151 あくのげんきょう
アクシスを抱えた大勢の村人たちは、村を出て森を超え、荒れた荒野を進んでいるが、尚もその歩みは止まらない。
私たちは不安を抱えながら、その後を追っている。
「一体どういうことなのかな?! アクシスはあの両親に眠らされたの?! さっきまであんなに仲良さげにおしゃべりしていたのに」
「両親もそうだけど、あの村人さんたちもアクシスとは仲良くおしゃべりしていたよね……それがどうしてあんな怖い顔をしているの? アクシスをどうするつもりなんだろう」
二人の言う通り、分からないことが多すぎる。
それに、この後の展開は正直嫌な予感しかしなかった。
やっと村人たちが歩みを止めたのは夕刻を過ぎた頃だった。
そこは、クレーターのような円形にくぼんだ地形をしており、中心部だけがコンクリートのようなもので高く積み上げられている。
その上には祭壇のような物が置かれており、アクシスはまるで見世物のようにその上へと寝かされて体を固定された。
そして、それを囲うようにとんでもない数の人たちが跪いている。
その数はざっと数十万人。
見るからに、ここは公開処刑場なのだろう。
それを彷彿させる物がいたるところにある。
しかし、どうしてアクシスが?
しかも、たかが少女一人に対してこの数の人たちと、この異様な雰囲気は一体……。
「聞け、苦しきこの世を生きる親愛なる民たちよ」
王冠を被った中年の男が祭壇の前に立ち、何やら演説を始めると民たちは顔を上げた。
「餓死する者、病に倒れる者、殺害される者、自害するもの……死者の数は後を絶たない」
演説を聞きながら、ほとんどの者が涙を流している。
「しかし、もう心配はいらない。神の信託は我に下った!」
その言葉に歓声があがる。
「もう苦しまずとも良い。もう餓死に恐れずとも良い。病に苦しまずとも良い……本日をもって、この世はリセットされる」
聞き覚えのある言葉に反応したのは、私だけではない。
「この世のリセット?」
「クズ神が言っていた世界のリセットのことなのかなぁ」
二人もそこが引っかかるよね。
今回これは私が知りたいことでもあるしね。
「ここにおる娘、名をアクシスという者は……この世の全ての苦しみの根源であると神は仰せになった」
「はぁ?! なんでそんな話になるのかな? この時のアクシスはすでに邪神なの?」
「わからない。少なくとも、この世の全ての苦しみをアクシスのせいにするのはどうかと思う」
「信託が下ったとか言う話もおかしいし、みんなはこんな話を信じているのかな?」
「それは……この歓声が答えなんじゃないかな」
マイカの言う通り、この場は溢れんばかりの歓喜に満ちている。
「……お願いします! アクシスを、私のアクシスを返して下さい!」
「やめろ! 気でも狂ったのか! 正気に戻れ!」
祭壇がある位置の下部から、女性の叫ぶ声が聞こえた。
あの人はアクシスが連れて行かれるのを黙って見ていた母親だ。
その隣には、必死にその人を止めようとしている父親もいる。
「正気になるのはあなたの方です! 私たちの大切な娘ですよ?! あの子が殺されようとしているのですよ?!」
「よせと言っている! アレはこの世の悪そのものなんだよ! アレは産まれちゃいけなかったんだ! アレの命で、この世の全ての人たちが救われるんだよ!」
「哀れな者たちよ。本来なら悪の根源であるコレを産み出したお前たちも重罪ぞ。コレを差し出せば命は保証したはずだ」
「も、申し訳ございません国王様! 今すぐにこいつを……あっ!」
父親を振り切った母親は、この積み上げられたコンクリートを登り、祭壇に寝ているアクシスに駆け寄った。
「アクシス! アクシス!」
「おい! 離れろ!」
大勢の武装した人たちが母親に近寄る。
「この者はもう悪に侵されている。哀れな者には憐れみを。神の命に従い、悪を浄化することを許可する」
「はっ!」
複数の人たちが母親をアクシスから引きはがし、抵抗できないように抑えつける。
そして、あろうことかその場で辱めを始めた。
「な、なにをするんです! やめてください! 触らないで!」
複数人により乱暴に衣類を引き剥がされ、見世物にされてしまった。
今ここにいる人たち全員が、この生々しい光景を目の当たりにしている。
その行為に異論を唱える人は全くおらず、喜んでいる者や拝んでいる者がいる始末だ。
私たち三人には成すすべもなく、荒ぶる感情を抑えながら、ただ目を背けることしかできなかった。
歓声や怒声の中、無情にも卑猥な音が鳴り響く。
「……え? ここは、どこ? おか……さん?」
最悪なタイミングでアクシスが目を覚ましてしまった。
「え? え? お母さん?!」
先ほどまで笑い合っていた母親が、見知らぬ者に辱めを受けている。
そのあまりにショッキングな光景に、感情が追い付いていないようだ。
「ア……アク……シス……ごめ」
「あ、おか、おか……あ“ああああああああああ」
卑猥な辱めを受けながらも、必死にアクシスの方まで歩み寄り、なんとか言葉を届けようとした母親の頭上から、剣が貫かれた。
「悪の根源が目を覚ましてしまった。これでは浄化は困難である」
アクシスの目の前で頭部を貫かれた母親は、祭壇のすぐ横に倒れる。
すると、溢れんばかりの歓声が巻き起こる。
どうすることもできないことは分かっていても、目の前でそんな光景を目にしているのに、何もせずにいられるほど、私たちは強くない。
無意識に、母親に近寄る者に引き剥がそうとしたり、迫りくる剣を防ごうとしたりしていたが、無情にも全てがすり抜けてしまう。
結果は分かっていても、なにもできないことに怒りを感じる。
ほぼ放心状態のまま、涙を流し続けるアクシスの顔をまともに見ることができない。
「こ、国王様! その女と俺はなんの関係もない! その女が勝手に狂ったんだ! 俺はその女とその悪の元凶とはなんの関係ないんだ! どうか、俺の命だけは助けてくれ!」
心に深い傷を負ったばかりの娘の前で、とんでもないことを言いやがる。
私たちがこの場で行動できたなら、その減らず口をたたく前にぶん殴っていたところだ。
「皆に問おう。この者に救いはあるか」
その国王の問いに、意外にも救いを差し伸べろという声の方が多い。
「ふむ。皆の意見を尊重し、その者に救いの手を差し伸べよう」
「あ、ありがとう! これで俺はたす……か……」
国王が差し出した手が合図となり、父親は背後から剣を貫かれて息絶えた。