057 いのちのかりとり
左手の感覚がなくなり、全く動かなくなってしまった。
おそらくは神経系に働きかける毒なんだろう。
これを受け続ければ間違いなく死んでしまう。
「ウフフフ、その毒は時間の経過とともに進行していきますよ。もう30分ほどであなたは動けなくなってしまうでしょう」
それに関して嘘ではないようね。
もしこの毒が即効性の有毒物質なら私はもう死んでいたかもしれない。
わざと効力を弱めているんだわ……なんのために?
「動けないあなたにはたっぷりと愛情を注いで殺して差し上げますわ。そのフードの中に飛び切りのお可愛いお顔が隠れていることを知っていますよ? ワタシが今まで生きてきた中でマイカ様に継ぐ極上の獲物です」
ん?
なんか話がいきなりそれてきたわね。
「さぁ、早く動けなくなってくださいまし! マイカ様と一緒にベッドで縛り上げて一晩中可愛がって骨の髄までしゃぶり尽くして差し上げます」
「……」
いやいやいやいや……ないわぁ――。
ドン引きだわぁ。
「心配せずとも毒で感覚は遮断されますからね! ゆっくりと体をバラバラにして差し上げます。自分の体をゆっくりと切られていく時、あなたは一体どんな顔をされるのでしょうか。ウフフフフフフ、たまりませんわぁ!」
うわぁお……このお姉さん、とんだサイコパスだわ。
寒気が半端ないわぁ。
これがこいつの狙いなのね。
「さぁ、手数は緩めませんことよ!」
「っ?!」
再び、腕にはめたギアメタルから次々に針を放出するクリス。
私はたまらず空中から地面へと降り立ち、目の前に見えない壁を出現させてそれを防ぐ。
空輪で壁を出現させることができるのは1枚だけ。
空中で逃げ回っても全ての針を回避できないと判断した私は地上で戦うことを選んだ。
「また奇妙な技を……。先ほどまで空中を走り回っていたトリックもよくわかりませんが、わざわざ地上へ降りたことから察するに、その障壁を出している間は空中へ逃げることができないということですね」
理由はともあれ、こいつはプロだ、
私に毒針を刺しているからといって、油断もせずによく私のことを観察している。
正面からの乱打で視界を遮ったかと思ったら、素早い脚力で横へと移動して再び毒針を乱打する。
瞬時に正面に出していた壁を消して、今度はそちらに壁を出して毒針を阻止する。
これ以上この毒針が刺さるのはまずい。
ただでさえ、左手が動かなくなるだけで体全体の動きがかなり制限されている。
動かない体の一部がこんなにも重たくて邪魔なものになるとは思わなかった。
しかもそれは左腕からどんどん広がっていっている。
「ふむふむ。その障壁はどうやら1枚しか発動することができないようですわね。それに、その辺りにちりばめている糸……それはとても危険ですわね」
チッ!
気が付きやがった。
そう、私は逃げ周りながらもこの辺りの木々や地面などに特殊糸を忍ばせておいた。
タイミングを見計らってその糸で締め上げようとその場所まで誘導しようとしていたのに、先に気が付かれてしまった。
まずいなぁ……もう時間がないというのに。
ぐはっ?!
まずい……吐き気とめまいまでしてきたね。
毒が全身へと周り初めているんだ。
そりゃまぁ、これだけ動き回れば毒の巡りも早くなるか。
「いいですわねぇ! 苦しそうですねぇ! だんだんとその素早い動きも鈍くなってきていますよぉ! どんどん追い込まれていくその感覚はどうですかぁ? 怖いですか? 苦しいですか? ワタシは楽しくて仕方がありませんよぉ!」
この性悪のサイコパスめ。
でも確かに打つ手なしねぇ。
特殊糸の罠はもう見破られた。
桜飾は分身体5人分作ったからもうこれ以上は花びらを作れない。
手数が圧倒的に多い敵に対して手裏剣では歯が立たない。
しかも向こうは予備動作なしで大量の針を放出可能。
それに対してこちらは振りかぶる予備動作ありだし、片手に持てる手裏剣の数はせいぜい5枚がいいところだし……。
接近戦での忍殺拳も体の動きが制限されている状態だし、しかも片手では敵わないと思う。
さらに追加で毒針を体に打ち込まれて終わりかもね。
ないわぁ!
勝てる見込み全然ないわぁ!
そもそもあのギアメタルせこいって!
これだけ高性能なら普通なんかの制限あるでしょ!
それがなにもないってなんの嫌がらせなのよ!
はぁ……愚痴終わり。
もう一刻の猶予もないようだね。
私は人殺しをしたくなかった。
とくにマイカの侍女であるこの人を、マイカの知らないところで私が殺すわけにはいかないと思っていた。
そうしなくても私はこいつを拘束できると思っていたから。
とんだ甘ちゃんだったわ。
ここに来て私の頭の中はお花畑になっていたようね。
この事実をマイカが知ったらどう思う?
こいつが狂気に満ちたその顔でマイカを辱めたらマイカはどれだけ傷つく?
それを防ぐため、私は闇の中で暗躍しよう。
私は忍者でありスパイでもある。
音もなく、気配もなく、静かに忍び寄りその命を刈り取る者。
私の暗躍のために、今あなたの命を刈り取ろう。
『忍気80……85……いや、90スロットル!』
「なっ?! なんですかそのオーラ―は……まだそんな力が、ひぃいい?!」
私が出力できる限界を超えて忍気を発動すると、久しぶりに忍者装束へと転身した。
そして、溢れ出る殺気をクリスへと向ける。
「な、なんなんですか、あなたはぁ!」
拡散した大量の針が高速で私へと迫ってきているが、先ほどとは違って遅く見える。
『忍殺拳が三ノ舞、制流舞』
私はその毒針全てをスルリと体を回転させながら回避していき、その勢いを爆発的に加速させていく。
そして一気に地面を蹴って加速し、クリスに近づいた。
「はひいっ?!」
『忍殺拳が二ノ舞、桜廻刺』
私の右拳がクリスの体へと届くその直前、私の右腕はクリスが咄嗟に放った大量の毒針で串刺しにされてしまった。
それにより拳の勢いがかなり軽減されてしまったが、私は構わずそのままクリスの体を打ち貫いた。
回転の力が加わったその突きを受けたクリスは、体ごと回転しながら飛ばされて大木に激突した。
しかし、クリスの体を打ち貫いた感覚がどこかおかしいことに気が付いた。
そんな……まさか。
どうしてあなたが、転身機を?!
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