王太子殿下との婚約を避けるために敢えてグイグイいったらそのまま受け入れられてしまいました。
楽しんでいただけたら幸いです。
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「はぁ、憂鬱だわ…」
アメリアはある夜会への招待状を手に気分が沈んでいた。
その招待状はいかにも高級そうな紙に金色で鷲が描かれている。つまりこれは王家からのものなのである。
「だいたい、こんなのおかしいわよ。普通婚約者って、内々に会って直接決めるものでしょ?これを大勢でお見合いのような…嫌になるわ。」
そう、今回の夜会はただの夜会ではない。
この国の王太子であるマーカス・アーセントの婚約者を選定する場だとされている。通常ならば王家であってもまず家同士で話をし、形式上とはいえ本人たちの意思も確認して婚約を結ぶ。
しかしマーカスは、この国では一般的に16歳頃から婚約し20歳までに結婚することが多い中、今年19歳になったがまだ婚約者を決定していない。
たぶん王と王妃が焦りまくった結果、この馬鹿げた夜会が開かれるのだろう。
世間的な評価として、マーカスは執務はそつ無くこなし、とても優秀である。
しかし仕事以外では何故か騎士団の方でほとんどの時間を過ごしており、訓練や鍛錬ばかりして女性と会っている気配もないとのこと。
そう、気配もないのである。おかげで男性が好きなのではという噂もちらほら出る程である。
「殿下が婚約者をさっさと決めないからよ。そのせいでこの世代は婚約していない年頃の娘が多いのよっ!みんな嫁ぎ遅れてしまうわ…。」
あわよくば王太子との婚約を結びたいがために、マーカスと年の近い娘を持つ家は、なかなか他家との婚約に踏み切れないでいるのだ。
「私もその内の1人なのかしら?もう16歳になりましたがまだどちらのお家との婚約のお話は無いようですが…。お父様はどうお考えで?」
アメリアは長い独り言を終え、先程からずっと苦笑いを浮かべて向かいに座っている父に問いかける。
「いや、アメリアはまだ先月16歳になったばかりだし、王太子妃になる望みを抱いて他の縁談を組まないということはない。……いや、もし我がルーンベルト侯爵家から王太子妃が出るとなると、普通は喜ばしいことなのだろうが…………………ただ、父としては………」
「お父様としては?」
「……………………」
「お父様?」
「旦那様??どうされたの?」
隣で静かに話を聞いていたアメリアの母も黙り込んだ父に思わず声を掛ける。
「………父としては…」
「はい。」
「…………まだまだ婚約者なんて決めなくていいのではないかっっ!?まだ16歳になったばかりだし!?焦って決めなくても私の可愛い可愛いアメリアが――――――」
「あっもう結構です。」
「アメリアぁ!?」
この父、相当な親バカであることを忘れていた。
確かにアメリアの容姿は整っている。顔のいい両親のもとに産まれ、透き通った肌にプラチナブロンドの長い髪、瞳はエメラルドのような美しい緑色だ。アメリア自身もそこそこ綺麗な顔立ちをしている自覚はある。
が、それにしても愛ですぎだ。
「でもそうよね旦那様っ!私たちの可愛い可愛いメリたんに婚約者など早すぎるわっ!」
母もだった。
(もう…っ!親バカが過ぎるわっ!)
「大丈夫だ、実際もう何件か断っている。あいつらアメリアが16歳になった途端、待ってましたとばかりに申し込んできおって……!」
「頼もしいわ旦那様!」
何か恐ろしいことが聞こえた。全く大丈夫ではない。
(婚約話、きてたんかい……っ!)
深く考えるのを放棄し、アメリアは何も聞こえなかったことにした。
「……さて、どうやって欠席しようか。」
父のつぶやきにアメリアはぎょっとした。
「お父様何をおっしゃっているのです!?出席はしますよ!?」
「だが、この夜会に出席するとなると、きっとアメリアは婚約者に選ばれてしまうだろう?」
「!!どうしてそのような突拍子もない考えに至るのですか!?……………そもそも私ごときが選ばれるなど恐れ多いことは思っておりませんし、選ばれなければ良いのではないですか?」
「いいやメリたんは選ばれてしまうっ」
「親バカはもういいです。」
「メリたんっっ」
確かに侯爵家は身分的にはまだ釣り合う。しかし、もちろん公爵家の方がいいに決まっているし、公爵家にも他の侯爵家にも年頃の令嬢はいるので、アメリアがピンポイントで選ばれる可能性は低い。
それに、アメリアとしても、正直誰かと婚約するような心構えはまだ出来ていない。マーカスのことは、素直に魅力的だと思うが、王太子妃となると荷が重い。そもそもそれ以前に令嬢たちと争うのはごめんだ。
ということで、いろいろ面倒くさいアメリアは今回は父の望み通りに動くことにした。
「…わかりました。お父様がまだ嫁ぐなと仰るのであれば…」
あくまで父の言うことを聞くというスタンスだ。
「王家主催の夜会に大した理由もなく欠席などあってはなりません。きちんと出席して、かつ候補から外れてきてみせます。」
頭の中でざっと作戦を考える。
マーカスは確かアメリアが夜会で数度見かけたところによると、いつも令嬢たちに群がられて嫌がっているように見えていた。それをいつも遠巻きに眺めていたものだ。
「…殿下は、とても硬派な方だと思われます。ご令嬢たちにグイグイ来られるのは嫌なのでしょう。なので!それを逆手に取り!今回はその中に私も混ざったらよろしいのです!」
「私たちの娘がしっかりしているわっ!」
「嫌なモブ女を演じてみせますわ!」
恋愛小説でも、似たようなシチュエーションは見たことがある。
こういう場合、ヒーローに群がる女性は煙たがられ、「私は興味ないわ」という態度のヒロインが逆に気に入られ選ばれてしまうというお決まりパターンだ。
「………ん?…いやしかし、殿下はアメリアのことはご存知のはずだが……?」
アメリアが母と盛り上がっていると父から待ったがかかる。
確かにアメリアは、父やマーカスと親しい兄、アイクにくっついて夜会などでは毎回挨拶は交わしている。
しかし挨拶しか会話したことがない。それはアメリアが緊張していて会話を続ける勇気がないからなのだが、きっとそのおかげでマーカスの印象にもそれほど残っていないだろう。
「もし私のことは認識してくださっていたとしても、私自身の性格まではご存知でないはずなので大丈夫ですわ!」
「くっ…ならばせめてエスコートは父である私がしよう!」
「全力でお兄様がいいですっっ!」
「なんで!?」
それは、父による親バカトークが毎回恥ずかしくて仕方なかったからである…………。
「………………………」
「え、え、メリたん…?なんで…??」
「…………………………………」
「え、えっと、………おーい??」
挨拶だけはこれまで通りしっかりして、それから…
と、アメリアは父を無視してブツブツと計画をたてはじめた。
両親は、別の方向に気合を入れ出したアメリアに押され―――――正確には頑張っていろいろ考えてる娘の可愛さに負け、泣く泣く(父に至っては本当に泣いていた)アメリアをアイクと共に夜会に出席させることにしたのだった。
□□□
夜会当日、アメリアは普段より派手に着飾ってもらった。気が強いグイグイ系の令嬢に見せかけるためだ。
本来のアメリアは、気はもともと弱くはないが、グイグイいくタイプではないし、派手な装いは苦手である。
「うーん、もう少しキツめでもよくない?」
「いえいえ!あまりキツくしすぎるとあからさま過ぎて不自然ですよっ!!」
「…そんなものなのかしら?」
侍女たちの勢いに圧されてアメリアはしぶしぶ納得する。
実は普段より派手にはしているが、ギリギリ上品に見える程度にまとめられていた。
というか、人によってはただの派手な格好であるが、アメリアが着たら派手でも上品に見えてしまうのだ。もちろん侍女たちはわかってやっている。
(いくらアメリア様の希望であってもアメリア様の美しさを損なわすわけにはいきませんからねっ!むしろどんな格好であっても隠しきれない魅力は生かさないと!!)
侍女たちの執念がこもっていた。
「僕は殿下の婚約者に選ばれたらとても栄誉なことだと思うんだけど。」
「お兄様。」
今日のエスコート役を担ってくれている三っつ上の兄、アイクが困ったような優しげな笑みを浮かべて部屋の入口のところに立っていた。
「いつもより少し派手めだけど、とても良く似合っているよ。」
「それはそれで少し複雑ですが…ありがとうございます。」
(綺麗だから目立ってモブなんて絶対無理だと思うけど…)
と、アイクは思ったが、アメリアのためにも口にしないでおく。
「……アメリアは、そんなに殿下のことが嫌いなのかい?」
「………!」
「殿下はそんなにアメリアが嫌うような方ではないよ?容姿も、格好良いと思うけど。」
アイクは、執務や鍛錬でマーカスと顔を合わせることも多く、歳が同じだということもあり親しい関係にある。
「…決して嫌いなわけではありません。もちろん婚約者に選ばれたならとても栄誉なことです。このような婚約者の決定の仕方に疑問を抱いているだけです。………………容姿…は……」
記憶にあるマーカスの姿を思い浮かべる。
艶やかな栗色の短髪に金色に輝く力強い瞳。背が高く、もちろん顔の造りは整っている。
…非の打ち所がない。
「…………とても整ったお顔立ちだなとはいつも思っております。」
「あ、じゃあ今も見た目は好みなんだね?」
正直初めてその姿を見た時からドンピシャの好みである。そして年齢が上がるにつれ、日々の鍛錬により鍛えられた体格もどんどんしっかりしてさらに磨きがかかって美しすぎる。
それもあり毎回緊張して会話できないのだ。
「………………否定は出来ません…。」
アメリアは僅かに頬を赤くしてそう答えた。
それでもアイクはどこか満足そうだ。
「ほら、ならそんなに頑なにならなくても…昔はキャーキャー言ってたのに。」
夜会で初めてマーカスを見た12歳の頃のアメリアは、大興奮してアイクに「殿下はかっこいい」と言いまくっていた。
「っそれはっそんなこともありましたがっ……憧れです…!」
殿下がかっこいいとアイクにだけ騒いでいた時期もあったが、だから恋人になりたい、などと思っていた訳では無い。一瞬そんなことも夢見たことはあるが、所詮夢であり、現実に起こるとは始めから思っていない。
「…そもそも殿下は雲の上の存在です。………それに、好きとか嫌いとか以前に、殿下のことは見た目以外よく知りません。よく知りもしない方と婚約など…………」
「婚約、悪いことじゃないけどなぁ。僕は婚約者のことを愛してるよ。」
「知っております。でも、お兄様は想いが通じ合ってからの婚約でしょう?……そのように、お兄様が幸せそうだから、私も、出来れば好きな方とそうなりたいと思ってしまうのです。」
「え、アメリア好きな人いるの?」
「っいませんがっ!理想です!だから今すぐ誰かと婚約など、殿下でなくても考えられません……」
「…そっか。」
(アメリアがよく知っているような男なんて数が知れてるのに、そこがアメリアの中でも候補に入ってない時点で”よく知らない男との婚約”しかないんだけどなぁ…。気づいてないの可愛いなぁ。)
アイクはにこにこと柔らかな笑みを浮かべていた。
アメリアは兄のその笑みの理由がわからず首を傾げる。
「……しかしなんだか、さも私が婚約者に選ばれるような会話になってしまったのではありませんか!?おそれ多いっ。」
「ははっ!それもそうだね。選ばれるとはわからないもんね。」
「選ばれるはずがありませんわ!」
「そうとは限らないんじゃない?」
「いい加減お兄様もしつこいです!」
親バカの次は兄バカか、とアメリアは付き合いきれないとばかりにプンッとそっぽを向く。
「ごめんごめん。でも、話を戻すけど、僕も始めから好きだった訳では無いよ。初対面ですでに婚約者候補としてだった。それからたくさん話をして、そのうちにお互いに惹かれて婚約を決めたんだ。」
「そうだったのですね……」
どう見ても相思相愛の兄たちの馴れ初めは、アメリアにとって意外だった。
「せっかくの機会だし今日の夜会で殿下ともちゃんと話してみたらいいよ。」
「もちろん今日はグイグイいくつもりですわっ!」
「いやだからそう意味でなくて……はぁ……。うん、わかった。今日はしっかりとアメリアのサポートをさせてもらうよ。」
「ありがとうございます。心強いですわ。」
アイクが居れば安心だ。それはもう父の何倍も。
「まぁこんな夜会を開くとはいえ、もう殿下の中では決まっているかもしれないしね。」
「!それそもそうですわね!…そう思うと少し気持ちが軽くなりましたわ!さすがお兄様です!」
「ふふ。」
「では、行ってまいります。」
「くれぐれも、くれぐれも気をつけるんだよ…。」
馬車に乗り込むアメリアとアイクを見送りながら、両親はとても心配そうな顔をしている。
「大丈夫ですよ、お兄様もついてくださっていますし、しっかりモブ女を演じて、殿下が嫌になる絡み方をしてきますから!さて、」
アメリアは、扇を口元で勢いよくパチンと閉じた。
「幕が上がるわよ。」
意気込むアメリアを乗せ、馬車は王宮に向かって出発した。
その時の頭を抱えた父の「うちは断ったのだから大丈夫…」という謎の呟きは誰にも聞こえていないのであった。
□□□
王宮に着くと、既にたくさんの令嬢が集まっていた。
王太子の婚約者選定の場であるからか、いつもよりこころなしかみんな装いが派手である。
そしてそれぞれの様子を無言で窺っている。直接絡むような品のないことをする者はいないものの、視線で優劣を競っていることは明らかだった。
控えめに言って殺伐としていた。
重い空気の中、アメリアもざっと周囲を見渡す。
(あれ、みんな派手…?この中にいると私も案外普通だわ…。まぁでも、紛れてしまった方が目立たなくて逆に良いかもしれないわね。)
しかしアメリアの思いとは裏腹に、いつもと雰囲気の違う装いの彼女には注目が集まっていた。
いつもは肌を出さないドレスを着ていることが多いアメリアだが、今日のドレスは襟ぐりが大きく開いており、鎖骨はもちろん、胸元ギリギリまで肌が見えている。普段の清楚なイメージから一転、色気が加えられてみんな(特にエスコートしている男性たち)が釘付けになっていた。
アメリアは全く気づいていないが、もちろんアイクは気づいており、視線のみで男性たちを牽制していた。中性的な顔立ちで温和そうに見えるが、伊達に侯爵家の嫡男ではないのだ。
やがて、王族が姿を現した。皆が臣下の礼をとる中、国王が挨拶をする。
「諸君、本日は息子である王太子マーカスのために集まってくれ感謝する。思う存分マーカスと交流を深めて欲しい。」
その横でマーカスが軽く礼をする。凛々しく美しい姿にあちこちからため息が漏れる。やはり、オーラが違う。アメリアも思わず見惚れてしまう。
「――――――――では、自由に歓談してくれ。」
国王の締めの言葉を皮切りに、皆がいっせいに動き出し、マーカスの周りはあっという間に囲まれた。
(しまった!出遅れたわ……!)
いつも遠巻きに眺めてるだけのアメリアは反応が遅れ第一陣には混ざれなかった。まさに、あの中の一人になりたかったのに。
するとすぐにアイクがフォローしてくれる。
「アメリア、大丈夫。あの取り巻きが一旦落ち着いたら僕らも第二陣に混ざって行こう。殿下が僕に気づいてくだされば、アメリアもすぐ会話できると思うよ。まだ始まったばかりだし十分間に合うよ。」
「助かります…お兄様。」
夜会でのアイクの落ち着きぶりにはいつも感心している。整った容姿ということもあり、令嬢たちがキラキラした目で見つめていることをアメリアは知っている。しかし令嬢たちには目もくれず家族や婚約者をとても大事にしている。そんな兄が自慢で、その側にいても恥にならないよう立ち振る舞いには気をつけていた。
そして自慢の兄と王太子殿下が親しいということはアメリアの密かな誇りでもあった。
正直、今この恐ろしい雰囲気の中にいて、第一陣にも混ざれなかったし、マーカスと会話しないならしないで適当に混ざっておけばいいかとアメリアは思い始めていたが、アイクとマーカスは親しいのでそれは逆に叶わないのだと諦める。
自分はやはりグイグイいくしかないのだと腹を括る。
男の人の友情は、妹が少し鬱陶しいやつだったからと言って壊れたりはしないだろう。
ついにアイクに促され、アメリアはなんとか第二陣に混ざることができた。
みんな、ギラついていて少し引いたが引いてる場合ではないので必死にそれらしく混ざる。
いつも以上に自分に群がってくる令嬢たちを、眉間に皺を寄せながら鬱陶しそうに見ていたマーカスだったが、アイクを見つけると令嬢たちを掻き分けこちらへと来てくれた。
「アイク!来てくれていたのだな!久し…くもないな。先日は助かった。お前の書類整理能力にはいつも感心させられる。側近でもないのにすまないな。」
「お役に立てて何よりです、マーカス殿下。…妹を紹介しても?」
「あぁ。っ!」
マーカスはアメリアを見ると一瞬驚いた顔をし視線をさ迷わせたが、すぐに表情を戻した。
(?どうしたのかしら?)
アメリアは疑問に思ったがすぐ気を取り直す。
「アメリア・ルーンベルトでございます。本日はお招きいただきありがとうございます。」
アメリアは丁寧に挨拶の礼をした。
「…あぁ、ルーンベルト嬢。よく来てくれた。」
マーカスがアメリアにふわりと笑いかける。
初めて見るその表情に、アメリアは驚き、周りからもざわめきが聞こえた。
(何その笑顔!?これは誰でも惚れ……じゃなくて!!しっかりするのよアメリア!!)
思わずくらりとなりかけたところを何とか持ち直し、作戦を実行する。
(……よし!いくわよ!!)
アメリアは大きく息を吸い込んだ。そして―――――
「殿下、お慕いシテおりマス!ゼヒトモ私を婚約者にシテクダサイませっ!!」
アメリアが決めていたセリフを放った瞬間、その場が凍りついた。
(やったわ!みんなあまりの図々しさに引いてる!)
「ア、アメリア……あの、ちょっと一旦下がろうか?」
アイクが焦った様子でアメリアを王太子から離そうとする。
(お兄様さすがのアシスト!これでお兄様は常識人だということも周りに認識させることができるわ!)
出だしから実に好調でアメリアはご機嫌である。
――――――と、思っているのは実はアメリアだけであった。
アメリアが最初のセリフを言い放った直後、その場の全員が思ったことは、
(((……え、演技下手すぎぃぃっ!!!)))
アメリアは大根であった。
□□□
いつの間にやら、アメリアの演技にドン引かれ、マーカスと話しているのはアメリアとアイクだけとなり、周りには少し遠巻きにされていた。
(ちょっと人がいなくて心細いけど、これはいけるわっ!こんなやつ嫌だと思われてるはず!)
少し遠くで引き気味にこちらを見ている令嬢を見つけ、アメリアはさらに気分があがる。
(あらっ!あそこのご令嬢なんて、まさに選ばれそうな態度っっ!!)
上手くいっていると思えば、どんどん勢いが上がっていく。
「殿下は何ガお好きナノですカ?」
「私ナラ必ず殿下のタメにつくすコトがデキマスワ!!」
アメリアは弾丸擦り寄りトークをかまし続けた。
「…っ、ぶほっ!」
そしてついに、マーカスが吹き出した。
(え、わ、笑ってる…!?)
片手の甲で口元を押さえ肩を震わせて笑いをこらえる姿は、硬派なイメージからは想像もつかない、年相応の青年のものであった。その表情に不意に見惚れてしまう。
「………くくっ…。……はぁ……。ルーンベルト嬢、随分と俺のことを気に入ってくれているようだな」
「!モチロンですわ!」
「……っふ、……ならば聞かせてもらおう。俺のことは、どのように思っている?」
「どうって…」
まさかマーカスから話題を振られると思っていなかったアメリアは、演技が抜け落ち素直に思ったことを言った。
「…眉目秀麗で、剣術にも長けていて、執務も滞りなくこなされる、完璧な方だと。まさに雲の上の存在で、私などが関わることは無いと思っておりましたが…」
「が?」
「今日このようにお話することが出来、少しイメージと違ったと言いますか…いやっいい意味で!や、柔らかいと言いますか…上手く言い表せませんが、とても…とても素敵な方だと改めて思いました。」
「…っ」
マーカスの目を真っ直ぐ見て本心を告げると、マーカスが息を飲んで顔を赤くした気がした。
「…ルーンベルト嬢、貴女は俺と結婚したいとお思いか?」
アメリアはハッとしてすぐさま演技モードに切り替わる。
「エエ!モチロンですワ!」
「うっ…ごほんっ…いや、では質問を変えよう。」
「?」
「俺と結婚する女性は幸せだと思うか?」
不意な質問に一瞬思考が停止する。
「え…?え、えぇ、そうですね……王太子妃になるのですから、責任もあり手放しに幸せとは言えないでしょうが……?…っ、……いえ……こんな、こんな素敵な殿下に愛され結婚できる方は…やはり幸せだ、と思います。」
アメリアはマーカスの隣に誰かが並ぶところを想像すると、胸の当たりが少し苦しくなった気がした。
「…そうか。」
アメリアの答えを聞いてマーカスの口角が満足気に上がる。
「では、貴女の望み通り、俺はルーンベルト嬢を婚約者とすることにする。」
「え」
「ではルーンベルト嬢、こちらへ。2人で話がしたい。いいかい?アイク?」
「えぇ、もちろん。どうぞごゆっくり。ただし部屋に2人きりはいけませんよ。」
「お兄様!?」
何故かアイクは当然のようににこやかに頷いた。
そのままアイクに苦笑いで頷いたマーカスに手を引かれ、訳の分からぬまま別室へと促される。
「えぇぇえぇぇええええ!?!?!?」
アメリアの令嬢らしからぬ叫びが会場に響いた。
大広間の扉が閉まり、護衛はついているが、2人きりで人気のない廊下を歩く。
アメリアは訳の分からないままマーカスに付いて行っていた。
「…この夜会を開いた甲斐があった。おかげで面白いものが見れた。」
「…!?え、お、王太子殿下はこの夜会に乗り気でなかったのでは…!?」
「?なんだその情報は?むしろ主催者だが?」
「は!?!?」
信じられない言葉がマーカスの口から出てきた。
(こ、硬派だからこんなお見合いのような夜会は好まれないと思ってたのに!実はとんでもなく軟派……!?)
「俺は軟派な男ではない。」
(心を読まれてる!?)
「正確には、主催者は俺だが発案者は父と母だ。その案に俺が乗った形だ。」
「………………」
マーカスは一度ため息をついてから、立ち止まりアメリアを見つめた。金色の瞳に見つめられ、アメリアの心臓がドキッと跳ねた。
「……ルーンベルト嬢、貴女と婚約したかったから、俺はこの夜会を開いたのだ。」
『殿下の中では決まっているかもしれないしね。』
アイクの言葉が頭によぎった後、アメリアの思考が完全に停止した。
□□□
この国の高位貴族の子息は、13歳になると2年間騎士団の訓練に参加する。心身ともに鍛える目的だ。
王族も例に漏れず訓練に参加する。忖度なしでいっしょくたで扱かれる。
もちろん既に専属の護衛はついているので誰よりも強くなる必要はないが、護衛対象がどうしようもなく弱くて危機回避能力も鍛えられていなければ、何かあった時に対処しにくい。自身を護るため、護られるためにも訓練参加は必要なのだ。
しかし必要とわかっていても、辛いものは辛い。
マーカスが訓練に参加しだした頃、同じ頃に訓練に参加しだしたルーンベルト侯爵家のアイクとはすぐ打ち解けた。話しているうち、アイクには妹がいることも知った。マーカスには、姉と、年の離れた弟がいる。訓練の合間にアイクと他愛もない話をするのが楽しかった。
慣れない環境に厳しい訓練。王太子といえども、13歳の少年にはサボりたい気持ちも出てくる。
ある日休憩中にそっと訓練場を抜け出した。
王宮の敷地は知り尽くしている。するすると抜け道を抜けていき、生け垣の隙間から開けたところに出ようとすると、見知らぬ少女が芝の上に座っていた。
(女の子だ!女の子がいるっ!?しかも可愛いっ!)
思わず見惚れていると、エメラルドのようなその瞳は潤んでいることに気づく。プラチナブロンドの髪を風で揺らしながらじっと地面を見つめている少女は儚げで、どうにかしてやりたい衝動に駆られた。
タイミング良く自分は騎士服(正しくは訓練生のだが)を着ている。可愛い女の子を目の前にして、ちょっと格好つけたくなった。
「…失礼、ご令嬢。ご令嬢のような可愛らしいお顔に涙は似合いませんよ?」
少女の側に跪き、どこかで聞いたことのあるようなキザなセリフを口にしてみた。
少女は、ぽかんと口を開けてマーカスを見ていた。
(しまった、やらかしたか…!?)
マーカスの背中を冷や汗が伝う。早くも自分の言動を後悔していると、少女が口を開く。
「ルーファスみたい……」
「え?」
「あ!いえっ……騎士の方たちはやはり素敵な人たちなのですねっ…!」
「え??」
どうやらあのキザなセリフはこの少女に響いたらしい。
「……騎士が好きなの?」
「あ、えっと…騎士というか…強い男の人って憧れます!守ってもらえるって素敵ですよねっ!」
「…………………………じゃあ、ちなみに、王子は?」
「王子様?王子様ももちろん素敵です!……でも私は騎士様の方が好みですっ」
少し浮ついたマーカスの心に見事に突き刺さった。
「そう、か、騎士か……」
※この頃、アメリアは巷で人気の、ルーファスという騎士がヒーローの恋愛小説にハマっていた。
少し冷静になり、今更だが少女が何故こんなところにいるのか疑問が浮かぶ。
「どうしてこんなところへ?」
「え、えっと、お父様と一緒に来たのですけれど、お兄様に会いたくて探していたら……その…」
「迷ったの?」
「うっ…………はい……」
あぁ、それで、
「それで泣いてたのか」
「なっ…泣いておりませんよ!休憩していたこの場所が気持ちよかったもので少し欠伸が出てしまいましたのっ」
(嘘つき…)
あの時の表情は欠伸なんかではなく明らかに泣いていた。それを必死にごまかすこの少女が微笑ましかった。
「そういや、きみのお兄さんって――――――」
「アメリア!迷子になったと父様から聞いて心配したよ!休憩中で僕も探せたけど、こんなところにいたのか…………あ!?でっ……」
「!アイク!!(しーーっっ)」
突如現れたアイクが『殿下』と言いそうになるのを慌てて止める。なんだかこの状況でこの少女に自分が王太子だとバレるのが嫌だった。
「お兄様ーー!!」
少女はアイクを見つけるとすぐに駆け寄って抱きついた。アイクの妹だったようだ。並んで見ると、確かに似ている。
「アメリア、こわかったね。これからは一人で父様から離れてはいけないよ。」
「はい、ごめんなさい……」
優しく少女を撫でながらアイクが宥めている。少し羨ましいと思ったことは秘密だ。
「……そして貴方も。まさかこんなところにいらっしゃるとは……。皆さん探しておられますよ。」
アイクはじとりとした目でこちらを見る。それでもマーカスの意図を汲んで『殿下』と呼ばずに会話してくれている優しい友人だ。
「少し休憩していただけだ。偶然おまえの妹に出会ったが。…すぐ戻ろう。」
「…妹の相手をしてくださっていたことには感謝します。」
「うん」
「……………………話していただけ、ですよね?」
少女を抱き込みながらアイクがさらにじとりと見つめてきた。
「もちろんだっ!」
「この方はお兄様のお友だちなのですねっ!楽しくお話してくださいましたっ!」
アイクの腕の中からぴょこりと顔をあげて少女が嬉しそうに顔を綻ばせる。…うん、可愛い。
「それは良かったねアメリア。でも僕達はそろそろ訓練に戻らないといけないんだ。父様のところへ戻ろうか。」
「はい、お兄様」
「でん…貴方は、すぐに訓練場へ戻ってくださいね。皆さん心配してらっしゃいますよ。僕は妹を送ってから戻ります。」
「…わかった。」
「……心配?あ!もしかしてこの方も迷子だったのですか?」
少女のとんでもない勘違いに目玉が飛び出るかと思った。
「断じて違うっっっ!!!息抜きに静かなところを求めていただけだっっ!……っ戻る!!」
爆笑しているアイクをひと睨みして、踵を返し訓練場へと戻った。
「強い男、か…」
(……訓練、真面目にがんばろう。)
マーカスはこの日以降サボることなくしっかりと訓練に参加したのだった。
15歳になって、正式に王太子としてお披露目があった。マーカスは視線を巡らせすぐルーンベルト一家を見つけた。
アメリアは2年前よりもさらに可愛くなっていた。
そして後日、アイクから「アメリアが殿下のことをかっこいいと言っていましたよ」と聞き、マーカスは内心飛び上がって喜んだ。
アメリアはその時マーカスを初めて見たと思っていて、2年前に話したことがあるとは思っていないし、そのことも忘れていた。
マーカスは、これはいけるかもしれない、と思い、アイクに、それとなくアメリアは王子と騎士どっちがいいかきいてみてもらった。結果は、
やはり騎士だった。
(何故だ………っっ)
マーカスは絶望しかけたが王太子メンタルで乗り越える。
自分は騎士にはなれない。だが、騎士のように強くなることはできる。
―――――――よし、騎士団といっしょに鍛錬しよう。
そこからマーカスは騎士団にばかり入り浸るようになってしまった。
もしかしたらアメリアが騎士団を見に来るかもしれない(訓練は一般の人も見学することができる)という下心と、騎士団からアメリアと親しくなる輩がいないか随時探るというちょっとアレな気持ちと共に。
※この頃のアメリアは、一度は王子もののブームを経たものの、再び騎士ものの恋愛小説にハマっていた頃だった。
□□□
気づけばアメリアはマーカスと向かい合って貴賓室のソファに腰掛けていた。アメリアの前には侍女が用意したであろうお茶まである。
(ど、どういうこと、どういうこと…!?)
止まっていた思考をなんとか回転させる。
「ルーンベルト嬢、落ち着いたか?」
(全く!!全く落ち着いてられないわ……っっ)
それでも何か話さなければとアメリアは口を開く。
「で、殿下は、もともと私と婚約をされたかったと…?…な、な、ならば、このような夜会を開かずとも正式に家を通して申し込んでくだされば…」
「したんだよ。」
「え?」
マーカスが悔しげに顔をしかめる。
「したんだよっ!正式に!婚約の申し込みを!だがあの親バカ侯爵に断られたんだっ!」
「……………………。」
「…………………………。」
身体中からどっと汗が噴き出したのがわかった。
(お父様ぁぁぁぁぁ!?)
「…はぁ。王家からの婚約の申し込みを即日で断るなど、とんでもないことをしてくれる。何かの手違いかと思いもう一度使者を送ったが門前払いだった…。ルーンベルト卿は、仕事は驚くほど出来る方だが、ルーンベルト嬢のこととなると周りが全く見えなくなるらしい。」
(お父様、なんてことを…!!不敬罪などに問われなかったことが本当にありがたいわ…)
アメリアは冷や汗が止まらなかった。
「しかも、ルーンベルト家には王家の他にも婚約の申し込みが多数きていたらしい。まぁ侯爵が全て握り潰していたようだが。だが、申し込みが絶えない事実は変わりない。俺としてもこの夜会はどうかと思うところもあったが、侯爵にも他の家にも口を挟ませない最終的な手段だったのだ。…いや、他の家の令嬢たちには申し訳ないことをしたが……」
「そ、そこまでせずとも…」
「貴女が他の男に取られる前に俺にしか使えない権力を使うことにしたのだ。……自分勝手なことをしていることはわかっている。だが、どうしても、……っ」
「…っ!」
じっと乞うように見つめられ、アメリアの胸が高鳴る。だがマーカスが何故そこまで自分のことを想ってくれているのかわからなかった。
「な、何故そこまで私のことを…?」
「俺は、貴女のことをずっと前から見ていた。初めて会ったのは、実は子どもの頃で…俺がまだ訓練を受けていた頃だった。貴女は覚えていないだろうが…。アイクの妹だということもあり、貴女のことはよく目にしていた。そしていつしかアイクではなく貴女を先に探すようになっていて、気づけばどうしようもなく惹かれていたのだ。」
(そんなことを、思ってくださっていたなんて…っ)
マーカスの真っ直ぐな告白とも言える言葉を聞いているうち、顔がどんどん熱くなるのを感じた。
今アメリアの中にある感情は、間違いなく”嬉しい”だった。
しかしアメリアは、さっきまでの自分の演技中の態度を思い出し慌てた。
「あ、で、でも、私は、その、グイグイいくタイプで…殿下は好まれないのではないかと、思っておりました…」
「いや、演技だろう?ずっと見てきたし貴方の本来の性格は知っているつもりだが。」
「ずっと見…!?…って、えっ!?演技だと、いつから…」
いつから気づいてたのだろうか、と血の気が引く。
「挨拶後の一言めの会話から演技だとすぐわかったが?」
そしてマーカスは思い出したのか笑いを堪えきれず肩を震わせていた。
「………………………………………。」
(…つまり、)
最初から、である。
(え、恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!殿下にまとわりつくような言動も演技だと気づかれてた!恥ずかしすぎるっ!数時間前に『幕が上がるわよ。』とか意気込んでた自分がいたたまれないっっ。こんなことなら普通にしていたらよかったっ!でもでも私ってそんなに演技下手かしら!?!?)
※底辺である。
首まで真っ赤にして堪えられず顔を両手で覆って俯いた。青くなったり、赤くなったり忙しない。
ちなみに、今日だけあの態度をとったところで、これまでの夜会でのアメリアを多くの人が知っているので意味が無いことに本人は気づいていない。そもそもアメリアは、これまでも自分がそこまで人々から注目されているとも、ましてやマーカスにしっかり覚えられているとも思っていなかった。
ちなみにアイクはマーカスの長年の思いも知っていたので、アメリアのぬるすぎる作戦にあえて口を出さなかった。あそこまで大根だったことは計算外だったが。
「最初は驚いたけどな。くくっ…。でも面白いし、逆手に取らせていただいたよ。ルーンベルト嬢は、俺と婚約したいんだよな?」
「あ……」
さっきまで自分から「婚約したい婚約したい」と言い迫っていたことを思い出しアメリアは羞恥に悶えた。
「演技は面白かったが、一生懸命迫って来る貴女は非常に可愛らしかった」
『可愛らしい』の一言に顔から火が出る。
「だが、」
マーカスの顔が少し曇る。
「騙すように言質を取ってしまったことは申し訳なく思っている。俺の勝手で貴女に重い責任を負わせてしまうことにもなる。それに…………もし、もし貴女に既に決めた人がいるのなら、この婚約もなかったことにもできる。」
「いません!そんな方!は、いません………」
「本当に?」
「ほ、本当です!」
「だがあの演技は俺の嫌いな部類の女性を演じたものだろう?俺との婚約は嫌なのではないか?」
「…それは…」
決して嫌ではない。嫌ではないが、現実に起こるとは思っていなかった。
何故あのようなことをしたのか、の理由を述べようとするととても恥ずかしい。だって覚悟が出来ていなかっただけという何とも子どもっぽい理由なのだから。
「ち、父がまだ嫁いで欲しくないと……」
「その理由は大いに想像できる。だがそれは侯爵の意思だ。…貴女の気持ちを聞かせてはもらえないか?」
「私は………」
金色の瞳に見つめられ白状するしかない。
「私は、お相手どうこうよりも、まだ婚約そのもの自体への覚悟ができておりません……でし、た…」
「…と、いうことは?」
マーカスの目が期待で光る。
「殿下が嫌、ということは決してございません…」
「だから?」
「……っっ」
ここでこの婚約に頷けば、人生が変わることはわかりきっていた。教育だってあるだろうし、もちろん王太子妃、後に王妃というとてつもない重い役割を担うことになる。
しかし――――――――
「私でよろしければ……喜んでお受け致します…っ」
ぐるぐると考えたがずっと密かに憧れていた殿方から本当に求婚されたら、いくらアメリアとて陥落だった。
婚約をしたくないと息巻いてグイグイ演技をしたら、見事に捕まってしまった。
アメリアからの返事を聞いたときのマーカスの顔は今まで見たことのない満面の笑みで、背後には薔薇が咲いたようだったという。(侍女談)
帰った兄妹から嬉し恥ずかし報告を受けた父が、「だから欠席したかったのだぁぁぁ」と怒り狂いながら号泣したことは、言うまでもない。
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