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光弘の物語>葛藤 1

 スイカを箱詰めする手伝いを終えた俺たちが、自転車に乗り、都古(みやこ)の案内でたどり着いた場所は、日頃から前を通ることのある住宅街の一角だった。


 自転車を止め、家と家の間に口を開けた暗い通路へと足を踏み入れる。

 数寄屋造(すきやづくり)りの門を前に、俺たちは足を止めた。

 見慣れたはずの場所にある見知らぬ物に、心の中が不安でざわめく。

 3人の顔を見回すと、それぞれ今まで見たことのない張り詰めた表情を浮かべていた。

 都古(みやこ)に至っては、俺たちを招き入れた本人のはずなのに、なぜか今にも泣き叫びそうに辛そうな表情で俺たちを見つめている。


 いつもならみんなの不安を笑顔で弾けとばしてくれる真也(しんや)まで、険しい顔をして何かを考え込んでいるようだ。


 「まっすぐ、私についてきてくれ。」


 俺たち一人ひとりの目を語りかけるように苦し気に見つめてから、都古は、重い足取りで門をくぐっていった。

 なぜあんな表情(かお)をするのだろう・・・・そんな不思議な気持ちで都古を目で追っていた俺は、驚いて息をのんだ。

 門をくぐった瞬間、都古の身体が水に溶けたようにかき消えてしまったのだ。

 振り返って(しょう)と真也を見たが、2人は全く気づいていないようだ。


 都古が辛そうな顔をしている理由や、真也が門の直前で足を止めているわけが、俺はなんとなくわかった気がした。

 恐らく、この門は何か特別なものなんだ。

 無事に通り過ぎることができなかった時、俺たちにとってよくない何かが起こるのかもしれない。

 でも・・・・もしそうだとしても、あんな表情(かお)をした都古をほっておくという選択肢が、俺の中にあるはずがない。

 それに、俺たちが傷つくような場所へ都古が俺たちを連れてくるとは思えなかった。

 だとすれば、きっとリスクを抱えているのは俺たちじゃない・・・・・都古だ。

 不安げにこちらをみつめる真也に力強くうなずいてから、俺は小さな門をくぐった。


 俺を包み込もうと妖しく絡みついてくる音の(とばり)を手でかき分けながら進み、俺は門の外へ出た。

 そこで俺の目に映ったのは、あまりにも現実離れした光景だった。

 見たことのない様々な姿をした小さな小さな生き物たちが、宙を泳いだり、飛び跳ねたり、走り回ったりしている。


 ・・・・ここは一体なんなんだろう。

 夢・・・・なのか?

 だとしたら、なんて鮮やかな夢なんだろう。


 俺はぼんやりと辺りを眺めながら、頬を思い切りつねってみた。

 あまりの痛みに心が現実へと引き戻される。

 やはり、夢ではないんだ。


 「おい。大丈夫かよ?」


 俺を気にかけてくれる勝に「ありがとう」と伝えたかったが、声を出すことができず、俺は代わりに小さく何度もうなずいた。

 小さな生き物たちが俺をかすめるたび、鎖骨にある呪われた印がほのかに熱を帯びる。

 そのことが、大きな不安の塊となって、俺ののどの奥をふさいでいた。


 門の影響をうけることなく、無事に合流できた俺たちだったが、突然声を上げて泣き出した都古を前に、パニック状態になってしまった。


 どうすればよいか分からず、俺は、過去に都古が自分にそうしてくれたように、胸に都古を引き寄せ、頭をそっとなでた。

 あの時、全てを包み込むような、痛みを流していくような都古の優しさに触れ、俺は温かい気持ちで満たされたのに、どうやら俺では都古のようにはできないみたいだった。

 涙を止めたかったのに、都古をよけいに泣かせてしまったのだ。


 どうしたらいいのだろう。

 こんなに泣いたら、都古の目が溶けてなくなってしまうのではないだろうか。


 ハラハラと透き通った涙をこぼし続ける都古を見つめ、戸惑っていると、今度は都古の両親だという2人の人物が、突然俺たちの前に姿を現した。

 その人の姿に、俺の目はくぎ付けになった。


 人・・・・・なのだろうか。


 さきほど目の前に現れた老婆も、都古の両親もだが、俺の目に彼らの姿は薄っすらと光を帯びているように映っていた。

 真也と勝が何も言わないところを見ると、どうやら2人と俺の見え方には少し違いがあるのかもしれない。


 都古の両親の案内で座敷に通された俺たちは、信じられないものを目の当たりにすることとなった。


 巨大な蛇と、突然姿を変えた白妙の正体に俺たちは言葉を失った。

 蛇を追いやる着物姿の美しい白妙(しろたえ)

 その容姿に、俺は見覚えがあった。

 真也たちが俺を助け出してくれた、あの冷たい雨の日に一瞬だけ姿を見せ、都古へ溶けるように重なり合って消えた人。

 やはり都古と関係のある人物だったんだ。


 白妙(しろたえ)と呼ばれたその人物は、ほんの一瞬、切れ長の瞳を細め俺に向かって微笑んだ気がした。

 2年前も、今も、白妙からは底の知れない何かを感じたが、時折見せる都古への眼差(まなざ)しや微笑みが優しさに満ちていて、俺は自然と頬が緩んだ。


 あの時、白妙は俺のことで本気で怒って、そして悲しんでくれた。

 この人の笑顔を見ることができて、本当によかった。

 

 以外にもいたずら好きな白妙が、勝と戯れる様子を見ながら、俺は心からそう思った。

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