038 きたく
あぁ……気まずいわぁ。
一切口きかないじゃんこの子。
食べるものも食べないし飲み物も飲まない。
なにもしないけど、しっかりと私の裾を握って離してはくれない。
みるみる元気がなくなっているような気がする。
これはどうしたものか……。
私は駄々をこねる子どものあやし方なんて知識を持ち合わせていないのよ。
スマコ、助けて。
《解析不能》
こんな優秀なAIであるスマコでも解決方法が見つからないなんて……。
事態はそれだけ深刻なんだね。
結局魔女っ娘は一言も発することなく、眠りについた。
といいつつ、しっかりと私の裾を握ったままだから寝ていない。
多分寝たくないんだろうね。
寝たら私がどっかに行くと思っているんだろうし。
まぁ、仕方ないか……とりあえず疲れたから私は寝よ……んッ?!
なにこの感触。
頬が生暖かい……。
チラッと目を開けると私の頬に魔女っ娘が唇を押し付けていた。
こいつ、なにしてんの?
これは突き放した方がいいの?
どうしてこうなった?
ま、まてまて、たかが子どものキスくらいでこの私がうろたえるはずが……。
もにゅ。
「んっ?!」
お、おぉおおう?!
変な声が出てしまった?!
この私が声を?!
うおぉおおおお落ち着け……落ち着け……。
ったくもう、どこ触ってんのよマジで!
こんな体でも一応は大人に近づいているのよ?!
そんなところ触ったらダメじゃん!
アンタにはまだ早いっての!
まったく、どこでそんなことを覚えたのか……。
私の声に驚いてなにもできなくなったわね、この子。
大丈夫、私もかなり驚いているところよ。
恥ずかしいからもう横を向く。
「……アタシは……あなたと……」
え?!
なに?!
その後はなに?!
いけない、完全に魔女っ娘のペースだ。
ここで慌てふためいているようじゃ、私もまだまだか。
もう寝よ……。
私を抱きかかえるように腕を回して包み込み。再び同じ敏感な場所に手を置いたかと思ったら、魔女っ娘はそのまま眠ってしまった。
なぜだろう。
最初は驚いたけど、なんか懐かしい。
乙羽がよくこうやって抱いて寝てくれていたっけ。
この温もりがとても心地よくて……私はよく眠れた。
目が覚めると魔女っ娘は少しだけ笑顔を見せた。
どこか吹っ切れたような雰囲気を感じる。
辺りも明るくなっていたことで、またカモフラージュモードに身を包み、空間機動術で空中を走り抜け、魔女っ娘の学園へと向かっていた。
道を進むにつれてどんどん街並みが都会化していく。
すると、急に魔女っ娘が喋り出した。
「いろいろとわがまま言って……ごめんなさい。もう覚悟決めた……。アタシの家に向かってくれる?」
「……」
私は小さく頷くと、魔女っ娘の言う通りに進む。
そして見えてきたのは、とんでもなくデカいお屋敷だった。
堂々とした門構えに広々とした庭、巨大な屋外プールに道場と思われる施設。
それらが敷地内に蹂躙していても尚、豪邸と呼ぶにふさわしい家屋が堂々とそびえ立っていた。
こいつ……めっちゃお嬢様じゃん。
明らかに別の家と比べてみても、格が違い過ぎてない?!
なにあのバカでかい門。
それにそこの門番?
かなり強いね。
「おいそこの者、止まれ。カミキ侯爵家に何用だ」
「通しなさい。アタクシです」
「なっ?! あ、あなた様はマイカご令嬢……様?!」
「……」
魔女っ娘は門番に向かってそう言うと、私の手を引いたままスタスタと中へ入っていく。
魔女っ娘のあまりの迫力に、あの門番と同じように私も圧倒されてしまった。
わ、私このまま逃げるつもりだったのに、思わず敷地内に入ってしまったよ。
ど、どどどどうしよう……すごくめんどくさい予感しかしないんだけど。
魔女っ娘は、玄関と思われるデカい扉を豪快に開けると、建物の中へと入った。
「えっ? マ……マイカ……様?!」
「えっ?! 本当にマイカ様でいらっしゃいますか?」
次々に使用人と思われる人たちが飛び出してきて声を掛ける。
「はい。アタクシは生きて戻りました」
「よ……よくぞご無事で……」
「あぁ、神様……。良かった……本当に良かった」
「わたくしどもはあなた様を忘れたことはございませんでした」
「ありがとうございます。アナタたちもお変わりない様で安心しましたわ」
「「おぉおおお……」」
こ、こいつ……ちゃんとお嬢様してやがる。
私といる時はそんな上品な雰囲気感じさせてなかったじゃんよ。
詐欺師か?
「マイカ?! 本当にマイカなのですか?!」
「……はい、お母さま。ただいま戻りました」
「まさか……この奇跡的な状況にまだ、気持ちが追い付いておりません」
「奥方様。こんなに喜ばしいことがございますでしょうか……」
「え、えぇ……。本当に……」
「……」
魔女っ娘のやつ……お母さんと目合わさないじゃん。
「あらあら? まさか生きていたというの? うそでしょ?! ポンコツお姉さまの葬式はもう済ませちゃったのよ? いまさらどうするの?!」
声のした方向を見てみると、魔女っ娘と少し雰囲気が似た女の子が立っていた。
「メ、メイナ様……それは今おっしゃらなくてもよろしいのでは……」
「あぁん? なんであなたごときにそんなことを言われなきゃいけないの?」
「も、申し訳ございませんでした……」
「ふん。マイカ、あんたはもう世間的に死んだことになってんの。だからこの家から消えなさいよ」
「……」
「メイナ、それはあなたが決めることではありません。もうじきお父様が帰られるわ。ご指示を仰ぎましょう」
娘が奇跡的に帰って来たというのにやっぱりこんな感じなのか。
メイナっていうあの口の悪いやつは魔女っ娘の妹だよね、多分。
私らより少し幼い感じがするし。
魔女っ娘が帰りたがらないのも今ならわかるわね。
「ところでそっちのフードを被った怪しいやつは誰よ。この家に不審者なんか入れないでよね」
ふ、不審者とはなんだ、失礼な!
まぁフードで顔が見えなかったら確かに怪しいと思うか。
「このお方はアタクシの命の恩人です。アタクシのことならまだしも、この方を侮辱するような発言は絶対に許しませんよ?」
「っ?! ちょ、調子にのらないでよね! ポンコツのくせに! ふん」
魔女っ娘が今まで聞いたこともないような、きつめの口調でそう言うと妹っ子は部屋へと戻っていった。
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