光弘の物語>葛藤 3
都古に案内されてやってきたこの見知らぬ世界で、不思議な出来事に心をゆさぶられながらも、俺は不思議に思っていた。
都古はなぜ突然ここへ俺たちを招いたりしたのだろう。
都古の目的が何なのか分からず、俺は戸惑いを覚えた。
だがそれでも、今朝出した答えが変わることはない。
悪夢の中の青年を解放し、真也たちを巻き込まないようにするには、俺が悪夢を受け入れ、誰にも近寄らなければいい。
迷うことは何もなかった。
それなのに、そんな俺の心をこの世界は妖しく揺らし始めた。
水端の門をくぐり、雪みたいな白い階段を滑るように移りながら、俺は姉さんのことを思い出していた。
俺はどうしようもなく高いところが苦手だ。
姉さんはそんな俺でも楽しめるような場所を探し、色々な所へ連れ出してくれた。
中でも特に、あるテーマパークの暗がりを走るジェットコースターは、俺のお気に入りになった。
真っ白な眩しい世界の中で、なぜかその時の高揚とした気持ちが鮮明に湧きあがってくる。
水端をくぐり、次に訪れた命逢という世界。
柔らかに色づくこの世界は、俺に大きな動揺を与えた。
都古の手に乗る小さな生き物から、なぜか目が離せない・・・・・。
鎖骨に刻まれた印が・・・・・熱い。
独りになることを決めた俺にとって、この出会いは残酷なものでしかなかった。
かといって、放っておくことなどできるはずがない。
白妙から渡された綿に液体を含ませ、俺は癒と呼ばれている小さな生き物の傷口に静かに当てた。
その瞬間立ち上った白い煙と、こわばった癒の身体に驚いた俺は、思わず声を上げてしまった。
「痛むのか!?」
俺が言葉を口にした途端、鎖骨の印が熱くうずいた。
癒が俺と一緒にいたいと強く願っていることが印を通して流れ込んできた。
哀しい想いが一気に膨れ上がり、俺の胸の中をふさいでいく。
きっと、俺の声が持つ忌まわしい力が、癒の心を惑わせてしまっているのだ。
「異界で生きる者の中に、まれにだが、契約を交わし主従関係を築く者がいる。己の主を守り抜いて一生を添い遂げる道を選ぶ者だ。癒が君の元へ行こうとするのは、その契約を望んでのことだろう。」
久遠の話に耳を傾けていた俺は、その言葉を聞いた途端、心の中が凍てついていくのを感じた。
「それは・・・・・・こいつを俺に縛り付け、死ぬまで俺のことを守らせる。そういうことですか。」
俺は久遠に問いかけた。
この能力が、癒の全てを俺に縛りつけてしまう。
俺は自分を許せなかった。
だが、久遠に代わって俺に向けられた白妙の言葉に、俺は自分が間違えていることを思い知らされた。
「一つ。神妖との主従契約・・・・・これは、我ら神妖から請われた者のみが可能とすることだ。人が我らに求めて叶うというものではない。二つ。この命逢は、強固な力によって護られている、ここにいる神妖が他世界からの干渉を受け洗脳される心配はない。・・・・・お前ならば、これが何を意味するか分かるだろう。」
白妙が何を言いたいのか、俺にははっきりと分かった。
ここで暮らしている癒は、俺の能力を含め、誰かによる洗脳などの影響は一切受けていないと言っているのだ。
誰の干渉も受けていない、癒だけの強く一途な願いなんだ・・・・・。
「癒の願いを聞き届けるか否か、その選択権はお前にのみある。他の者がかかわれる問題ではない。ただ一つ、私の名に誓って言う。主を定め契約を乞う時、我ら神妖はその者に魂をかけて尽くすことを狂おしいほど強く望んでいるのだ。それだけは忘れてくれるな。」
白妙の言葉は聴いていて苦しくなるほど、切なさに満ちていた。
だが・・・・・あの悪夢は癒を見逃したりはしないだろう。
俺が近づけば、きっと癒を傷つけることになってしまう。
どうしてよいか分からず、俺は癒を抱きしめたまま白妙を見つめた。
そんな俺を更に惑わせることが起きた。
いつの間にか、俺たちの左手首に、文字のような絵のような不思議な空色の文字が描かれていたのだ。
俺は息をするのも忘れ、目を見開いて固まった。
見れば、都古まで俺と同様に驚いている。
都古にとってもこれは予想外のできごとだったようだ。
俺に刻印されていた呪いの印とは違い、祓と呼ばれるこの印は、俺に小さな希望を与えてくれた。
彼呼迷軌の力を借りて使うこの刻印は何かを俺に縛り付けてしまうことはなかった。
しかもこの力は俺が言葉を口にしなくても、頭に思い描いた時点で能力を発動出来そうだった。
しばらく乗っていなかった自転車に久しぶりに乗ったような懐かしい感覚が全身に染み渡るように伝わってくる。
祓を夢の中で使うことができたなら、例え誰かが悪夢に囚われても逃すことができるのに・・・・・・。
守ることができるのに・・・・・。
そんなことを考えながら、癒を肩に乗せ祓で移動した俺は、真也の姿に目を止め、不確かな希望にすがろうとした自分を笑った。
今は考えるのを止めよう。
ありのままの自分で、思いのままに全てのものと向き合っていたい。
独りにかえるその時まで・・・・・・。
周りをぐるぐる走り回る勝と都古の姿を目で追っていた俺は、言霊を使わずに祓で移動してみた。
イメージさえしっかりしていれば、やはり言霊を使わずに移動できるんだ。
川の水をすくい上げ、真也の真後ろへ再び移動した俺は、恐る恐る振り返った真也の顔へ、手を水鉄砲にして思い切り水をかけた。
真也は今までにみせたことのない表情をして驚いている。
そんな真也と水をかけ合いながら、俺はどうしようもないくらい嬉しくて、楽しくて・・・・・それと同じくらい寂しかった。




