12 杉浦と辻村2
辻村は門馬の眼を潰す機会を狙っていたが、なにやら気の抜けた打ち合いが始まってからは動きっぱなしでそのチャンスはなかった。激しく打ち合ったのち離れたのでその瞬間に針を吹いたが、門馬は頭を傾げて躱してしまった。なんのことかな、と言った時だ。
「こうなったら針を変えるか」
辻村は口に用意していた針を、口中にある針置き場に戻した。忍者ベストの胸のポーチから数本の針を取り出すと、吹き矢の穴に押し込んだ。口に含むわけにはいかない針だ。
「むっ!」
気配を感じて身体をひねった。枝の上でバランスを崩したかのように辻村の身体が傾く。そのまま落ちてこの場所を離れるつもりだ。
しかし、襲いかかった赤黒い影は、身体が落ちる前に辻村の左肩に触れた。
コキッ
「うっ」
鋭い痛みにうめきが漏れた。落ちながら木の幹を蹴って跳んだが、左腕の自由が利かない。地面でくるりと一回転して立ち上がった辻村の左腕は、力をなくしたように、ぶらりと左肩からぶら下がっている。やや腕が伸びたようにも見えた。
辻村の目の前に赤黒い忍者スーツの人影が着地した。めりはりのある体型からしてくノ一だ。
「ふふ、関節を外したわよ」
くノ一は笑った。
関節を外されたことはもとより辻村にはわかっていた。過酷な訓練によってなんど外れたかわからない。だが、相手に触れただけで関節を外すなどとは聞いたことがない。
「さあ、身体中の骨をばらばらにして上げる」
くノ一が腰を落とした。
辻村は素早く吹き矢を構えると、くノ一の顔に向かって針を吹いた。五本の針が飛んでいく。
「くっ」
くノ一が身体を沈めながら手甲で弾いた。
ぼうん
煙玉が白い煙を広げた。次々に煙玉の弾ける音。大きな煙の玉が奥の森向かっていくつも続いていた。
「逃すか!」
くノ一は森の奥に駆け出した。くノ一が森の奥に消えてしまうと、最初の煙玉のそばでのっそり辻村が身体を起こした。
「やれやれ、アホで助かった」
煙玉を投げた瞬間にそこに伏せて、囮の煙玉を投げたのだ。
辻村は片手で胸ポーチの針を吹き矢に詰めた。吹き矢を太股にある太いケースにしまう。曲がってしまわないよう頑丈な造りになっているケースは、取り外して棍としても使える。
辻村はぶらぶらする左腕を右手で掴み、地面をくねくねごろごろ転がっていたが、やがて、
コキン
と音がして関節がはまった。地面を支えにしたのだ。
「敵のくノ一は関節を外してくる」
左腕を回しながら辻村は仲間に報告すると、
「しかし、なんでわざわざ敵の前に姿を見せて、手の内を明かすようなことを言うかなあ」
と首を傾げた。アサシンタイプの辻村にはわからなかったが、それが忍者同士の闘いだ。
「さて」
辻村は立ち上がると同時に元の木に駆け上がり、同じ枝に身を潜ませた。
――まさか元の場所にいるとは思わないだろ。
裏の裏をかくのもまた忍者同士の闘いだった。
杉浦は激しく打ち合っていたが、やや杉浦が押していた。門馬は大太刀のせいで、いつもの間合いが取れなかった。踏み込みがわずかに遅れるのだ。
「厄介だなあ、その刀。折っちゃうか」
門馬はやや間合いを大きくとると、棒をくるくると回しながら言った。
刀は折れる。横田の刀もそうだったが、横や刃の逆側、峰から打たれると折れることも多いのだ。門馬の棒術ならば狙って折ることも可能だろう。
「やってみろ」
杉浦はそう言うと、大太刀を大きく振りかぶり、大上段に構えた。
「やってみろって言っといて、その構え?」
門馬は棒をぴたりと止めると、棒先を杉浦に向けた。ここからは駆け引きだ。無造作に仕掛ければ、杉浦は渾身の一撃で棒ごと叩き切るつもりだ。門馬は杉浦の意表を突き、惑わせなければならない。
そこへ、門馬に五本の針が飛んできた。
「うわっ」
門馬はしゃがんで手甲を顔の前に出した。それまでと違って針が多かったからだ。
大きな隙を作ったが、杉浦は大上段に構えたままぴくりとも動かなかった。
『杉浦、てめえ! なぜ斬らねえ!』
辻村の声がヘルメットから響く。
「君は武士のつもりなのかい?」
門馬が構えなおした。
「いや、そんなつもりは毛頭ない。俺は忍者だ」
「でも」
「これは遊びだからな」
杉浦の眼が細まった。笑ったのだ。お前なんぞ、いつでも斬れるぞ、と。
その瞬間、門馬の雰囲気ががらりと変わった。ずしりとなにかの重みが加わったようだ。眼が吊り上がり、剣呑な光を帯びる。
「お前、ぶっ殺してやる」
獣が発したような声で門馬は言った。
◇◇◇◇
「あーあ、友だち、なくしちゃったぞ」
「それより茜、関節を外すくノ一は誰だ?」
「ええ? 知らないけど?」
『それは若槻千早だよ、きっと』
誰かが言った。
千早は触れただけで関節を外す特殊能力の持ち主だ。「おはよー」と肩を叩いてよく級友の肩を外す。コントロールはできないが、自分の関節を外すことはない。男子と手を繋いでデートするのが夢。可愛い系の美人だ。
「両腕外されたらヤバいな」
「でも接触しなけりゃだから、なんとかなりそうだけどな」
「きっとそのための術も心得てるさ」
「ふーん、例えばどんな術だ?」
「そうだなあ」
隼人はなにも思いつかず、黙ったまま森を見つめた。




