130 おやこのさいかい
「ここは……地球に戻って来たのかな? うっ、体痛いよ」
「ええ、もうアタシの異空間にあった世界は完全に消滅させたからね」
「ここが、サクたちの世界? なんか変な臭いが……」
「ちょっと! アタシの足もとでそんなこと言わないでよね! まるでアタシの足が臭いみたいじゃん!」
「それならその素足をアタシの顔から退けてもらえると嬉しいのですが……もうアタシたちの世界はなくなってしまったのですね」
「そだよ。マイカちゃんには残酷だけど、さっきまでいたあの世界はアタシが作り出したかりそめの世界だったからね」
「アタシたち以外のみんなは……死んでしまったのですか?」
「残念ながらアタシの異空間で輪廻転生を繰り返していた人たちは、この表世界の輪廻の輪に戻すしか方法がなかったよ。もともとはみんな地球人だからね」
「そうですか……」
「そんな顔をしないで。せめてもの救いだけど、偽物マネシスのせいで強制的に命を奪われた人たちはまだ救えたよ。まだ向こうで命があった人たち限定だけどね。それに、あの騒がしい四人と、アナタの妹はちゃんと無事だから」
「そういえばその四人とメイナちゃんはどこなの?!」
「そのうちわかるよ。すぐに会えるしね。それにしてもいい感触だわ」
「……重い」
「まだ動けないからこのままね、サクヤちゃん。アタシ的にはもう少しボリューム感が欲しいところだけど、まぁこの意外な弾力と心地よさに免じて許してあげる」
決めた、こいつは後でぶっ飛ばそう。
せめて胸から手や顔をどけてほしい。
振り払いたいのに体が動かないのが悲しいところ。
「このっ……アクシス、後で覚えておきなさいよ」
「へへんだ。今だけこの体はアタシのものだよん」
「あ……あの、なんか体の後ろがどんどん濡れてきているような気がするんだけど……」
「「……え?」」
そう、この海岸は日が暮れると、海に浮かぶように設置されたベンチもそこに向かうまでの通路も水没してしまうのだ。
そして今私たちが寝ている場所は、そのベンチに向かう途中の通路。
もう水嵩が増しており、通路が水没を始めているのだ。
「ちょ、ちょっとこれどうするのかな?! さすがになにか考えがあってここに戻ったんだよね?!」
「もちろん考えてないけど?」
「アンタやっぱり嫌い!」
「アタシは三人とも好きだよ……本当にどうもありがとうね」
「い、今それを言う場面じゃないと思うよ?!」
「フフフ、乙羽はかわいいな。サクが好きなのもわかる気がするよ」
「どうしてみんな落ち着いているのかな?! え、私だけおかしいの?」
いや、乙羽はおかしくないよ。
この状況でほのぼのしている方がおかしいから。
マジでこれどうすんの?
私らこのまま仲良く水没するわけ?
ないわぁ……。
「サクちゃん!」
「オトハ!」
これまた唐突に懐かしい声が聞こえた。
声のした方に顔を向けると、目に涙を浮かべながら肩で息をしているお母さんと乙羽のお母さんの姿があった。
「お、お母さんとシズちゃん?!」
乙羽が驚きの声を上げると、水嵩が増している通路をバシャバシャと音をたてながらこちらにやって来る。
そして、まるで子どものように泣いているお母さんに抱き寄せられた。
その勢いでアクシスは地面に投げ出される。
懐かしいお母さんの匂いとやさしい温もりに包まれると、不思議と安心して癒される。
乙羽も同じようにお母さんと抱き合って泣いているみたいだ。
「フフフ、親子の感動の再会は微笑ましいけどさ、まずはアタシを起こしてくれないと溺れ……ゴボゴボゴボ」
アンタうつ伏せに堕ちたのね。
そりゃ溺れるわ。
「あぁあわあわあわ、アクシス様?! も、申し訳ありません! 今すぐにお助けを!」
それからお母さんたちに助けられた私たちは、久々の家に帰る。
私の家は、地上が普通の一般的な二階建てになっているんだけど、地下にはかなり広い秘密の施設が存在している。
これにはマイカや乙羽も驚いていた。
ただ私が驚いたのは、アクシスが私以上にこの施設に詳しかったことだ。
ここは私でも知らない場所が多数存在する。
だから、この施設にこんな豪華で広い部屋があることなんて知らなかったよ?
なんでアクシスがその部屋をわが物顔で使ってんの?
部屋のドアに表示されている「アクシスのおへや」という可愛いプレートを指さす、ドア顔のアクシスに殺意が湧いた。
私らがその部屋へ入ると、そこではあの四人がいつも通りに騒いでいた。
部屋の中央では、無駄に豪華な丸いテーブルを囲んで座っている見知らぬ人が四人と、相変わらず執事の格好をした魔王と妹っ子の姿もあった。
見知らぬ四人と魔王は、アクシスの姿を見ると立ち上がり頭を下げる。
「アクシス様、ご無事で」
「危うくシズクのせいで溺れ死ぬところだったけどね」
「ニャッ?! す、すいません……」
「そっちも全員無事そうね。向こうで救い出せた人間も無事だった?」
「はっ、我々の方で魂を保護しながら時空を通り抜けましたので、難なく」
「それなら今頃こっちじゃ大騒ぎかな?」
「御覧の通り、全国メディアは現在進行形でこのニュースばかりですね」
「ありがとうハルカ。『あの大事故から奇跡の生還36人』か……そりゃマスコミも大騒ぎするわよね」
「まぁしばらくはこの話題も続くでしょうが、そのうち収まるかと」
大人たちが小学生を囲んで話し込んでいる異様な雰囲気の中、なにやらチラチラとこちらを気にしている妹っ子の姿があった。
その顔には『離れろコロスぞ』と書いてある。
横を見ると私の左腕にしがみ付いて離れないマイカの姿があった。
やばい……今だと本当に殺されかねない。
だけどマジで体が動かないのよ。
これでも満身創痍なんだから許してくんない?
ダメ?
やっぱダメかぁ……。
ドカドカと近づいてくる足音を聞きながら私はもう、潔く諦めた。