123 ぶんしんはじぶん
黒いスライムを倒した位置からかなり移動して、アトラス大迷宮の最下層に到着した。
ここは乙羽や四神獣たちがいた神殿だという。
神殿と聞くと、神秘的な場所を思い浮かべるけど、ここは殺風景だ。
「ここも久しぶりだな……あの時は辛かった」
「……」
あの時の乙羽は、自らの罪の重さに必死で耐えながら生きていたことだろう。
そうだとすると、ここは乙羽にとって辛いだけの場所でしかないはず。
私は乙羽の悲しそうな顔を見たくなくて、静かに手を取って再び移動する。
これより先の最深部には乙羽自身も行ったことがなく、そもそも最下層エリアが最深部だと思い込んでいたらしい。
だけど、周辺一帯に微弱な電波を飛ばすことができる私にはわかる。
今通っているこの広い神殿の先に、さらに地下へと向かうことができる扉があることを。
その扉からは邪悪なオーラを感じる。
私たちが向かって来ていることをわかった上で、明らかにそこへ誘い込もうとしている。
おそらくそこには罠が用意されていることだろう。
だけど、あえて私たちはそこへ向かおう。
それ以外に方法はないのだから。
「……ということで、行くよ」
「一応言っておくけど、私エスパーじゃないからね?! 見え見えの罠にわざとこちらから突っ込むつもりなことくらいしかわかっていないよ?!」
いや、ほとんどわかってんじゃん。
さすがは乙羽、それはもうエスパーだよ。
さすがに私のアイレンズでも、どんな罠があるのかは行ってみないとわからないし、正直出たとこ勝負みたいなところはあるのよね。
「うっ……これは出たとこ勝負しか考えていない顔だ……なんかあの四人に少し影響されていないかな?」
確かに私は、昔と少し変わってしまったのかもしれない。
あの四人やマイカ、それに妹っ子たちと生活を共にしてきたことが大きいのかな。
だけど、不思議とそれを嫌だとは全く思わない。
それが、私が生きてきたという証でもあるのだから。
なんて考え事をしている間に、到着してしまった。
近づいて尚、直接肌に感じる殺気と威圧。
少し前の私たちなら、この時点で泡を吹いて倒れてしまっていただろう。
あの四人がここまで来なくて本当に良かった。
きっと同じようになっていたと思う。
さて、こちらも覚悟を決めて……いざ、参らん!
私は勢いよく地下へと通じる重々しい扉を蹴り飛ばし、一気にトップスピードで空中を駆け降りようとした。
それを待ち構えていたかのように、開いた大きな扉の内側から隙間なく扉ごと私を串刺しにする無数の黒い触手が現れる。
私は全身を無数のハリのようなもので貫かれ、そのまま壁に打ち付けられた。
それを横から見ている乙羽と私。
「ないわぁ」
「ないねぇ……いくらあれが桜夜の分身だとわかっていてもさ、桜夜があんな状態にされているのは私見たくないよ」
まぁ確かに自分でもいい気はしない。
この触手にも闇の力を感じるし、完全に私たちを殺しにきているよね。
そう思いながら分身体を花びらへと戻し、そのまま爆発させた。
すると、その爆発で触手もバラバラになったけど、地面に散らばる機械音に嫌な予感がする。
案の定、バラバラに散らばっていた機械たちが再び集まり、もとの形へと戻っていく。
「これも機械で出来ていたんだね。あのロボットたちやこの触手もそうだけどさ、なんか趣味悪くない?」
「……いえる」
全くその通りだね。
最初に出てきた巨大ロボットはともかく、次に出てきた大量のロボットは足がワシャワシャいっぱいの虫型ロボット。
そしてこのいかにも女の子を辱めますと言わんばかりの触手たち。
はっきり言って気持ちが悪いとしか言えない。
「ということで……ぶっ飛ばそう!」
「……うん」
私たちは再び先端を尖らせて迫りくる触手たちを空中で躱す。
光の乙羽と稲妻の私。
似ているようで違うけど、どちらも容易に捕まることはない。
ただ、数の暴力とはよくいったもので、いくら攻撃を余裕で躱す速度を持っていても、それを上回る数が無数に迫ってくるとさすがに私たちでも部が悪くなってくる。
ただし、私たちが相手じゃなければ……だけどね。
「分身の……」
「分身の術!」
えぇ……
私がお得意の分身の術で敵の数に対抗しようとしたその瞬間、乙羽が乙の力で自身によく似た光の化身を無数に作り出した。
確かに分身の術と呼ぶには相応しく、とても乙羽によく似ていた。
身長が異様に小さくて、目を細めてしまうほどに眩しいこと以外には。
身長に関しては私の膝下くらいね。
眩しいのを少し我慢すれば、是非とも一人持って帰りたいくらいだわ。
いや、むしろこっそり持って帰ろうかな?
このクルクル踊って愛嬌を振りまく可愛い生き物はなに?
おっといけない……よだれが。
「蛍牡丹」
にょひゃぁああ?!
私が眺めていた愛くるしいミニマム乙羽が、突然ゴミ虫でも見るかのような冷徹な目に変貌し、無数に迫っていた触手たちへ一斉に飛び掛かった。
小さい体で大きな触手たちに風穴を空けていくその光景に私は唖然とする。
触手が復活する間も与えることなく、光の軍政が通り過ぎた後にはなのも残らない。
「どう?! 桜夜っぽくない?! この角度とか完璧じゃない?! 私メッチャ鏡見ながら練習したんだから!」
私の印結びのポーズを完璧に真似してドヤ顔を見せてくる、リアル乙羽。
当然乙羽はそのポーズを取らなくても技を発動することはできるのに、一体なにを目指しているんだろう。
そうこう考えている内に、ミニマム乙羽たちが大量に蠢く触手たちを消滅させていった。
「行こうか」
「……うん」
私たちは気持ち悪い触手がなくなったことで、足を動かす。
そして、おぞましいほどの邪悪なオーラを感じる扉の中へと足を踏み入れた。