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終わった恋の理由

作者: 葉桜

 私がラーメンでむせこんだのは、けっして酢を入れすぎたわけではない。偏食の私はなににでも酢をかけるが、このときばかりは酸味を感じなかった。


 仕事帰り、同僚の女の子に誘われラーメン屋に寄った。予定があるわけではないし、一人暮らしなので夕飯にちょうどいいと思った。


 その子と私はわりと仲がよく、顔を合わせれば趣味の洋画の話題で盛りあがった。彼女には他にもっと仲のいい子がいるのになぜ誘われたのか疑問に思うところはあったが、明るくだれとでも話せる子なので、たまたま帰り道が一緒だった私に声をかけたのだろう。しかし彼女にはちゃんとした目的があった。


「なんで高木さんと別れたんですか?」


 それは一年前まで付き合っていた先輩の名前だった。


 高木さんは私の入職当時、教育係をしてくれた先輩だ。仕事のできはまあまあだったが、柔和で人当たりのいい人だった。彼からの強いアプローチに私が折れる形で交際は始まった。付き合ってみると、柔和なわりに束縛が強く、話も他人の噂話ばかりでつまらなかった。それだけなら我慢できたが、彼は交際を職場に公表したいと言った。私は嫌だと言った。職場恋愛や私たちの交際に否定する人もいるだろう。彼がしていた噂話の内容が自分たちの話題になるなんて、耐えられなかった。けっきょく、それが原因で別れた。私たちが交際していたことは、無論私は口外していない。彼は公表していないのか、公表したけどどこかで止まっているのか、私の耳には入ってこなかった。


 しかし、同僚の彼女が知っているということは、少なくとも彼女には言ったということだ。


 とりあえず別れた原因として、束縛が強いこと、他人の噂話をすること、私の意見をきかず交際を公表したいと言い続けたことをあげた。


 私と高木さんが交際していたことを、彼女はどう思うのだろう。そしてなぜ彼女がそれを知っているのだろう。


「へー、そうなんですかー。あ、大丈夫ですよ。私、偏見とかしないんで」


 少し安心したあと、彼女は衝撃的な事実を告げた。


「私、高木さんと付き合ってるんです」


 脳みそを根こそぎ引っこ抜かれたようだった。それでも思考は続く。


 別れてからもしばらくは、私と寄りを戻したいとたびたび迫っていたのに、一年後に、しかもまた職場恋愛で、さらに元恋人と仲のいい同僚に手を出すか? 聞いてみれば、アプローチの仕方は私のときとまったく一緒だった。


「ごめんなさい」


 彼女は満面の笑みで言った。


 ラーメンを完食した私たちは駅の方向が逆なのですぐに別れた。


 素直で嘘のつけない彼女だから高木さんと交際していることをうちあけてくれたのだろう。きっとそうだ。


 だがしばらくすると、引っこ抜かれた脳みそが徐々に戻ってきたかのように、違う思考が生まれた。


 ごめんなさいと謝っていたけど、本当に悪いと思っていたらなかなかうちあけられないものではないだろうか。しかし彼女はにこにこと笑っていた。わざわざどうアプローチしてきたかも話した。あなたが乗りこなせなかった男を、今私が乗りこなしているのよ、とでも言いたかったのだろうか。


 べつに元彼と寄りを戻したいわけではないが、言いようのない感情が胸にうずまいた。


 彼女は彼とどんな話をするのだろう。素直に好きなものの話をするのだろうか。そういえば、彼を他人の噂話ばかりすると悪く言っておきながら、私は自分のことを素直に言えなかった。興味がないかもしれないと洋画の話を避け、変な目で見られたくないと食べ物に酢をかけなかった。もう少し自分をさらけ出していればもっとうまく付き合えただろうか。


 いや、言えない交際という時点で周りから理解や協力を得られない。けっきょくのところ、長く続くわけがなかったのだ。まだまだ偏見があるこの世の中、私には自分をさらけ出して生きる勇気はない。


 私が交際を公表したくなかった理由、それは私たちが男同士ということだった。










END


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