134 かんじょう
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乙羽視点です。
地面に叩き付けられた拳により、周りの地面が捲れる。
その勢いでみんなが悲鳴を上げる。
ボロボロになった自分の右拳をしばらく見つめた後、その周りで怯えるみんなの姿を見た桜夜はその場から逃げるように駆けだした。
「桜夜!」
思わず私とマイカは同時に桜夜を呼んだ。
だけど、一度も振り返ることもなくそのまま桜夜はいなくなった。
「こ、怖かった……本当に殴られるかと思ったよ」
「本当に殴られればよかったんだよ!」
思わずそんな言葉を言いたくもなる。
桜夜を傷つけてしまったと思うと、本当に胸が痛くなる。
こんな経験は初めてだから。
「サク……サクが……」
それはマイカも同じなのだろう。
私の腕の中で泣き出してしまった。
「よしよし、マイカ泣かないで」
「うん……サクのためだから」
実は、私とマイカが桜夜よりも先に目を覚ましてすぐにアクシスがやってきた。
私たちだけに話があるというから桜夜の部屋を出て、一階のリビングまで降りてソファに座り話を聞いた。
最初の内容はさっきこの四人にも話した内容。
これは間違いなく、マネシスのフリをしていた桜夜風に言うとクズ神の仕業によるもので間違いないだろうということだ。
クズ神の目的はわからないけど、あの戦いの中で表の世界のリセットという言葉を聞いている。
おそらくそれは世界の破滅を意味するものだとアクシスも思っているらしい。
その証拠に、こうやってすぐに大々的な攻撃を仕掛けてきた。
アクシスの計算では、クズ神の力が戻るのも一カ月後くらいであり、丁度地球へと向かって来ているその巨大物体がこの地球に衝突する時期とも合っている。
そのことから、クズ神自身もその巨大物体と一緒にこちらへ向けてやってきているものだとアクシスは予想していた。
この絶体絶命のピンチを救うことができる可能性を持つのは、桜夜だという。
桜夜が持つ、神成の力は『雷の力にあらず』とアクシスは言った。
神々の中でも特異的な力を持っていた神成ウラシスは、そのあまりにも強力過ぎる自身の力全てを自ら封印したのだという。
その事実を知る者はウラシスを含めたかつての四神のみ。
四神の中でも最弱だといわれていた神成ウラシスの本当の姿は、神々を超越した力を持った神の頂点に立つ神なのだという。
そんなウラシスの隠された力の片鱗を見せている桜夜こそが、この境地を脱する鍵になるとアクシスは考えているようだ。
というよりも、それ以外に方法がないと頭を抱えている。
「話はわかったけど、具体的にどうやって桜夜の力を引き出すつもりなのかな? まさかまた裸にひん剥いて触りまくるつもりじゃないでしょうね」
「裸?! 触りまくる?!」
「だからアタシよりも邪悪なオーラを出すのはやめてちょうだいよ、乙姫。機姫もなんで涙目なの? 確かに魅力的な提案だけどあれはもう意味がないよ」
「どうして?」
「あれはあくまでアタシと繋がりがあった、ウラシスとツキシスを呼び起こしただけだよ。アタシがアナタたち二人の力を引き出した訳じゃない」
「ならその事実を正直に伝えて、訓練でもするつもりなのかな?」
「それはサクの性格を考えるとやめた方が……」
「はぁ……アナタたちもやっぱりそう思うよね」
そう、おそらく桜夜がやる気を出すことはもうないと思う。
目的だったマイカも無事に助け出してここにいる。
そしてあの四人やアクシスも一緒。
つまり、桜夜が大切だと思う人たちはもうここにいるわけで、彼女にとって戦う理由がないのだ。
今の桜夜なら、巨大物体が地球へ衝突する事実を聞いたとしても、おそらくそこまで焦ることはないと思う。
最悪の時は地球を捨て、戦いを避けるためにみんなを連れて逃げ出すことだろう。
そこまで考えてこっそり一人でその準備を進めると思う。
桜夜にとって大事なのは地球ではなくて、今ここにいるみんなだから。
「これはもう、一芝居打つしかないわね」
「芝居?」
「そう。今の三人ならさ、圧倒的に桜姫が最弱じゃん?」
「で、でもサクは……」
確かにアクシスの言う通り、私やマイカに比べて桜夜の神成の力はかなり低い。
だからこそ、アクシスの右腕が侵食されたあの時の戦いも瀕死のアクシスを押し付けた形で桜夜を遠ざけた。
なにより桜夜自身も傷を負っていて戦えば命の危険があったし、私なら神光の力で発動した技を当てることさえできれば一撃で倒せることがわかっていたから。
それくらいに私たちと桜夜との間に、神の力の差はあったのだ。
だからといって桜夜が弱いだなんて微塵も思っていないけどね。
「アナタたちの言いたいことはわかってるよ。それはアタシも同感だしね。でも、今回ばかりは小細工が効かない神の力がものをいうレベルの問題……この地球とあなたたち全員の命を守るため、心を鬼にしなさい」
そういうことでアクシスが取り出したのは変な丸太。
これはかなり昔に、ウラシス自身が自らの修行のために作り出したものらしくて詳しい構造はわからないけど、一定量以上の神成の力で攻撃しないとビクともしないものらしい。
逆に私の神光の力や、マイカの神機の力には脆くてすぐに壊れるという。
「だから、これを桜姫が破壊出来なかったところを、アナタたちがいとも簡単に破壊してプライドを刺激する作戦! これなら上手くいくよ!」
「いかないと思う。桜夜なら『だからなに?』って顔で見てきそう」
「アタシもオトハと同じだと思います」
「チッチッチ! 最近のあの子は感情を取り戻しつつあるのよ。そう、あの捻くれた性格のウラシスみたいにね!」
「どっちがひねくれているのかな……まぁ仮にアンタの思惑通りになったとして、その後はどうするつもりなのかな?」
「フフン、後はウラシス大好きっ子の眷属ちゃんがなんとかしてくれるでしょ!」
「は?」
そしてその作戦は見事にアクシスの想像していた通りになってしまった。
それを見た私は、正直信じられない気持ちだった。
確かに桜夜は昔よりも感情を読み取りやすくなっていたけれど、あれほどまでに自分の感情をあらわにするなんて思いもしなかったから。