152 ざんこくひどう
訳も分からず、目の前で両親を殺されたアクシス。
母親の時と同じように、父親が殺されても歓声が鳴りやまない。
「我らが神よ……あわれみ深いこの者たちを、どうかお救いください。この者たちに罪はないのです。全ての元凶は、悪の根源であるこの娘だけなのです。どうか慈悲深きお恵みをお与えください……我らが神、ウラシス様」
聞き覚えのある名前に、思わず反応してしまう。
「今、ウラシスって言った?」
「どういうこと?! これはウラシスがやらせているの?! そんなはずはない!」
二人も私と同じように動揺している。
「お、おぉ……民たちよ、我らが神、ウラシス様より新たな神託が下った。今まで我らが感じた苦痛、苦しみ、悲しみ、全てをコレに与えるのだ!」
どうしてこいつがスマコの名前を使い、こんなことをやっているのか分からない。
そもそもここは地球じゃないし、この地の文明が全く違うみたいだから、記憶を見ているだけの私たちには、その目的など検討もつかない。
「今こそ、裁きの時」
「あ、あ……いや……いだぃ!」
こいつ……アクシスの親指の爪を剥ぎやがった。
その痛みで、アクシスが悲鳴を上げる。
「全ての民たちよ、自らの苦境をこの娘に」
それからのことは、とてもじゃないけど見ていられなかった。
無限にも感じられるような長い時間をかけ、ここにいる全ての人の手により、アクシスの体の一部が少しずつ削り取られていく。
それぞれが理不尽な恨みや憎しみを口にしながら、身に覚えがないと泣き叫ぶ少女の体を無残に切り裂いていく。
もはや声も涙も枯れ果て、小さくうめきを上げるだけの少女を目の当たりにしても、その手が止まることはなかった。
そして、体の約半分を失った頃にその小さな命は尽き果て、民全員がその役目を終えた頃には、アクシスだったものはもうそこにはなかった。
今、私たちの感情は耐えがたいほどの怒りと憎しみが支配している。
これほどまでに怒りを覚えたことはない。
もしできるのなら、ここにいる全員を私が八つ裂きにしていたと思う。
おそらく同じ顔をしているこの二人も、私と気持ちは同じだろう。
―――それから数百年の年月が経過したシーンへと場面は切り替わる。
その場所は、緑にあふれた湖になっていた。
今は亡きあの時の国王の言う通り、どうやらこの国はとても豊かに発展したようだ。
当時のあの出来事は今でも語り継がれている。
世界的な破滅を呼び込んだ悪の根源、アクシス。
彼女は国民の一人へとなりすまし、まずは非常に致死量の高い流行り病を全世界へまき散らして、全世界へ苦しみと絶望の瘴気を与え続け、世界の破滅をもくろんだ。
その影響で、世界人口の著しい減少を引き起こし、それに伴う食料不足や社会の壊滅、無差別殺人、犯罪行為などの増加により、世界の終焉を辿ることとなる。
その結果、当時の民は一国を名乗れるほどの人口すらも残されてはいなかった。
もはや、絶滅を待つだけとなっていた人類に対し、神ウラシスの神託が下る。
その神託を受け取り、立ち上がったのは当時の国王にして英雄のウルノス。
彼は見事、悪の根源であるアクシスを討ち滅ぼし、再び世界の繁栄に努めて全国民を救ったとされていた。
今、私たちが見ているこの光景も平和そのもの。
先ほどの惨劇を見ていなかったら、穏やかな気分になれたのかもしれない。
残念ながらとてもそんな気分にはなれないし、逆にはらわたが煮えくり返る思いだ。
「こんなのひどいよ……」
子供たちが元気に遊んでいる光景を眺めながらそう口にするマイカ。
「アクシスは本当に悪の根源だったの? あの子が全部を背負う必要があったの?」
「そんなわけ……え?! あれは!」
マイカが見るその先には、見覚えのある姿が。
「マネシス」
「え?! あれが神機マネシス?」
そう、あれは神機マネシスだ。
おそらくはまだ悪の根源を植えつけられる前のマネシス。
「待って! その横にいるのは、ツキシス?!」
一体どういうこと?!
なんの目的でこんなところにいるのかは分からないけれど、上空から冷たい表情でこの地を見下ろしている。
さらにその上空からは、スマコ……神成ウラシスがやってきた。
「あれが、神成ウラシス」
「ちょっと、怖い」
マイカの言う通り、とてもスマコの顔とは思えないほどに冷たい表情をしている。
「神、ウラシスよ! 我が名はウルノスの子孫、モロゴンである! 我が願いを聞き入れたまえ!」
なにやら高い建物の上で、叫んでいる者がいる。
スマコたちの方を向いているわけじゃないから、姿が見えているわけではなさそうだ。
「我に勇者ウルノスと同等の力を与えたまえ! そして世界に平和と繁栄を与えたまえ!」
なにやら国の儀式みたいなものなのだろう。
こいつの周りには大勢の人たちがいて、歓声を上げている。
それを見ていると、あの光景を見ているような気がして、吐き気がした。
スマコを見ると、全く別の方へ眼を向けており、その者には全く興味がないようだ。
「……くる……」
スマコがそう一言だけつぶやいた瞬間、猛烈な地震が起きる。
おそらくあの現場の跡地と思わる場所の地面が盛り上がり、見覚えのある祭壇がその頂上にある。
これには大勢の人たちも、大騒ぎしている。
「どうしてみんな、アタシの体を持っていくの?」
突然現れた祭壇から、アクシスの声が聞こえてきた。
私たち同様に、スマコたちにもその声は届いているようだ。
しかし、その姿はない。
「ウラシス様、おさがりを」
「ウラシス様、ワタクシたちの目標と違いますが、邪悪な波動を感じます……まさかアレは」
「……」
スマコに対して、ツキシスとマネシス二人の口調が、私の記憶と違っている。
それよりも、二人がスマコの名前を口にした瞬間、急激に全身を針で刺されるような禍々しい殺気がより一段と強くなった。
「アナタがウラシス?」
「……うん」
「アタシをこんな目に合わせたのは、アナタなの?」
「……うん」
「……おまえが……おまえがっ!」
祭壇が粉々に砕け散った後、人の体の一部と思われる物たちが集結していき、形を成していく。
まるであの時の光景を巻き戻して見ているようだ。
しかし、形を成したそれは、私たちの知るアクシスの姿ではなかった。
その姿からは、夥しいほどの殺意と痛々しいほどの遺恨や怨恨が感じられ、それら全てを集結したかのような醜い姿へと成り代わってしまったアクシス。
私ら三人はその悲しい姿を前に、再び涙していた。