11 杉浦と辻村1
森の中を大きな忍者が走っていた。身長は一九〇に迫らんとし、鍛え上げられた肉体は厚い。
杉浦一樹だ。忍者野球のエースで四番。ちなみに忍者野球とは忍術を使っても構わない野球で、ランナーを刺すのはだいたい苦無だ。
杉浦の背中には長い刀が斜めに掛けられていた。忍者刀と違って反りがある、刃渡り五尺の大太刀だ。五尺はだいたい一五〇センチほどで、一般にいわれる日本刀は二尺、約六〇センチ以上なので、ずば抜けて長い刀である。
その杉浦の前に木の陰からひとりの忍者がゆらりと現れた。青っぽい忍者スーツ。敵の忍者だ。
「ほう。棒術使いか」
杉浦は足を止めた。相手は二メートルほどの真っ直ぐな黒い棒を持っている。直径は三センチほどだ。
「長い刀だなあ。振れるの?」
棒を持った男は呑気な声で言った。
「試してみるか」
杉浦は声を低くした。
「面白いね」
男はくるくると棒を手で回すと右足を引いた。棒がぴたりと止まった時には先端を杉浦に向けて構えている。
「抜かないの?」
「抜かん」
と言いつつ太い腕を上げ、肩の上にある柄を握った。ぱちんと音がして鞘の後ろ側半分がスライドすると、刀身がフリーになった。正眼に構える。
「え? なに? どうやったの?」
男が首を伸ばして背中を確認しようとする。鞘の動きが見えなかったのだ。
杉浦は刀を下ろすと背中を見せた。鞘を開けたり閉じたりして見せる。指印を唱えているのだろう。
「わかるか?」
「あー、なるほど、鞘に仕掛けが。面白いね」
男はマスクの中で低く笑った。
「面白いといえば君もだよね。敵に背中を向けたりしてさ」
杉浦はなにも言わない。
「でも、僕が攻撃を仕掛けたらその長い刀で斬りつける気満々だよね。殺気を消せてないよ」
杉浦は男に向きなおった。
「別に誘ったわけじゃない。用心しただけだ」
「どうだか」
そう言った男は頭を横に滑らせた。ボクシングでいうヘッドスリップの動きだ。光の糸が一瞬見えた。
「ほらね」
「邪魔をするな、辻村」
『なに言ってんだ、遊びじゃないんだぞ。それに名前を呼ぶな』
忍者ヘルメットから聞こえる辻村の声。
「へえ、辻村くんってやつの仕業か。――もうひとりいるぞ」
男にも仲間がいるのだろう。しかし、その姿はどこにも見えなかった。
辻村猛晴は高い木の枝の上で、舌打ちをした。その右手には細い筒が握られている。先ほどはこの筒で針を吹いたのだ。
「ちぇっ、杉浦め、勝負好きも大概にしろ」
辻村はマスクの中で口を尖らせた。
「辻村と杉浦、棒術使いと接敵」
――それにしてもあいつ、俺の針を躱すとは。
辻村は吹き矢を得意とする暗殺術に長けた忍者だ。こっそり相手の住処へ忍び込み、吹き矢、苦無などで密やかに対象を倒すことを得意とするので、今回のような任務は勝手が違った。
自身は身を潜めて杉浦を囮にし、吹き矢で攻撃する機会を窺う作戦だったが、眼を狙った針を躱されてしまった。
――やつは相当な手練れだ。
それは杉浦もわかっている。だからこそ勝負しようとしているのだろう。眼に針を受けるような相手だったらそのまま斬り伏せていたはずだ。
しかし、辻村は杉浦の勝負に付き合う気はなかった。チャンスがあったら針を撃つ。
辻村は虎視眈々として、その機会を待った。
「もう邪魔は入らない?」
棒術使いは言った。
「どうかな」
杉浦は大太刀の切っ先を上げ、正眼に構えた。
「正直だね、まあいいや」
棒術使いの棒が無造作に伸びてきた。それを杉浦は大太刀の先端で軽く弾いた。
チィンと高い音がした。
「へえ、当ててくるんだ、そのでかい刀で」
「その棒は金属製か」
「そそ、超ウルトラ合金ニンジャンチウム製のパイプ。でも、両端は重くしてあるんだ」
「ほう」
「その刀は?」
「これはステンレス製だ」
「ぷ。ウソでしょ? え、ホントに?」
「…………」
「わからないんだ」
「刀に材質は関係ない」
「そうかなあ」
そういった話をしながらも、棒術使いは棒先を突いてくる。杉浦はその度に大太刀で弾いた。棒術使いは本気で突いてきてはいない。刀を合わせる必要はなかったが、まるで練習でもするかのように、杉浦は律儀に棒を弾いた。
「すごいなあ。重い刀だろうに。何キロあるの?」
「二十キロだ」
「そんなにはないでしょ」
「五百グラムだったかな」
「わからないんだね?」
「刀に重さは関係ない」
「そうかなあ」
正確には七・二四五キロ、杉浦の膂力をして扱える重さだ。
同じように大太刀と棒を合わせていたが、
「ここは当てられる?」
杉浦の左下方に棒が伸びた。杉浦の刀が動いた瞬間、逆の棒先がすごい勢いで上から杉浦の頭部を襲った。これまでの遊びとは違う。
「むっ」
杉浦は咄嗟に身を沈め刀で棒を受けた。
チィイイン
間髪入れずに横薙ぎに棒が襲ってくる。合わせるだけの刀が棒を止めた瞬間には逆側からの横薙ぎが迫る。下から回転させるように振った刀が棒を弾いたのは、大太刀の長さ故だった。
弾いた棒が消えたと思えるほどの速さで、低く構えた棒術使いの棒先が杉浦の顔を突いてくる。刀は間に合わず、杉浦は頭を傾げて棒先を躱した。杉浦の頭の横で空気がうなる。
四撃を打つのに一秒はかかっていない。
棒術使いが後ろに跳んだ。杉浦の横薙ぎの斬撃は空を切った。
「うは、なんてリーチだ」
攻撃を見ずに下がった棒術使いだったが、杉浦の斬撃を躱したのは、間一髪だったのだ。
「うまく引っかけられてしまったな」
低い声で杉浦が言うのは、先ほどの攻撃をすべて受けようとした自分のことだ。
練習のような受け合いで、意識が攻撃に向かなかった。二撃目を受けた際に斬りつけることはできただろうと、杉浦はこっそりほぞを噛んだ。
「なんのことかな?」
棒術使いはわざとらしく頭を傾げた。
◇◇◇◇
「茜」
「ん?」
「杉浦は友だちと闘ってるのか?」
「なんかそんな感じだったけど、初見ぽかったよな?」
「あいつは誰とでもすぐに友だちになるようなタイプじゃないだろ」
「んー、というか、杉浦って友だちも他人もあまり態度変わらなくね?」
「あー、そんな気もするな」
『棒術使いは門馬影城だ』
誰かが言った。
門馬は棒術の達人だ。
「ふーん」
「あっ、そういやもうひとり敵がいるんじゃなかったっけ?」
「そんな感じだったな。辻村のようなアサシンか?」
「杉浦、辻村、油断するなよ!」
「加油」
隼人と茜は森を見つめた。




