109 おとしまえ
夜中の密会から翌日、乙羽はまるで電池でも切れてしまったかのように眠りに陥ってしまった。
丸一日眠り続けてまだ目を覚まさない。
おそらく昨日の会話内容が、かなりの精神的なダメージを与えたのだろう。
乙羽も覚悟を持ってあの場に向かったことは私が一番わかっている。
あの事実を伝えることがどういうことか。
自分のせいで友達は死に、その友達を今度は自らの手で殺そうとしていたなんて……本当なら言いたくなかったはずだ。
例えあの場で乙羽がウソを言っていたとしても、私は責めるつもりもなかった。
だけど、この子は包み隠さずに全てをさらけ出した。
自分が軽蔑され、嫌われ、恨まれるような結果を招く覚悟で……。
もちろんあの四人にとってはかなりショックが大きかったはずだ。
例え、ここであの四人と離れる道になったとしても、私は……。
「うぃ~っす! 二人とも、風呂行こうぜ?」
……ふぇっ?!
「なんやぁ~? 乙羽はまだ寝とんのかいな! てっきりサクヤの方が寝とるんやと思うて来たんやけどなぁ」
い、いやいやいや……え?
「ここは眠れる美少女姫を口づけで起こしてあげようかと考えているヤツがここに約1名!」
ま、待てぃ!
それは許さない!
じゃなくて、状況が全くつかめないのだけど?!
「お~と~は~ちゃ~~ん! おっきろ~の~ダ~イブッ!」
「ブフゥ?! ゴホッ、ゴホッ……な、なに?! お、おなかになにかが……」
「お、やっと起きたか、オトハ。風呂行こうぜ?」
「ゴホ……え? み、みんな……」
「なにをシケたツラしてんねん! 美少女が台無しやで?」
「今ならアタシでもオトハに顔で勝ってんじゃね?」
「それはないな」
「それはないね」
「それはないと思っている奴がここに約一名」
「て、てめぇらみんなで突っ込むこたぁねぇだろうが!」
ふ……普通だ。
なんというか、いつも通りのやり取り。
無理してこっちに気を使っているような素ぶりも一切ない。
「あ、あの……なんで……」
さすがの乙羽も戸惑いを隠せない。
私と同じで、もうこの子らと友達でいられるわけがないと思っていたはずだから。
「アタシらがあれを聞いて、おまえを恨むとでも思ったか?」
「だとしたら、逆に怒るで?」
「オトハちゃんが実は影でワタシたちを守ってくれていたことも聞いたよ」
「自分たちだけじゃなくてアズサ、ハズキのことも守ってくれていたことを知っている奴がここに約四名」
「でも……でも、私は最終的にはあなたたちを……」
「オトハ、自惚れんなや」
「……」
「オトハちゃんがやってきたことの全ては、サクヤちゃんを守るためだよね?」
「……うん」
「それしか助ける方法がなかったら、アタシらでも同じことをしたさ」
「え?」
「ウチならアズサを」
「アタシならハズキを」
「ワタシならホノカを」
「自分ならミサキを」
「……それぞれが一番に考える。だけど、もし助けたいと思う一人が生きるのに、どうしても他を殺すしか方法がなかったとしたら……」
「ウチらでも迷わず、助けたいと思う一人を助けんねん」
「たとえ全世界を敵にまわしたとしてもな」
「自分を含めたここにいるバカどもは、全員がそう思っているのだと胸を張る奴がここに約一名」
「張る胸もないけどねぇ~! アハハハ、ツンツン!」
「や、やめろミサキ、少し興奮してくる奴がここに約一名」
「やめんかい、ドアホ! まぁそんなわけや、オトハ。特別おまえだけがおかしいわけやあらへん」
「おまえがおかしいのなら、友達のアタシらも一緒におかしいんだわ」
「みんな……」
「てなわけで、シケた話は終いや。その代わり……落とし前はきちんとつけさせてもらうで……フッハッハッハ!」
「お、落とし……前?」
「さぁ、一緒に風呂で水に流そうぜ? ほら、いくぞ?」
「な、なにかな……どうしても嫌な予感しかしないのだけれど?! どうして私、そんなにガッチリ拘束されているのかな?!」
「さぁ、楽しい時間のはじまりや! アハハハハハハ!」
良かったね……乙羽。
私が思っていたよりも、この子たちはおかしくて……やさしかった。
普通なら一人を助けるために、他人を殺してもいいなんて絶対に認められないし、認めてはいけないと思う。
乙羽のやったことを善だというつもりもない。
仮にあのまま私だけが助かったとして、あの四人やマイカ、妹っ子たちが死んでしまっていた未来があったとしたら、私は自分自身の存在を許せなかったと思う。
そんなことは、乙羽自身もわかっていたと思う。
全ての罪を一人で背負っても尚、助けたいと願ってくれたその気持ちを……あの子らは自分自身に置き換えて感じてくれたんだと思う。
これは、あの子たちなりの慰め方だったのかもしれない。
「サクヤ、なにしてんねん! はよ行くで?」
「……」
ふ……謹んでご遠慮願おう。
私はゆっくり一人で入りたい派なのだ。
長い付き合いなんだからこのくらいは覚えてくれたまえよ、キミたち。
「……なんて思っている顔だよ? あれは」
「ふっ、心配ねぇよ」
では、さらば……ぐはっ?!
この部屋を一目散に逃げようとしたら、いつの間にか腰にロープが巻かれていた。
いつの間に?!
「ハッハッハ! 長い付き合いやさかいな、もうおまえの行動パターンはわかってきてんねん! 弱体化しているおまえらを逃がすようなヘマはせぇへんで!」
は、離せ!
私は一人で……一人で入らせてくれ……。
「ア、アハハ……今日は諦めた方がいいかも……私も諦めてる……」
「フハハハハ、覚悟しろよ二人とも。今までの分、アタシら全員が体の隅々まで水に流してやるからな!」
「ひぃいい……」
ひぃいいい?!
私ら二人は引きずられるように大浴場まで連れていかれ、宣言通りに四人がかりで体の隅々までピカピカにされてしまった。
そこへまた一人厄介者が現れる。
「アンタら……人が寝ずの飲まず食わずで働いてんのに、随分楽しそうね?」
「先生も風呂かいな! 今この二人をピカピカにして懲らしめていたところなんや! 先生もどうや?」
「な、なにしてんのよ! せめていろいろ隠してからやりなさいよね!」
「それをいうなら、先生も惜しみもなく大広げな濃いめの下半身を恥ずかしがった方が……ブニャア?!」
「ミサキ……それ以上いうと殴るわよ?」
「もう殴っとるがな?!」
「はぁ、気が変わった。私もそこのピクピクしている憎たらしい体の天使さんだけは懲らしめてあげようかしら」
「も……もう勘弁……して……」
「さぁ、ワタシのストレス解消になって頂戴ねぇ」
あぁ……妹っ子のドSスイッチが入ってしまった。
これはもう地獄だな。
この子もかなりしつこいのよね。
乙羽は私と違ってちゃんと反応があるからみんな楽しそうだもんなぁ。
少なくともこの笑顔溢れる空間には、もうわだかまりというものが無くなっていた。