125 やみよのもの
真っ暗な視界から意識を取り戻す。
しかし、その一瞬が命取りだった。
気が付いた時には、私は触手に巻き付かれて動きを封じられていた。
「チェックメイト……ですかね? あちらも」
乙羽と黒いロボットが戦っていた方向に顔を向ける。
「おと……は」
私は絞り出すように声を上げた。
背中に生えていた綺麗な羽根の片方はほぼモガレ、全身いたるところに殴られたような痕があり、おそらく左腕とアバラ数本が複雑骨折をしている。
そんな状態で意識を失ったまま、ロボットに片足を掴まれ逆さまに吊られていた。
なんとかこの触手から逃れようともがく。
「他人の心配をしている場合です~?」
「うっ?!」
私の胴体に巻き付いていた触手が急激に締め付けを強くする。
「さて……アナタがこの子に教えていたナイコウですっけ? 体の内側から魔動力を煉って身体能力を上げるアナタ独特の力の使い方。あれはとても興味深かったです~。というわけで、今度はアナタがサンドバックになってください……ねっ!」
「うっ……」
強過ぎる触手の締め付けから逃れることもできず、その触手ごと殴り付けてきた。
その衝撃は触手を通り抜けて、私の体に直接衝撃を与える。
ただでさえ、この触手の締め付けに耐えることだけでもギリギリの状態だったのに、そこへ更に強烈な打撃が私の体へとめり込んだ。
なんどもなんども鈍い音が鳴り響く。
堪らず口からは吐血を繰り返す。
「全くめんどくさいやり方です~。ワタクシ本体の体さえあればこんな小細工をしなくても、アナタのか弱い胴体なんて指一本で風穴が空きますのに」
意識を手放すことさえも許されない。
「まぁ、この方がアナタの苦痛に歪む表情を長く見られますね~」
くそ……手も足も出ない。
力を維持するのもそろそろ限界っぽい。
衝撃を体の内側から弾いて少しの抵抗をしていたけど、それもままならない。
どんどん体にめり込んでくる触手、それに伴い直に伝わる衝撃も強くなっていく。
ここ……までか……な。
最後に一言だけ言ってやる。
「はぁ……これは拳が痛いです~。そろそろ飽きてきたので、死んでくださいな」
「……腰……」
「は? 腰?」
「……入って……ない……重心……高い」
「はい? さっきからなにを?」
「……魔動力……煉れて……ない」
「ちょっと、ついに頭がおかしくなりました~? いいかげんに……」
「……だから……拳……痛いん……だよ……マイカ」
「なっ……やめろぉおお!」
クズ神が放った混信の拳は、私が以前教えた通り完璧の状態で放たれた。
その衝撃は触手を通り抜け、その中で少しの抵抗すらできなくなった私の体を貫く。
しかし、いつまで経っても体の内部を破壊しようとする衝撃は襲ってこない。
その代わり、私に巻き付いていた触手がキレイにはじけ飛ぶ。
「く……そ……『サク』」
「マイ……カ」
そう、さっきの拳は紛れもなくマイカが放った拳だった。
そして先ほど私を呼んだ声も、今にも泣き出しそうなこの泣きっ面もマイカ本人だ。
「ア……アタシは……」
「……たい……」
「え?」
「……いたい」
「あっ! ご、ごめん! その……つい……」
「ちょっと……私がいること、忘れていないかな?」
乙羽があれからまったく動いていなかった黒いロボットに掴まれているまま、声をかけてきた。
しかしマイカは私を離さない。
それどころか抱き締める力を強める。
本当に痛いからやめてね?
「あの、その……」
「今のアナタはどういう状態?」
「アタシの記憶は……あの時、サクに拳銃を向けて打ち貫いてしまったところで止まっていました。正直あまりのショックで自分を自ら殺したいと思ったほどです……」
「そこにマネシスが付け込んだということね」
「はい……だけど、さっきまで暗闇の中にいたアタシの耳に、突然サクの声が聞こえてきました。無意識でサクが教えてくれた通りに体を動かすと、その暗闇が崩れ去ったのです。気が付くと目の前にボロボロのサクがいました」
「なるほどね。今は一時的に意識を保てているみたいだけど、それもいつまで持つのか……」
「正直なところ、今にもアタシの中にいるものが表に出ようとしています」
「それで? あなたはどうしたいのかな? こんなところまでそんな姿になってまであなたを助けにやって来た桜夜を前にして、あなたはどうしたいの?」
「アタシは……自分が自分でなくなっていくのが怖いんです! アタシの手は闇に飲まれようとしています! これ以上サクを傷つけてしまうのが嫌なんです!」
「……本音は?」
「……ずっと……サクと一緒にいたいよ……。助けて……『この小娘が! 体を返せ!」」
突然クズ神が表に出てきて、そのまま私を押し倒して馬乗りになり、具現化させた拳銃を眉間に突き付けてきた。
マイカも必死に抵抗しているようだけど、これは万事休すかな。
『桜夜、少し体を借りるわね』
え?
「……マネシス」
私の口から発せられたその声はスマコが発したものだ。
その声にクズ神の動きがピタッと止まる。
「まだ消滅していなかったのですね~ウラシス」
「最後に……会話する……だけ……」
「一番会話をしたがらなかったあなたが、今更なにを聞きたいのです~?」
「どうして……私たち全員を……殺した……の?」
「最後に聞きたいことがそれですか~? 単純にアナタたちが邪魔だったからです~」
「……なにが目的?」
「表の世界全てをリセットすること、ですかね~」
「……アナタは……誰?」
「はい~? 言っている意味がわかりませんが~?」
「もう……いい……アナタは……許さない」
スマコはそういうと、私の中へと消えた。
正確には私と完全に同化したというべきかもしれない。
存在自体は消えていないけれど、今まで通り別の存在として会話をすることができなくなった。
だけど、私という存在は一切なにも変わらない、
「ついにウラシスも完全に消えましたか。クックック、あとは表にいる死にかけのアクシスだけですね。さっさとアナタたちを葬り去るとしましょうか~」
クズ神は再び私の眉間に拳銃を突き付けると、高笑いしながら引き金を引こうとしていた。
しかし、いつまでたってもその引き金が引かれることはなく、突然マネシスが首を抑えて苦しみ出したのだ。
「がはっ?!」
「……おまえは誰だ……マネシスをどこへやった?」
突然現れて、その首を後ろから片手で締め付けながらそう言った人物は、今までと比較にならないくらいの邪悪なオーラをまとったボケ神こと、アクシス本人だった。