13 杉浦と辻村3
「あんた! またここにいたの!? 散々あちこち探したわよ!」
千早が辻村の隠れる枝に跳んできた。針を吹いたので居場所がバレたのだ。
「なんで叫びながら襲いかかるかなあ」
辻村は枝の先に向かって走った。大きく跳んで隣の木の枝に隠れる。すぐに走って枝を跳んだ。何度か繰り返したが、千早はあとを追ってきた。
「逃がさないわよ!」
「ちっ」
辻村はくるくると回って地面に降りた。
ぼうん
煙玉の音が何度も響き、煙幕玉がいくつも並ぶ。辻村の姿は見えなくなった。そこへ千早が降りてくる。
「二度は引っかからないわよ! 近くにいるんでしょう!?」
その声を後ろに聞きながら、辻村は煙幕をたどって遠く離れようとしていた。
「アホで助かる」
「なんてね」
すぐ後ろで千早の声がした。先ほどの叫びはフェイントだったのだ。
「なぜ喋る」
辻村は右へ跳んだが、千早の跳ぶ方が一瞬早かった。
「なに!?」
気配でそれを覚った辻村は驚いた。身体をひねって後ろを向くと千早の手がもう、すぐそこにある。
「くっ」
左の手刀ではね除けた。ぽきぽきと辻村の指の関節が外れた。地面を転がって立ち上がると千早が目の前に立つ。ふたりは対峙した。
「まったく、厄介な術だな」
辻村はくノ一に眼を向けたまま、右手でぽきぽきと外れた左手の関節をはめていく。その顔には一片の苦痛の影もない。平然としていた。
「あ、あんた、痛くないの?」
千早は眼を丸くして辻村の様子を眺めた。
「ん? ああ、縄抜けの術で散々外したからな。もう慣れちまったよ」
辻村は答えた。忍者同士の戦いがわかってきたようだ。左手を閉じたり開いたりして、きちんとはまったことを確認する。
「あ、あの、つ、辻村くんって言ったっけ?」
「なんだよ、杉浦のせいで名前がバレちまったよ」
辻村は舌打ちした。
「大太刀の男は杉浦っていうのね」
「…………」
「そ、そんなことはどうでもいいの。あ、あの、辻村くんは付き合ってる人とか、いるのかな?」
くノ一は後ろに手を組んで、身体をくねらせた。眼の周りが赤くなっている。
「あ? なに言ってんだ、お前? いないけど」
「そうなんだ!」
くノ一の眼が、ぱっと輝いた。
「あの、わたし、若槻千早っていうんだけど、あ、千早って呼んでいいよ」
「呼ばねえよ」
「あ、そうだ。顔、見せるね」
千早はマスクを引っ張った。可愛い系の美人だった。恥ずかしそうに頬を染めて微笑む。
辻村もまた顔を熱くした。タイプの顔だったのだ。
「あ、あの、つ、辻村くん! わたしと付き合ってください!」
千早は深く頭を下げた。
さすがの辻村も絶句した。
杉浦と門馬はにらみ合っていた。杉浦は大太刀を大上段に構え、門馬は棒を杉浦の顔に向けている。門馬は時おり棒先を素早く少しだけ突き出すが、杉浦はぴくりとも反応しなかった。
「めんどくせえヤツだな、お前」
鋭い眼光の門馬だったが、ひとつフェイントをかけたあと、ずどん! と地面に棒を突き立てた。爆発したように土と砂が舞い上がり、杉浦の顔を襲う。
「むっ!」
杉浦は眼を細めて飛び退った。そこへ門馬が襲いかかる。身体が安定しなければ大太刀の威力は半減する。棒を横にして掲げ、上段の攻撃を防ぎながらの前蹴りはケンカキックだ。
どん! と杉浦の腹に決まってさらに杉浦は後ろに下がった。常人なら内臓が破裂してもおかしくない威力と体勢だったが、杉浦は大上段の構えを崩さなかった。
「クソが」
門馬は棒を大きく振って、杉浦の小手を狙った。杉浦は後ろに飛んでそれを避けた。避けながら大太刀を振り下ろす。門馬には届かなかった。
「あ?」
門馬は気がついた。大上段に構えなおした杉浦は左眼を瞑っている。土か砂粒が眼に入ったのだ。
片眼となれば遠近感が掴めない。ましてや敵は棒術使い、距離を測るのは刀より難しい。視野も狭まって、圧倒的に不利だ。それに慣れているならいざ知らず、今の杉浦は苦境にあった。
「死ねっ!」
門馬は無駄口を利かず襲いかかった。片眼の見えない今がチャンスだ。鋭い突きが杉浦の顔面を狙う。リーチを最大限に生かした遠くからの突きだった。杉浦は大きく飛び退った。その瞬間に門馬は距離を詰めた。杉浦の死角から横薙ぎに棒を振るうが狙いは大太刀だ。杉浦が大太刀を振り下ろす。その大太刀が門馬に届く前に、門馬の棒が大太刀を横から打った。
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