162 ねこのちから
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桜夜視点です。
瀕死の四人を抱きかかえ、しっかりと私の体に糸で固定する。
次はあんたの出番だよ。
「ネコ」
「はいはい、わかってるわよ。正直、何もせずにここまで連れてこられるなんて思ってもみなかったわ」
私の影から姿を現したネコ。
それは私も同じかな。
この子たちはいつも私たちの想像を超える。
「まぁ、同じ眷属なんだし、このくらいはやってくれないと困るけどね」
そんなことを言いながらも、私の影の中から不安そうに様子を伺っていたことを私は知っている。
「さて、それならワタシも本気でやりますかね。まったく、めんどくさいけど」
ネコは地面の上に降り立ち、神成の力を開放していく。
「神成眷属の名のもとに、雷豪境界」
ネコは、自身の拳に超高圧の電気を発し、それを思いっきり地面に向けて叩きつけた。
すると、その部分を中心として、爆発的に電気の衝撃波が広がる。
私も瞬時に神成の力を全力で発動し、自身を中心に防御障壁を展開したが、ネコの電気爆発の威力がとんでもない。
全力で何重にも重ね合わせた私の障壁が、いとも簡単に割れていく。
このバカ力め……本当に全力を出している。
侮っていたわけじゃないけど、この子ははるかに強くなり過ぎていると思う。
今のネコの攻撃は、この周辺全域に強力な磁力を発生させた。
それにより、この隕石の中心部に向けて働いていた引力を相殺し、ひとつの惑星ほどの大きさがあるこの隕石の崩壊をもたらしてしまったのだ。
この力は眷属の領域をはるかに凌駕しており、神の領域に届くほどの力だ。
もちろんその中心部にいた私たちも無事では済まないから、私が今出せる全力の力で守りに徹した。
それなのに、その全てを防ぎきることはできなかった。
なんとかこの四人だけは無傷にすることはできたけど、衝撃を受け止めたこの体はボロボロだ。
そして、この現象を引き起こしたこの子もそれは同じ。
私よりもボロボロの姿で立ちつくすネコのもとへ向かおうとしたその瞬間……ネコは黒い一本の槍に体を貫かれた。
「ガハッ?!」
「ネコ?!」
目の前で倒れるネコ。
力を消費しすぎている私の体はふらつく。
一体何が起こった?!
オハメも戦艦の方へ戻したから、状況がわからない。
「神成の力を感じたが……間違えたか?」
この声には聞き覚えがある。
モロゴン……。
「よもや、おまえ以外にその力を使うものがいようとは思いもしなかった。久しいの、桜姫といったか?」
私の予想では戦艦側にモロゴンは現れると思っていた。
あそこにはアクシスがいるから。
おそらく一番殺したいと思っていた標的を狙ってくるものだと思っていた。
その想像通りに、向こう側へ攻めてきたと妹っ子から連絡を受けたから、オハメを戦艦に戻してバックアップさせた。
それなのに、どうしておまえがここにいる!
「どうやら、ワレがここにいることが不可解のようだな」
「……」
「せっかくこうして対面したというのに、おまえは話もしてくれないのか。神邪アクシスはよく会話をしてくれたぞ。ヤツをもう少しで殺せたというのに、邪魔が入ったわ」
さっきまで向こうでアクシスたちと戦っていた?!
とりあえずアクシスが無事ならよかった。
あの子は死ぬ気だったからね。
乙羽とマイカが全力で助けてくれたに違いない。
それにしてもどういうことだ?
「ちなみにワレはずっとココにいたぞ? この隕石はワレがただ引き寄せていただけのものだからな。それをそこの者が引き離しただけにすぎん」
なんということ……それなら向こう側に出たこいつは偽物。
「少しおまえと神成ウラシスのまねをして、ワレも分身を使っただけだ。そういえば、乙姫、機姫だったか、あやつらもおまえの分身を身代わりにして神邪アクシスを助けておったな。おまえの技は大人気じゃないか」
くそ……まんまとハメられた。
というより、考えすぎて判断を見誤った。
己のふがいなさを嘆くよりも先に、まずはみんなを安全な場所へ。
「おまえならそう動くよな。本当に神成ウラシスにそっくりだな」
私は瞬時に瀕死のネコを糸で引き寄せ、いまだに気絶したままの四人と一緒にその場を離れようとした。
しかし、それをわかっていたかのように、さきほどネコを貫いた槍が大量に降り注いで行く手を阻まれる。
「まぁそう慌てるな。ワレも数万年ぶりに体を動かして気分がいいのだ。ゆっくりしていけ」
「……おことわり」
「それは残念だ」
無数に降り注ぐ黒い槍、これはとても厄介なものだ。
この槍は、闇そのもので実体がない。
このあたり一帯に散らばる、モロゴンの引力から解放された無数の砕けた岩たちをすり抜け、まっすぐに私たちを狙ってくる。
岩などはすり抜けるのに、私という物体に対しては実体化するようだ。
腕や足などに掠るたび、体を削られているように痛みが走る。
「その者たちを庇いながらでは、ご自慢のスピードも出せないようだな。むしろ、ほとんど力を残していないのに、よくそこまで動いていると褒めるべきか。そしてこの間にも攻撃の隙を伺っている」
私が隙を見て投げ込んだ手裏剣はスルリと躱され、透明にして散りばめていた花びらたちを黒い炎で焼き尽くされた。
どうやら小細工は一切通用しないみたいだ。
こいつは私の戦い方をよく知っている。
まぁ当然か。
モロゴンは、私たちの今までの戦いをずっとこの岩たちに隠れて見ていたことになるからね。
「おまえたちはワレに勝てん。その気になればすぐにでもおまえを殺せるぞ」
モロゴンはそういうと、一瞬で移動している私の目の前に現れて首を絞める。
とっさにネコと四人を自分から離し、あの子たちに向けて障壁を展開した。
それにより、なんとか黒い槍の雨は防ぐことができた。
「己よりもその者たちを守るか。哀れなり」
「っ?!」
両腕、両足に激痛が走る。
黒い大きな柱に黒い槍で磔にされ、身動きが取れない。
「おまえたちが一番絶望する方法をワレは知っているぞ」
モロゴンはそういうと、私の胴体にもう一つ槍を貫通させて完全に動きを封じ、首を絞めたままで、障壁の中にいるネコと四人の方へ手を延ばした。