妖月 1
白妙、久遠、翡翠の3人は、目くばせをした。
翡翠が小さな鳥居にむかい、呼び掛ける。
「朱華、うすらい、みずは、たまより、社、颯。参られよ。」
名を呼ばれ、次々と神妖が姿を現し始めた。
白妙を含め9人の神妖が集まったところで、久遠が印を組んだ。
「閉じろ。」
久遠が唱えると同時に、俺たちは取り囲むようば静けさに一瞬で包み込まれた。
「降ろせ。」
今度は、久遠を軸に透明な壁のようなものがドーム状にどこまでも広がっていく。
俺たち以外の神妖の姿が壁の内側から全て消えた。
木々や草花でさえ動きを止めたようだ。
「さて、まだ挨拶の済んでいない者もいるのではないか。」
「はいはーい。ボク、まだだよ。」
白妙の問いに一人の少年が手を上げる。
「颯か・・・・・久しいな。」
「まあね。ボク、じっとしてるの苦手だから。ここに来るのも50年ぶりくらいかも。」
颯と呼ばれた少年姿の神妖は、ニッコリ笑って首をかしげた。
癖のない白髪がサラリと流れる。
薄い紫色の瞳で俺たちを興味深げに見つめながら、颯は自己紹介を始めた。
「ボクは、颯。妖月以外の神妖たちには”放”って呼ばれてる。君たちが彼呼迷軌が選んだ執護の卵たちだね。ボク、彼呼迷軌にはよく立ち寄っているんだ。これからよろしくね。」
颯が話し終えると、その後ろから透き通るような美女が控えめに声を上げた。
「さきほど一度お会いしましたね。うすらいと申します。皆には”冷”と呼ばれております。以後お見知りおきを。」
「あ!綿氷の!」
身に着けている服と雰囲気が大分違っていて一瞬気づかなかった。
よくよく見てみると、さきほど綿氷を撃っていた屋台の店主その人だ。
「あの、質問してもいいですか?」
「もちろんだ。遠慮はいらん。」
白妙が優しい眼差しで返してくれる。
白妙と俺のやり取りを他の神妖が少し驚いた様子で眺めてくるのが落ち着かなかったが、俺は気になっていることを質問してみることにした。
「さっき言っていた、妖月ってなんですか?」
俺の質問に、颯が爽やかな笑顔でうなずいた。
「妖月っていうのはね、現在は、白妙、海神、加具土命、社、たまより、うすらい、朱華、みずは、そしてボクのことを指すんだ。神妖は力の強さに分けて「悠」「界」「達」「至」「凡」という5つの階級でわかれている。だいたいの目安で言うと、神妖のほとんどは凡、凡100万の能力をもつ者が至、至1万の能力をもつ者が達、達100の能力をもつ者が界、界全員を合わせた力と同等以上の力をもつ者が、悠と呼ばれてる。妖月は界以上の神妖の集いのことなんだ。」
ピントこないけど、とにかく凄く力の強い神妖たちの特別な集まりってことなんだろう。
俺は颯にお礼を言って、もう一つ気になることを聞いてみた。
「呼び名が2つあるのはなぜですか?俺たちは何て呼ぶのが正解なんだろう。」
「確かに。俺らの世界じゃ神様だったりするわけだから、様つけて呼ぶが正解なのかもな。」
俺と勝の言葉に光弘がうなずく。
白妙が横目でこちらをみながら、面白そうにフッと笑った。
「なんとでも好きに呼べ。敬称などいらん。お前が私を白妙と呼べば私も同じようにお前を呼ぶ。それだけのこと。」
白妙の悠然と構えている様に熱い視線を送りながら、海神が口を開いた。
「我らの呼び名が2つあるのには理由がある。神妖の名は、生まれた時に魂に刻まれているのだ。その名を口にするということは、魂に触れると同じこと。力弱き神妖が強すぎる魂にふれれば、たちどころにその存在は呑まれ、儚くなってしまう。そのため、神妖は我ら妖月をもう一つの名で呼ぶのだ。人の子は影響を受けぬから安心するがよい。」
まさか、神妖たちが彼らをもう一つの名で呼ぶことに、そんな恐ろしい理由があったなんて。
俺たちが驚いて顔を見合わせていると、翡翠が光弘に視線を送りながら口を開いた。
「そうそう、お伝えするのが遅くなりましたが、ここは久遠の張った結界の中ですから、他の神妖は一切干渉することがありません。私の見立てではその癒もかなりの力を持っているようですし、皆さん、いつも通り安心してお話いただいて大丈夫ですよ。」
光弘はハッとした様子で翡翠を見つめた。
恐らく翡翠は、光弘にここでなら話をしても大丈夫だと暗に伝えているのだろう。
つまり、翡翠は光弘が何か不思議な力を持っていることに気づいている。
気づいたうえで、あくまでも光弘が自分から俺たちに何かを伝えるまでは、そっとしておこうとしてくれているのだ。
「結界と言えば・・・・だ。」
加具土命が目を細め、いぶかし気に久遠を見つめた。
「お主の結界であれば、簡単なものであっても儂とて破るには手を焼く。それを神凪社まで降ろすとは、用心が過ぎるように思えるが。久遠・・・・・お主、何をそんなに恐れている。妖月を開いたことに関係しているのではないか。」
久遠が美しい顔を辛そうに歪め、静かに白妙に視線を送った。
白妙は久遠の視線を受け、小さくうなずくと、腕を組んで力なく視線を下へ落とした。
「・・・・・・宵闇が・・・・・・生きているのかもしれんのだ。」
ふいに放たれた白妙の言葉に、その場の空気が凍り付いた。




