妖月 3
宵闇が俺たち3人の命を狙っている?
こっち側から回廊を広げ、奴の領域へ入り込む?
白妙の言葉の意味が分からず・・・いや言葉の意味は理解できるが、それがどういう事なのかがわからず、俺は混乱した。
「宵闇は光弘の深層意識のどこかへ巣食い、黒霧を放出しているのだ。霧は光弘と心の糸が繋がる者を探り当て、糸を伝って回廊・・・つまりは出入口となる細い道を作る。そして、光弘に絶望を与え、相手へ向かって強い想いを放つように仕向けるのだ。放たれた想いの激流で一時的に太くなった回廊から、宵闇は獲物へ手を伸ばし仇をなしている。」
光弘が顔を真っ青にし、瞳を震わせている。
「お前たちは既に回廊で繋がれている。お前たちの方から激流を作ることで、回廊を利用し奴の元へたどり着くことができるはずだ。」
白妙の声が消えると、光弘の浅く早く繰り返される呼吸と、絞り出すような乾いた声が心に突き刺さるように響いた。
「あの夢は・・・・・あの夢が、みんなを?」
「夢ではない。・・・・・夢ではないのだ、光弘。」
白妙が静かに声をかける。
いたわるように柔らかな声音なのに、俺にはまるで罪を吐き出し、苦しみに満ちた声に聞こえた。
「お前、悪夢の中で、そこが現実ではなく夢の中だと理解していたのではないか?」
光弘は身体を震わせたまま動かない。
「本物の夢であれば、夢の世界であると理解したその時から、そこは自らの意のままに操れる自在領域となる。血を吐くほどの思いで願う主の望みを叶えぬ夢など、ありはしない。お前は幻覚を見せられていたのだよ。」
光弘に伝える白妙の瞳は、哀しみに濡れていた。
「お前たちが執護の道を選ぶかどうかは別として、私はこれをお前を宵闇から解放する好機と考えている。執護の力が行使できれば、お前たち自身も身に宿る力を使い、その身を守ることができるからな。」
「では・・・・・・。」
みずはが、ハッとした表情で白妙を見つめる。
「ああ。"縁中て"を行う。」
「えにしあて?」
俺の問いかけに白妙が口を開きかけた時、どこからともなく透き通るような青い蝶と銀色に輝くトンボが1匹ずつ姿を現した。
「秋津・・・・?」
都古が顔色を変え、こぼれるほど大きく目を見開いた。
二匹の羽はボロボロに崩れ、羽ばたきもぎこちなく、ようやく宙に浮いているといった様子だ。
蝶とトンボはお互いがかばい合うように重なり合いながら、都古の足元へ落ち、砕けて塵となった。
「嘘・・・・だ。」
都古の尋常ならざる様子に、居合わせた全員が神経を尖らせる。
「開眼!退け!」
都古は印を組み、悲鳴のような叫び声を上げた。
声が響くと同時に、影の中に大きな目が現れ、そこから背に蝶の羽を持った手のひらに乗るくらい小さな少女が飛び出してきた。
少女は二本の指で光弘を指さした。
少女の指先から、輝く細い糸が吐き出され、光弘の中に吸い込まれていく。
糸が止まりピンと張り詰めた瞬間、少女は素早く指先を引き寄せた。
光弘の周りにどす黒い霧が揺らめく。
突然、光弘の中から小さなつむじ風が吐き出され、中から一人の青年が投げ出された。
「秋津!!」
都古は蝶の少女とともに、青年に駆け寄った。
青年の目はどこも見ていなかった。
傷だらけの顔と身体。
顔を寄せるとかろうじて薄く呼吸をしているのがわかった。
青年の命の灯が消えかかっているのは、誰の目にも明らかだった。
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秋津と呼ばれた青年を目にした光弘の頭の中に、たった今聞いたばかりの白妙の話が繰り返し打ち寄せていた。
『光弘と心の糸が繋がる者を探り当て・・・・・・』
『光弘に絶望を与え、相手へ向かって強い想いを放つように仕向けるのだ。』
『放たれた想いの激流で一時的に太くなった回廊から、宵闇は獲物へ手を伸ばし仇をなしている。』
光弘の中を凍てつくような恐怖が満たしていく。
光弘はこの青年を知っていた。
夢に現れ、自分を守ってくれた人だ。
自分は彼をとても大切に想っていた。
悪夢から彼を解放したいと、強く強く願ってしまった。
バラバラだったはずの欠片が、残酷な結末を描くパズルのピースとして繋がっていく。
夢の中で出会った彼も、宵闇の獲物として例外ではなかったのだ。




