161 まもるべきもののために
*****
アクシス視点です。
あぁ……これでやっと楽になれるかな。
迫りくる、きれいな光の砲撃にアタシはそう思った。
アタシの人生は、とても幸せな家庭から始まり、そこから不幸と絶望に落とされて、そしてまた幸せをもらった。
こうまで天国と地獄を体験した者は、そうそういないだろうね。
まだまだあの子たちの人生は長いし、今からさらに『悪の存在』との戦いが激しさを増すかもしれないことだけが気掛かりだけど、今は未来をつなげる役目を果たそう。
ウラシスやツキシス、そしてマネシスがそうしたように。
そんなことを思いながら、アタシはゆっくりと目を閉じた。
だけど、いくら待っても身を焦がす痛みが襲ってこない。
変わりに暖かな温もりに包まれる。
初めてアナタと出会った時も、こんな感じで抱かれていたっけ……マネシス。
「に……忍法! み、身代わりの術!」
アタシを抱くその子は、不慣れな感じでそう口にしていた。
思わず声を出そうとしたけれど、喉がつぶれているようでうまく声が出ない。
「桜夜、ごめん!」
横にいる乙姫を見て、察した。
この子らは、桜姫の身代わりの術を使ったようだ。
でもあれは、桜姫のスピードと器用さがあってこそ成せるものだ。
本来なら入念な下準備をしておき、すぐに入替ができるようにしておくことでそれを可能にしているもの。
この前のクズ神との時も、桜姫が事前に予測して準備していたからこそできた。
でも、今回は状況が違う。
アタシはなにもしていない。
むしろ、相打ち覚悟で挑んだ戦い。
やっぱりアナタが手をまわしていたの?
桜姫。
アタシの身代わりに、顔以外の全部を糸にしてモロゴンを拘束し、その顔も先ほどまでのアタシと同じように大鎌をくわえながら、必死に拘束している桜姫の分身体を目の当たりにする。
そして、モロゴンの必死の抵抗もむなしく、乙姫と機姫の砲撃は桜姫の分身体ともども、モロゴンを撃ち抜いたのだった。
「なんですぐに死のうとするのかな。バカアクシス」
「もし、マネシスがここにいたら、きっとアナタをこうして守ったと思います」
「アナタがどう思ってこういう決断をしたのか分からないけれど、私たちは私たちの考えで反対させてもらったよ」
アタシにケジメも付させてくれないなんて……本当に厄介な子たちだわ。
本当、あの三人に似てきたな……。
まずい!
ゾクゾクと感じた寒気で、われに返る。
モロゴンはまだ消滅していない!
動かない体で目だけを動かし、先ほどモロゴンがいた場所を見てみると、首だけが残ったモロゴンが大口を空けて、砲撃を仕掛けようとしていた。
この二人はまだそれに気が付いていない。
先ほどの砲撃で勝ったと思い込んでいる。
だけど、アタシはもう声も出せないし、体も動かない。
誰か……この二人だけは……誰か……。
アタシがそう願ったところで、一つの銃声が響く。
見ると、モロゴンの眉間が撃ち抜かれていた。
「メ、メイナちゃん?!」
「どうしてそこにいるの?!」
戦艦のブリッジ上部に立ち、スナイパーライフルを構えたメイナちゃん。
その銃口からは煙が上がっていた。
そして、真っすぐにモロゴンの位置を指さす。
その先で再び、口から砲撃を行おうとしているモロゴンの首。
モロゴンは、タダの弾丸では消滅させられないから、当然メイナちゃんの弾丸も全く効果がない。
だけど、一瞬だけ動きを止めたうえに、乙姫と機姫の注意を向けることができた。
そのおかげで、モロゴンの砲撃を回避することができたのだ。
「乙羽、アタシはさっきの砲撃で全エネルギーを使っちゃったよ。どうする?」
本来、あれほどの砲撃を撃つには撃つ本人の方がエネルギーを消費するもの。
故に、機姫の残量はほぼ空。
「大丈夫。向こうも弱っているから、あとは私に任せてほしい」
自信満々にそう言う乙姫だけど、アタシは乙姫にあまり戦ってほしくない。
アタシたちのような、悪の者に唯一対抗する光の神。
逆に言えば、モロゴンは光の神を滅ぼし得る存在なのだ。
現在、光の神は乙姫ただ一人。
この子にもしものことがあったら、本当に世界は完全に闇へと落ちてしまう。
ウラシスの対となる存在は、桜姫よりもこの乙姫を先に死滅しようとするはず。
アタシたちは昔から、それを幾度となく防いできたし、なによりツキシス自身がその頃にはとんでもなく強くなっていた。
だけど、この子はまだその領域には達していない。
「乙羽、気を付けるんだよ!」
「うん!」
乙姫は機姫の手をギュッと握ると、飛び出して行ってしまった。
アタシは不安で仕方がないのに、どうしてアナタは笑っているの?
過保護とか思われても仕方がないけど、アタシはどうしてもこの子らを危険な目に合わせたくはない。
『行くのをやめて』と声にしたいのに、それもできない。
このままじゃまたアタシは……。
「信じてください、アクシス。アタシたちはアナタが思っているよりも強いですよ?」
アタシの不安を感じ取ったのか、機姫がそんなことを言ってきた。
そしてその言葉を証明するかのように、アタシの想像をはるかに上回る力でモロゴンをねじ伏せていた。
「先に言っておきますが、アナタが思っているよりもはるかに、アタシたちはアナタのことが好きですからね?」
驚いているアタシに、そう言葉にする機姫。
「大切なものを守る時のあの子の筋金入りなところは、アナタも知っているでしょ?」
あぁ……この子たちはアタシなんかもその中に入れてくれるの?
この子たちの未来にかけるつもりだったのに、アタシなんかもその輪の中に入れてくれるの?
もはやこんなボロボロの邪神なんかを……。
「アナタの考えていることはなんとなくわかりますけど、アナタのために必死になっているあの乙羽の姿が答えではダメですか?」
一本の光の剣で、見事にモロゴンを両断してしまった乙姫を見て、機姫はそういった。
でも、アタシはモロゴンを独りでなんてイカせられない。
あの人はアタシのせいで今の姿になってしまったのだから。
それがアタシのケジメ。
「アタ……シは……モ……ゴンと……い……しょに」
なんとか絞り出すように声を出した。
それを聞いた機姫は、明らかに怒りをあらわにしながらこう言った。
「あのモロゴンは……本体ではありません。理由はわかりませんが、乙羽にはそれがわかるようです。だから今、アナタを死なせてしまっては、アタシもあの子も自分を許せなくなります」
なんということだろう……だからこの子らはこんなにも必死に……。
アタシはいつまでたっても……マヌケなアタシのままだね。