6 横田と桃子3
天山は不意を突かれて跳ね飛ばされた。
「ぐはっ」
「お、お前は!」
奈乃巴は苦無を抜いた。腰を落とす。
黒いボールに見えたものは、坂下桃子だった。まだ毒が抜けていないのだろう、ぽんぽん跳ねるばかりだ。
「横田くん! いったん引こう!」
横田は動かなかった。動けば蝶の毒が回ってしまう。
「そうはさせるか!」
天山が遠くで叫んだ。
『坂下さん、横田くんは動けない。君だけでも逃げるんだ!』
イヤホンからマモルの声が響く。
『桃ちゃん! 逃げて!』
丸川鈴の叫びも聞こえた。
桃子は数度跳ねたあと、
「……ごめんね、鈴」
つぶやきは小さかった。
『桃ちゃん!』
桃子は距離を取っていた奈乃巴に襲いかかった。
「ひっ」
奈乃巴は横に跳ね飛ばされた。地面を転がってうつぶせに止まる。
「ぐうっ!」
奈乃巴は肘をついて体を起こす。そこにふたたび桃子が真上から襲いかかった。跳ね飛ばされるのはともかく、上から体当たりされたら圧死もありえる。ぽんぽん飛び跳ねるので軽いように見えて、実際は何キロあるのかわからない。奈乃巴は必死に地面を転がった。
「てめえええええ!」
天山が追いついてきた。落ちてくる桃子に鉤爪を振るう。天山の腕が肘の辺りまで桃子の肉に食い込んだ。
桃子は吹き飛んだ。着地した地点で垂直に跳ね上がる。どこにも傷はなく跳ねている。
「なん、だと……」
天山は茫然と桃子を見ていた。
「なんでも砕くはずの俺の牙吼拳が……二度も破られるだと……硬いものと……柔らかいもの……え?」
なんだかぶつぶつ言い始めた。
「天山! しっかりして!」
奈乃巴が駆け寄って肩を揺さぶる。
「大丈夫! あんたならやれるよ! あたしだけじゃ……天山!」
その隙に桃子は天山たちと横田の間に移動していた。桃子は横田に向かって襲いかかるように跳ねた。
「横田くん! 術を解いて!」
横田はなにも反応しなかったが、桃子がぶつかると後方へ弾け飛んだ。どんな攻撃を受けても微動だにしない忍法不動金剛。横田は術を解いたのだ!
蝶が置いてけぼりにされて桃子の周りをひらひらと飛んでいる。何匹かは地面に落ちた。
横田は地面を何回転かしたあと膝立ちで止まった。
「乱暴だなあ」
笑いながら横田は立ち上がる。大きく息を吸った。呼吸を止めていたのだ。
「ちくしょう!」
奈乃巴が苦無を投げた。苦無は桃子の体に刺さって見えなくなった。
「や、やった?」
自分でも驚いた奈乃巴だったが、
ぼん!
桃子の体が丸く膨らむと、投げた苦無が凄い勢いで戻ってきた。
「わあ!」
しゃがんでかわした苦無は天山に向かう。天山は腕で弾いて苦無は砕け散った。天山の眼には精気が戻っていた。
苦無を弾いた桃子は地面に着地した。両足で立っている。
『解毒完了』
合成音声がイヤホンから聞こえた。
「さて、反撃開始といきますか」
桃子は敵の女忍者に詰め寄る。横田は離れたところで忙しく両手の印を組んでいた。
「なめるな!」
奈乃巴は苦無を片手に低く身構えた。見開いた眼は血走っている。
前に出ようとした天山になにかが飛んできた。鉤爪で叩くと、
ぼうん
横田の投げた煙玉だ。
「くっ」
天山と奈乃巴は左右に飛んだ。天山に横田が駆け寄り、拳で殴りかかる。
「切り飛ばしてやる!」
天山は鉤爪を振るった。
がいん!
天山の鉤爪は横田の腕を弾いただけだった。
「なに!」
横田はすぐに両腕を体の前に構える。
「忍法不動金剛マークツーだ。腕だけ硬化した」
横田はにやりと笑った。
「ふ、ふざけんな! 俺の真似じゃねえか! パクんな!」
天山の額に血管が浮かび上がる。
「パクリじゃない、オマージュだ」
横田の声は震えていた。




