都古の両親
目の前で突然泣き出した都古。
こんなことは初めてで、俺たちはめちゃくちゃ焦った。
「おーい。泣くなって。いきなりどうしたってんだよ。」
勝が狼狽しながら、自分のシャツの裾で都古の顔をゴシゴシこするが、都古の涙は全く止まる様子がない。
光弘は心配した表情で、都古の頭を横から胸に抱え、なでている。
もちろん、情けないことに俺もどうしていいかわからず、都古の腕を掴んでただなだめることしかできないでいた。
男3人集まってどうしてよいかわからずパニック状態だ。
そうこうしていると、再び暖簾が揺れ、都古の後ろから2人の人物が出てきた。
一人は着物姿の男性。
もう一人は女性で袴に似た造りの和服姿だ。
2人とも20代そこそこの年齢に見える。
俺は、息をのんだ。
2人は性別も髪型や体型も全く違うが、そっくりな顔をしていた。
俺にとっては見覚えのある顔。
都古の父さんだ。
しかも、あの時のまんまじゃないか。
あれから5年も経つんだぞ?
「みんな。本当によく来てくれた。ありがとう。」
都古の父は、やわらかく深く響く声でそう言うと深々と頭を下げた。
突然のかしこまった挨拶に俺たちが面食らっていると、もう一人の人物が肘で都古の父を小突きながら口を尖らせた。
「ちょっと。みんなドン引きしてますよ。そのお堅いところ、いい加減なんとかしてくださいな。」
同じ顔のその人物は、改めて俺たちに向き直ると満面の笑みを浮かべた。
「はじめまして、皆さん。私は翡翠と申します。そして、皆さんを固まらせてしまいました、こちらの堅物男が久遠。私たちが都古の両親です。今後ともどうかよろしくお付き合いくださいませ。とりあえず奥へ行きましょうか。さ、どうぞ中へ。」
完全に翡翠の空気にのまれたまま、ようやく泣き止んだ都古を連れた俺たちは、彼らが現れた暖簾の向こう側へと足を踏み入れた。
笑顔で手を振る老婆だけをその場に残し暖簾をくぐると、そこは大きな旅館の玄関のようになっていた。
「おじゃまします。」
俺たちは、靴をぬいで廊下に上がった。
歩く度に足元からキュンッキュンッと愛らしい音が聞こえてくる。
長い廊下の突き当りをまがり、縁側に面した部屋の障子を久遠がスッと開いた。
「うぉっ!?」
「・・・・・っ!?」
「ひぃいいいいいっ!な・・・なんで!」
目の前にさっきの老婆の姿が・・・・・。
俺と光弘は、驚きのあまり後ずさり、勝はひっくり返って目を白黒させている。
翡翠が笑みを浮かべている横で、久遠が「またか」という顔をして肩を落とした。
「白妙。私の友人をあまりいじめるな。」
都古が困った表情をして老婆をたしなめる。
白妙と呼ばれた老婆は、幼子のような高く澄んだ声で、楽しそうにコロコロと笑った。
「失敬失敬。お茶をご用意いたしましょう。こちらにお座りくだされ。」
俺たちは白妙にすすめられるがまま、座布団に座った。
巨大な木を切り抜いて作った木目鮮やかな座卓の上に、お茶菓子が次々並べられていく。
驚く俺たちの前に、いつの間に用意したのか、白妙が茶托にのせた湯呑を配っていた。
勧められ、恐る恐る湯呑の蓋をとってみる。
「いただきます。」
あ・・・・この匂い、桜餅みたいだ。
湯呑の中で花開く薄紅色の桜の花に、特別な記念日のお祝いをしている時のような華やいだ気持ちになる。
コクリと飲み込むと、お茶の温かさが、身体の内側から張り詰めた気持ちをゆるゆるとほぐしてくれている気がした。
一息ついた俺は、隣でなにやらぼそぼそと勝が光弘に話しかけていることに気づいた。
どうやら湯呑の蓋をどうしたものかわからない勝が、光弘に「どうすんだ?これ?」と聞いているようだ。
聞かれた光弘の方は、はじめ何を聞かれているか分からずキョトンとして首をかしげていたが、「わかった!」というようにコクコクうなずき、勝に蓋の置き方をジェスチャーで丁寧に伝えている。
微笑ましいそのやり取りに思わず頬が緩んだ。
平和だなぁ。
勝と光弘の、ほっこりさせられるやり取りをずっと見ていたい気持ちもあったが、あまりゆっくりしている時間はなさそうだ。
俺は両頬をパチンと手でたたいて気持ちを切り替えると、久遠と翡翠に意を決して向き直った。
「今日はおじゃまさせてもらって、ありがとうございます。俺、渡邉真也です。こっちの2人が、香坂勝と川名光弘。」
「どうもーっ。」
俺の紹介に合わせて、勝が軽いノリで、光弘は無言で深々と頭を下げた。
「単刀直入に聞かせてもらいます。今日、ここに俺たちを呼んでくれたのはなぜですか?」
俺の問いかけに、笑顔の翡翠が口を開きかけた。
だが、そこで何かに気づいたように縁側に向かって鋭い視線を向ける。
「申し訳ございません。どうやら新しいお客様がいらっしゃったようなのです。少しだけお待ちいただけますか。」
そう言って頭を下げてから立ち上がると、得体の知れない緊張感の中、翡翠は大きく障子を開けた。




