058 しと
あの拳を打ち付けた時の感触……それにあの指輪……間違いなくあれは転身機。
ぐふっ?!
い、いけない……毒と無理してフルスロットルを開放した反動でもう体が動かないわ。
最後に受けたあの毒が致死量を軽く超えているわね。
このままだと私は……死ぬ。
「はぁ……はぁ……はぁ……やって……くれましたねぇ」
くそ……仕留め損ねたわね。
最後のあの攻撃の時、転身機による保護に加えてこいつは自ら後ろに飛んで勢いを弱めていた。
それに加え、私の拳が毒針を打ち込まれたことで威力が半減し、致命傷を与えることができなかった。
「これは……見事なまでに内臓を破裂させられていますねぇ」
「……」
「このままではワタシの命まで危ういですね。しかし、あなたはここで息の根を止めておきましょう」
クリスはそう言うと、うつ伏せに寝ている私の背中を思いっきり踏みつけた。
靴の裏に仕込まれていたナイフが深々と体を貫く。
「……ゔぁっ?!」
「いい声で鳴くではありませんか……本当はもっと楽しみたいところでしたが、時間もありませんのでこれが最後です」
私の体に刺していた靴裏のナイフを引き抜き、再びそれを私の心臓めがけて振り下ろした瞬間に、クリスが吹き飛んだ。
「がはっ?!」
な……なに?
「アタシの大切な人に、一体なにをしているのかな、クリス」
「そんな、マイカ……様。今の魔法は……」
マイカ……なんで来るのよ。
黙って寝ていれば傷付かずに済んだというのに。
《サクヤ様、ご無事ですか?! 今すぐに回復を行います!》
スマコ……助かったわ。
あっちの方はもういいの?
《はい。正面側はあの日本人のお2人が対処され、あの後すぐに私が動かしていた分身体の元へマイカ様が現れましたので。その後は滞りなく鎮圧させました》
そう……すぐに現れたのね。
本当はアンタにそんな顔をさせたくないから私一人でやるつもりだったのにな。
「クリス、メイナの差し金なのかな? それともお父様なの?」
「それは……言えません」
「そう、あなたにはアタシが小さい頃からお世話になっていたわね」
「はい……」
「ずっとアタシの命を狙っていたの?」
「正確にはマイカ様が5歳の時に参加された魔動力測定の式典後からでございます」
「そう……アタシはずっと騙されていたのね」
「はい。ワタシはあなたを騙していました」
そんな顔をしないで……お願いだから……どうしてなのか、私の胸が締め付けられる。
「ここであなたを逃がせば、またアタシたちの命を狙うの?」
「ご命令がある限り……」
「そう……残念よ」
待って!
お願い!
それは私がやるから……アンタが手を汚すことはない!
スマコ、まだなの?!
《毒の解析に時間がかかっております。もうしばらくお待ちください》
くそ、くそ!
また私は肝心な時に……!
「火炎魔法、業火爆炎」
「っ?!」
マイカから放たれた巨大な業火の炎は一直線にクリスに向かって放たれた。
クリスはそれを避けることもせず、ただ目を閉じて受け止める姿勢を見せた。
『空輪!』
マイカの炎は、クリスへ直撃する寸前のところで私が出現させた見えない壁に阻まれた。
間に……あった。
なんとか両腕だけをギリギリ動かせるようになったから、術を発動することができた。
「サク……なんで?」
「どうして助けるのですか? 私は殺されて当然のことをしたというのに」
「……がはっ……」
「サク?! 無理をするから……もういいから……」
泣かないで……お願いだから。
その顔を見ると私が辛いのよ。
「……どちらにしても私はもう死ぬ運命です。ならばせめてあなた方の手で……と考えていましたが、どうやらそれは無理そうですね。どちらも……お優しい」
「クリス、それはどういうことなの?!」
「お気をつけください、マイカ様。あなたの敵はあなたのお父様でもメイナ様でもありません……本当の敵は、てん……ぐはっ?!」
「えっ?!」
突然私らの目の前で巨大な剣により体を貫かれてしまったクリス。
大量の血液が私とマイカに降り注ぎ、着ていた服を赤く染め上げる。
「いけねぇなぁ……オイ。それ以上なにをしゃべろうとしたんだぁ? ひっひっひっ! もう死んでるから聞けねぇか!」
「クリスぅううううう!」
コイツッ!
動け、私の体!
『忍気、90……95%!』
《いけませんサクヤ様! それ以上は命を削ります!》
そんなこと知るか!
今は死んでも動かないと、殺される!
「おぉ? さっきまで死にそうだったのに、もう動くのか? よっと!」
「っ?!」
「サク?!」
私は一気に加速して忍殺拳の構えを取ったというのに、それよりも早く背後に回り込まれて、背中に肘を打ち込まれた。
い、息が……できない?!
《肺を深く損傷……自立呼吸不可能。転身機フル稼働……直接酸素供給開始、同時進行により肺の回復を促進》
「水流魔法、劉瑞散弾」
マイカは凝縮された水の塊を拳に纏い、それを一気に解き放つ。
すると、まるで散弾銃を撃ったかの如く水の球が勢いよく弾け飛んだ。
この魔法は、以前私が見せた大量の花びらを爆発させるやり方をヒントに考えた魔法らしい。
いくら水の球とはいえ、魔動力で凝縮された水玉は一発一発が容易に鉛の強度を超える。
しかも、散弾銃と同じように至近距離ならその威力は絶大だ。
「風神魔法、暴風壁」
しかし、それは全て風の障壁で防がれてしまった。
「風神魔法?! まさか風魔法の神級魔法だなんて?! あなたは魔族なの?!」
「ん? まぁ人族でも魔族でもねぇよ! おまえら人類を超越した存在とでも言っておこうか。それに俺はあるお方の使徒だ!」
「使徒?!」
使徒……まさかこいつがクズ神の言う、向こう側の神の使徒だとでもいうの?!
「さて、お前らを殺すのは簡単なんだが……勝手にやると俺が殺されそうだし、ここは一旦戻るか。じゃ、また近いうちに会おうぜ!」
そいつはそういうと、風のように一瞬でいなくなってしまった。
極度の緊張状態から解き放たれた私は、人形のように膝から崩れ落ちてそのまま意識を失った。
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