「隼人、落ち着け」


 茜が隼人をなだめる。


「まさか、本当に人が死ぬだと……」

「そういう任務だし」

「しかし色々ヤバいぞ」

「ああ、相手の方が正義サイドかと思ったよ」

「忍者に正義も悪もない!」

「それに、この森」

「ああ、この森は時空が歪んでいる」


 どんなに急いでも間に合わなかったり、どんなに近くてもぎりぎりに着いたりと、距離と時間が狂っている場所は意外と多い。この森もまた、そういう場所のひとつだろう。


「援軍は期待できないってことか」

「いや、ぎりぎりで間に合うことも」

「あ、そうか。じゃあ応援には駆けつけなきゃな。あとさ」

「なんだ」

「天山って最初、キヒッとかキモい笑い方してたけど、途中でしなくなってなかった?」

「ああ、あれはな、ああやってちょっとヤバそうなヤツを演じて、俺たちの動揺を誘おうとしたんじゃないかな」

「忘れたとかじゃなくて?」

「い、意味がわからん」

「キャラが――」

「黙れ!」

『隼人』


 マモルからの通信が入った。


『またふたり、接敵したよ』

「なにっ!」


 隼人と茜は森に眼を凝らした。

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