007 いまをいきる
よっ、はっ、とうっ!
こんなに走り回る赤ちゃん見たらみんな引くだろなぁ。
忍気を発動させているとはいえ、前世の15歳だった私よりも早く動いちゃっているからね。
あ、なんかこっちにくる気配がする。
目がエイリアンみたいに飛び出たカマキリっぽいフォルムの化け物。
なにあれ、怖い。
普通の女の子がこんなもん目の当たりにしたら絶叫もんだわ。
とりあえず岩の物陰に隠れてやり過ごそう。
この辺りが岩だらけで助かるわぁ。
私の小さな体だとすっぽり隠れられるしね。
しかしやっぱり便利だなぁアイレンズ。
実はこの迷宮結構暗くってさ、先がよく見えないのよ。
でもアイレンズのおかげで、赤外線レンズみたく先が見えるし、魔物の生体反応も事前にキャッチしちゃうわけよ。
私はもともと気配を消す訓練を受けていたから、人間から出る微細な音を出さないように気を付けながら生活をしていて、それが普通になってしまっていた。
だから、学校では私が背後から近づいても気が付く人がいなくて、みんなからは結構驚かれることが多かった。
ただ、乙羽だけはいくら気配を消していても絶対に気が付くのよね。
なんか、匂いを感じるらしいんだけど、私臭いのかなぁって結構落ち込んだ。
さて、もうさっきのカマキリは行ったみたいだね。
気が付かれなくて良かったわ。
スマコの案内ならこの通路を曲がった先が目的地のはずなんだけど。
おおぉぉぉ!
なんか明るくてかなり広い場所に出た。
真ん中に大きめの湖とその周りに木がたくさん生い茂っている。
そして、その木に果実が実っていた。
この辺り一帯での危険は……なさそうだね。
とりあえず、木の根元に落ちている果実をアイレンズでスキャンしてみた。
《メリドの実:メリドの木から成る木の実。甘く、栄養価も高い植物》
おぉ、栄養価も高くて甘いなんて凄くいいじゃん。
では、早速いただきます。
はむはむ。
う~ん、甘くておいしい。
歯がない今の私でも押しつぶして食べられるくらいに柔らかい。
しかもこの辺り一面にこの木が生い茂っているから、いくら食べても尽きることはなさそう。
結構いっぱい食べたなぁ。
おなかいっぱいで眠くなりました。
忘れてはいけない、私はまだ幼気な赤ちゃんそのもの。
普通、赤ちゃんは寝ているものだ……ということで寝よう。
寝て……大丈夫だろうか。
いや、もう限界っす……。
はい、おはようございま――す。
とってもぐっすり寝た気がする。
うん、相変わらずのベビーボディ。
寝て起きたらまたおなかが空いたので、メリドの実をしゃぶしゃぶする。
うん、うまうま。
スマコ、私なん時間くらい寝てた?
《日本時間でいうと、約37時間弱は寝ていたことになります。》
えぇぇええ?!
そんなに寝ていたの?!
その間、魔物の気配は?
《皆無です》
マジかぁ。
ここは魔物が寄ってこない安全地帯のエリアなのかな?
よく寝たからすっかり元気になったよ。
相変わらず、動かない体に忍気をまとわせて無理やりに動かす。
忍気の出力をフルスロットルで100だとするなら今私が出力できる最大スロットルが3スロットル。
これは今の0歳の体を一般高校生並みの身体能力で動けるくらいにする出力だ。
ただし、制限時間は5分間だけ。
とりあえずここには食べ物も飲みものもあるし、魔物も寄ってこないから比較的に安全地帯と言える。
体がある程度成長するまではここで過ごした方がよさそうだね。
うん、決めた。
――それからこのエリアでの生活が始まり、気が付けばあっという間に月日は流れ、私は推定5歳という年齢に達していた。
さて、ここでみなさんに問題です。
人間の5歳の小さな女の子が、木と木の間をピョンピョンと飛び越えながら移動することができると思いますか?
また、自分の体の何倍もの大きさと重量がある、巨大な岩を持ち上げることができると思いますか?
さらに湖の中に潜水して、その中で泳いでいる魚を素手で捕まえることができると思いますか?
答えはどれもイエス!
だって私が今実際にできているんだもん。
自分自身に「引くわ――」って思ったのが何百回あったことか……。
もちろん忍気という力を使ってのことだけど、そのおかげで今まで生きてこられたっていうのはある。
1歳くらいには歩けていたし、3歳くらいには忍気をある程度セーブしながら活動することができていた。
だからその空いた時間をひたすら修行に費やして、忍気の出力を上げる訓練を行ってきた。
忍気は使えば使うだけその能力は伸びるのだ。
今私が発動できる最大出力は20スロットルで継続時間は15分くらい。
前世で当時、最後に忍気を使えていた頃の7歳だった私は、せいぜい9スロットルの出力が限界だったけど、それでも当時は7歳で9スロットルという出力は天才的だと褒められていた。
それがこの世界では5歳で倍以上の出力だ。
まぁそれはもともと知識があったのと、このエリアでのサバイバル生活が活きたと思う。
木の上に生えているメリドの実を採るためには意地でも木に登る必要があったし、果実だけだと栄養が不足するから、意地でも湖の魚を泳いで捕る必要があったし、めったにお目にかかれない野鳥の出現に意地でも仕留めて焼き鳥を食べる必要もあったしね。
そうやって必死に生き抜くためにやってきたことが同時に忍気を磨いた。
そういえば、湖の表面に映る自分の姿はやっぱり5歳の時の私そのものだった。
それに、ちょっと恥ずかしい場所にあるこの小さなホクロの位置まで同じ。
スマコの話だと、当時5歳児だった頃の体と今の体は全くといっていいほどに同じ状態で、特別筋肉などが発達しているわけでもないらしい。
育った環境も違うのに不思議だよね。
このままではまた貧相な胸に……。
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